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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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24/82

10000人レース ー24

 大気が鳴動していた。


 女神の言葉に衝撃を受けた1万人の生徒たちの、噴火した火山のような感情が声となってラベンダー色の空へと響き渡っていた。


 高広が、肺の中の空気を全部吐き出すみたいに、大きく息を吐いた。熱泥を煮詰めたかのような怒りを捨て去るように。

「そうだった。逃げるために強くなろう、って言っていたんだ」

 祐也も続く。

「そうだ。逃げられるように、と。ダメだな、女神の言葉に頭に血がのぼっていたようだ。理々、ありがとう。女神の言葉に引きずられるところだった」


 祐也は眉間を押さえた。

「よく考えればわかることだ。高ポイント保持者は強い、つまり危険度が高い。1対多数の狡猾な戦法ならば勝つ可能性もあるが、勝っても無事ではすまないだろう。それよりも以前も言ったが、数は力だ。千人は数であると同時に強者となれる力なのだ」

 祐也は、視界に高広と彩乃と理々をとらえて言った。

「団体戦の種族変換が欲しい、何としても。しかし千人で通常クエストや兎を狩ったり魚を捕ったりしたら、あっという間に数万ポイントに到達するだろう。頭の働く者ならば、それがわかる。しかもこれからは適応化のために1万人が森へと入ってくる。ポイントの奪いあいだ。そして短絡的な者は僕たちの命を狙ってくるだろう。ある意味僕たちは四面楚歌だ、空中に顔が映しだされているのだから」


「女神様って悪辣よね。ポイントが欲しいのに。強くなりたいのに。私たちは魔獣と戦う前に、まず人間に注意しなければならない。空中の顔のせいで私たちは有名人だもの、指名手配犯みたいなものだわ」

 彩乃の口調がやや翳る。

「それに女神様は、私たちを日本に帰してくれる気はないことがハッキリしたわ。奴隷か死か、と言い切ったもの」


 理々が小首を傾げて言った。やわらかな髪が揺れて細い首筋に流れる。

「あのね、みんなは日本に帰りたい? 理々は祐也がいるからこの世界でもかまわないの。レースで生き残っても、この世界の人々に追われるというなら、人間のいない場所へ行こうよ? ドームホームと100年セットがあるから生活面では大丈夫だと思うの。種族変換をされるのが一番だけど、団体戦で勝てなかったら逃げようよ」


 あっさり言う理々に祐也が笑った。

「レースで逃げて、レース後も逃げる、か。あはは、そうだな、逃げてしまおう。だが逃げるためには力がいる。レース中のボーナスタイムでレベルアップをしなければ」


 彩乃も決意したように笑った。

「賛成。帰れないならば今後のことを考えるべきよね。それに初日は不安で怖くて日本に帰りたかったけれども、私はいずれ政略結婚をさせられる。学生の間は、高広はボディーガードとして側にいることを父から許してもらえているけど、私は高広が好き。日本だと引き離されるもの、駆け落ち先が異世界になったと思えばいいわ」


 高広が、ラベンダー色の空の空気を吸い込んで笑った。

「もう適応化しているもんな、魔素によって死ぬこともない。彩乃がいる場所が俺の生きる場所だもん、日本であろうと異世界であろうと。女神のボーナスタイムを有りがたく利用しようぜ。誰よりも何物よりも強くなって、逃げてしまおう」


 4人はお互いを見つめあった。


「「「「逃げよう、そうしよう!」」」」


「それで問題となるのが、その方法だ」

 祐也が腕を組んだ。

「おそらくボスは満員御礼状態になる。そんなところへノコノコ行けば、僕たちが標的となってしまうだろう」


「森がダメなら川があるじゃん」

 高広が、目の前の長蛇が横たわっているかのような大河を指差した。

「普通の魚ではレベルアップしなかったけど、巨大魚ではレベルアップした。海みたいに広い川だから、巨大魚みたいなものも他にもいると思うんだ。俺たちには環境適応があるから、時間をかければ水の中でもある程度動けるようになるんじゃないかな」


 環境適応は、外部環境に合致できるように調節や順応し、その環境に応じて生命維持のために形態や生理的形質や生態的形質や機能などを変化させる能力だ。極めて希少な能力であるが、適合するための性質変化は短時間で劇的になされることはない。

 しかし、今は女神のボーナスタイムである。


「よし。じゃあ、僕と高広でリスクがあるかどうか試してみよう。理々と彩乃はしばらく家で待っていてくれるか?」

「でも危なくない? ワニみたいのやピラニアみたいな魚がいるかも知れないもの」

「理々、魔衣の結界をかけるよ。少しは役に立つと思うの、レベルアップしたから時間は20分は保つよ。理々、岸辺にいるから20分毎に戻って来てね」

  

 祐也と高広が槍を持って川へと向かった。

 躊躇なく水の中へ入っていく。

 じゃぶじゃぶと水を進み、心配げに見送る理々と彩乃に手を振って、水中へと消えたのだった。


 まず変化したのは、目であった。


 水中の光の屈折率は空気中の約3分の4、陸上と水中では角膜の屈折に差がでてピントがずれることによって、ぼやけてしまい網膜に上手く像を映すことができない。

 だと言うのに環境適応の力は凄まじく、祐也と高広に水の中でも物を認識できる視力を与えたのである。


 次に呼吸、浮力の調節、外部温度への適応、水圧への順応など驚異の早さで次々に合致させていく。


「うわっ! ステータスに水中呼吸とか水耐性とか色々生えているんだけど」

 息継ぎのために水面に顔を出した高広が言うと、祐也も頷いた。

「僕もだ。環境適応とボーナスタイムは混ぜるな危険って感じの恐い組み合わせだな」


 わずか半日で、祐也と高広は人間にあるまじき潜ったままで1時間もの水中活動ができるようになっていた。

読んで下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] デスレース本格化を受けて、いよいよ対人戦スタートかなと思いきや「逃げるための強さ」を見失わなかったカルテットが格好良かったです。 理々ならではの冷静さのおかげでもありますが、やはりお互いに一…
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