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【Lost Dragonia】―焼き討ちからただ1人生き残った青年の旅に、ドラゴンと仲間を添えてー  作者: 桜良 壽ノ丞
8・【Dimension】羽ばたける旅路

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Dimension 05



 * * * * * * * * *



 翌日、ヴィセ達は広場で霧毒症の治療を行った。ドラゴンを連れた若者が治すと聞いて怖がった者もいたが、大半は治りたい一心でやってきた。町の放送設備で呼びかけた結果、午前、午後に分かれ、殆どの町民に伝わったはずだ。


 ラヴァニが元の大きさになり、恐怖のあまり失神する者も現れたが……結果的にディットの研究やドラゴンとの共存に賛同した者は、皆ラヴァニが治した。


 ヴィセはその金を全てディットに託した。今日もまた200人以上の患者が集まったため、少なく見ても200万イエンはありそうだ。


「治った、ああ、治ったようだ!」


「……なんか、いいのかな。これでお金取るなんて詐欺してる気分……」


「何も騙してないじゃない。研究費にって言ってくれたからには、しっかり使わせて貰うからね」


 午後は人数が多く、1度では対応が出来なかった。時刻は午後4時。ラヴァニはこれで今日4度目の治療をしたことになる。


 そもそも霧の中に下りた者達にしては数が多い。話を聞けば、この町は霧が上がってこないため、療養のために移住した者が多いのだという。


「皆さん! ドラゴンが助けてくれるのは、工場排水や煙を垂れ流したり、鉱山の汚染水を垂れ流したり、そういうのを止めると約束したから! 手放しで喜んでいる場合じゃないわ!」


「しかし工場が動けば煙は出るし、鉱山の採掘に水は不可欠だ」


「どこまでが汚染に含まれるのかしら!」


 皆、協力できるのなら協力する気がある。しかし、今すぐ原始時代のような生活に戻れというのも無理な話だ。何が霧を増長させるのか、人々にはまだ知識がない。


「自然の治癒力を上回らなければいいって事じゃないかな?」


「でも、何がどう悪いんだ?」


 広場に集まっている人数は、明らかに昨日よりも多い。しかし皆が何からどう手を付けていいのか判断できずにいた。


 大昔は科学技術も発達していたが、今はその頃の遺産で文明を保っているようなものだ。ほんの一握りの研究者がいなくなれば、いずれ壊れたものも直せなくなる。一般の者は生きていくのに精いっぱいで、必要最低限の学問しか触れていない。


 ヴィセ自身も、霧の事についてはよく分かっていない。塩化水素や硫化カルシウムなどと言われても、それがどんなものか想像も出来ない。バロンに至っては霧とは何かと問われたなら「霧!」とハッキリ言い切るレベルだ。


 当然、ラヴァニも霧の正体が何かまでは分かっていない。ドラゴンはただ自分達が浄化できるものだと理解しているにすぎない。


「あの……皆さん。そこで早速ドラゴン博士、いやディットさんの出番じゃないでしょうか!」


「そう言えば……ドラゴンだけじゃなく、霧の研究をしていたとか」


「なあ博士、何か知らないのか?」


 ヴィセが皆に呼びかける。ディットは霧やドラゴンの知識についてはかなり詳しい方だ。この世界でめっきり見かけなくなった学者と言ってもいい。この町きっての博識に、町の者達が一斉に群がる。


「ちょっと、ちょっと! あなた達ほんと調子がいいわね。今までさんざん貶して、馬鹿にして来たくせに。ヴィセくん達の前だからって、今だけアピールのつもりじゃないでしょうね」


「ディットさん、大丈夫ですよ。ドラゴンは義理堅いですから。不義理に対しては容赦がありませんけど」


「ラヴァニ怒ったら怖いんだよ。約束守らないと俺知らな―い」


 ≪助けて損をしたと思いたくはない。ヴィセ、時々はディットと連絡を取り合うがいい。昨晩、我が仲間にもこの町の事を伝えた。いずれ寄る事もあろう≫


 ドラゴンは好奇心が旺盛だ。そう遠くない未来には、ドラゴンが羽を伸ばしにやってくるだろう。少し雲が多いものの、風は爽やかで芝生も青々と茂っている。このテーブルマウンテンの端にでもこのような場所があれば、ドラゴンは呼ばれなくてもやってくるはずだ。


