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【Lost Dragonia】―焼き討ちからただ1人生き残った青年の旅に、ドラゴンと仲間を添えてー  作者: 桜良 壽ノ丞
1・【journey】旅人としての覚悟

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Journey 01(007)

 


 1・【journey】旅人としての覚悟




 ラヴァニ村から南下し、7日も歩いた頃だった。ヴィセは時計を持っていなかったが、彼は1日24時間のうち、毎日およそ12時間歩いていた。


 雪はすっかり融け、幾分歩きやすい。とはいえ、高原から山に差し掛かると歩調も重くなる。平坦であれば350キルテ程進んだはずだが、生憎山道のせいで250キルテ進めたかどうかだ。


「あーもう!」


 低い雲海を真下に眺めつつ、来た道を振り返れば峰が並ぶ圧巻の景色だ。青と白のコントラストの中、存在感のある山々が全てを見せまいと視界を遮る。


 その無機質で雄大な姿は、登山家を魅了してやまない。


 ただ、見慣れなければ景色の良さに感動するとして、ヴィセはとっくに見慣れている。もっといえばうんざりしていた。


 太陽が時を刻み、山の影が位置を変えていく。山々の谷間を縫うように進み、今度こそ次の登りで最後だと言い聞かせながら、ヴィセはついに不満をぶちまけた。


「腹減った! 一昨日の村でもっと食料を買っておくんだった! 何が1日行けば町に着くだよ! 2日目でまだ町なんか見えやしない……」


≪我が空高く舞い上がり、先を確認しよう≫


「悪い、頼むわ」


 コートの1つボタンを外した前身頃の下からラヴァニが顔を出す。周囲に誰もいない事を確認しながら慎重に高度を上げ、すぐにヴィセの肩に舞い戻った。


≪そなたの足であと半日といったところだ。この山の麓に人族の大きな集落がある。町とは恐らくあれだろう≫


「よかった、これで飯が食えるし休めるぞ。金も稼がねえと」


 目的地が見えたなら気力も湧いてくる。


 先を確かめたいヴィセが舗装のない山道を登りきると、急に視界が開けた。目の前を遮るものは何もなく、霧の上に顔を出した山や高原があちこち島のように浮かび、空が果てまで延々と続く。


 少し視線を下げれば、雲海の切れ間に高い建物が立ち並ぶ大きな町が見える。霧の層よりも数百メルテ高い山間の都市、モニカだ。


「すげえ、一体どれくらい住んでんだろう」


≪霧を逃れて生きているという話は本当のようだ。ところで空を何かが飛んでいる。あれは何だ≫


 ラヴァニがヴィセの肩に止まって町の上空を見つめている。何かが時折他所から飛んできては町の外れに降り立つ。その動きは鳥などの生き物には見えない。


「あれが飛行艇だ。小さな2人乗りの機体なら村にも時々来ていた」


≪……あのような物を作り出しているのなら、ドラゴニアはもう人の手に渡ったのか≫


「それを確かめるんだろ。行くぞ、俺腹減った」


 ヴィセは気落ちするラヴァニを励まし、かろうじて道と呼べる山の斜面を元気に下っていった。





 * * * * * * * * *





 坂道は次第になだらかになり、道も土がしっかりと踏み固められ整備されたものになる。下りきれば足元が打ちっぱなしのコンクリート舗装になり、両脇にはポツポツと民家が姿を現し始めた。


「そろそろコートの下に入っていてくれ、見つかると追われる」


≪承知した。語り掛ける必要があれば合図をする。その際は我に意識を向けて欲しい≫


「分かった」


 ドラゴン同士が互いに意識を集中させると、言葉を口に出さずとも会話が出来る。


 ヴィセの場合は人の血が邪魔をするためやや力が弱まるものの、至近距離であればなんとかなるという。ドラゴンの血が流れているせいで弊害もあるが、この力に関して言えば、会話を悟られては困るヴィセにとって皮肉にも都合がいい。


 やがて平屋が密集した地区を通り過ぎ、2階、3階、それ以上の高さの石積みやコンクリート製の建物が立ち並ぶようになった頃、ヴィセは1軒の赤い軒先の店に入った。


「いらっしゃいませー」


 ヴィセが入ったのは4階建ての建物の1階にある小さな用品店だった。飾り気はないものの、品数は豊富だ。旅に必要な消耗品や登山に向いた靴など、ヴィセのような旅の初心者ならおおよそが揃う。


「靴、それに鞄、水筒と保存食があれば欲しいんだけど。コートも新しくしたい」


「保存食はうちには置いてないですね。見た感じ……今この町に着いたみたいですけど」


 寒さのおかげで汗はさほどかいていない。だが岩場をひたすら歩いてきたせいで、ヴィセの顔やコートは砂埃で汚れている。ヴィセと歳が近そうな赤毛の可愛らしい女性店員は、苦笑いをしながら濡らしたタオルをくれた。


「有難う」


「いいえ。その様子だと徒歩で来たんですね。よくここまで……どちらから?」


「……歩いて2、3日の村から」


 ヴィセは嘘とも言えない程度のごまかしで言及を避けた。店員は特にそれ以上訊くこともせず、ニッコリと微笑んで品物を紹介し始める。


「靴のサイズは?」


「今の靴は27と書いてあるな」


「27……今はこの茶色い革のブーツしかないみたい。でも滑らないし丈夫だし、歩きが多いのならお勧め。コートは幾つかあるから着てみて」


 靴は実用的で模様など一切ない。しかし元々お洒落など無縁だったヴィセは、大して気にもならないようだ。ラヴァニの事に気付かれないよう、着ていたコートを慎重に脱ぎ、触らないでくれと言ってカウンターの上に置いた。


「お洒落なものはないけど中に着る服もあるし、採寸が必要なら測りますよ」


「ああ、そうだなあ。お願いするよ」


 ヴィセは着ていた服をもう一枚脱ぎ、半袖のシャツ1枚になる。体は鍛えている方で、店員は採寸をしながら逞しいと言って笑う。


「背はそこそこあるしスラっとして見えたけど、よく鍛えているのね。脱いだら凄いってのは私と一緒だわ……今の、笑うところよ」


「凄い? うん?」


「あー気にしないで。じゃあウエストや丈に合わせるよりも1つ上のサイズを出しますね。やだ、顔も結構男前じゃない!」


「そうかな、あまり人と比べる機会がなかったし。でも有難う」


 店員は旅人じゃなければ交際を申し込んだと言ってまた笑う。結局ヴィセは村で来ていた粗末な服をすべて更新し、その他の携行品も一式買う事になった。


「結構な金額になるけど、うちは分割払いやってないから。ズボンの裾