 ディットは皆へと振り返り「不義理は許されないらしいわ」と言って笑みを浮かべる。


「とにかく博士! 研究で分かった事をちゃんと教えてくれないか。俺達は何が間違っているかも分からねえんだ」


「分かった、分かったってば!」


 治療に加えておとなしいラヴァニのおかげもあり、ドラゴンへの印象は良くなった。ラヴァニにそっと触れる者や、微笑みかける者もいる。ディットもすっかり頼られてたじろいでいるほどだ。


 ≪分かり合えておらぬだけで、我らは共に多くの犠牲を払ったのだな≫


「そうだな。ドラゴニアの事も、もし会話が出来たなら奪い合わなかったかもしれない」


「でもエゴールさんが色んな所で話をしても、全然聞いて貰えなかったって言ってたよ。ラヴァニが一緒だったら良かったのにね」


 ≪利にならぬことに対しては、なかなか動かぬ。人もドラゴンもそういうものだ≫


 ヴィセ達は、自分達が動く事で周囲も動いてくれるという手応えを得ていた。この調子なら、次の町や村でも協力者を募る事が出来るかもしれない。


「ディットさん。俺達は明日、次の町に向かおうと思います」


「そう……寂しくなるわ。でも霧に覆われているのはこの大陸だけじゃないし、のんびりもしていられないか。人生は時間が必要な人ほど短いから」


 ヴィセは一瞬頷けずに固まっていた。ヴィセやバロンは長寿になる事を伏せている。時間が惜しいという感覚は、既に失いつつあった。むしろ意識して急がなければ、あっと言う間に世の中との時間がずれてしまう。


 だからこそ、ヴィセ達は1つの町にのんびり滞在する気になれなかった。


「ディットおねーさん、また来るね!」


「ええ、是非来てちょうだい。勿論、あたしは来てくれなくても一生忘れない。おばちゃんって呼ばれた事は特にね」


「ヴィセ、ディットおねーさんラヴァニより怖い」


「敵じゃなくて良かったな」


 野次馬も含め、ヴィセ達が接した町民は一部に過ぎない。まだまだドラゴンを恐れ、誤解し、憎んでいる者がいるだろう。この場にいる者だって心から納得してくれているとは限らない。


 それでも、この町の流れは確かに変わった。後の事はディットに任せるしかない。


「ディットさん、お元気で」


「ヴィセくんも。バロンくんは、あたしに手紙を書く事! 頑張って早く覚えてね。本を読んだり、旅の日記を付けたり、出来る事が広がるよ」


「分かった!」


 ≪バロン、我も共に習おう。字を覚える時は言ってくれ≫


 何気ない別れの挨拶を交わし、バロンは再び封印を発動させる。ラヴァニがみるみる小さくなり、まだ帰らず残っていた者達があっと驚く。


「すげえ、小さくなった!」


「あの機械のおかげってこと? ドラゴンって小さいと可愛いよね」


 子供が腕に抱いていれば、可愛くも見えるのだろう。ラヴァニはあまり嬉しくないようだ。


「小さくなる、大きくなる……成長と同じと考えると、ものすごい熱量ね。一体どうなっているんだろう。普段の食事量では追いつかないはずだし。研究したいわ」


「あー、あー……それはいずれって事で」


「そのキューブを分解出来たらなあ」


「壊れて動かないのなら1個あるよー! あげる!」


「ホント!? 有難う!」


 バロンが壊れた1つをディットに手渡す。ディットはおもちゃを買って貰った子供のように目を輝かせている。


「というより、もう小さくなる必要はないんじゃない? 町長が認めたんだから」


「あー……いや、この大きさじゃないと困る事が」


「何? まあホテルには入れないだろうし、その辺でお留守番ってのも可哀想ではあるか」


「まあ、それもありますけど」


「えっとね、ラヴァニが好きなゆでたまご! ラヴァニはゆでたまごいっぱい食べるよ!」


「ゆでたまご?」


 ≪我が元の姿のままでは、腹が膨れる程喰らう事は出来ぬ≫


「その、簡単に言えば、ゆでたまごの方を大きくする方法がないんです」

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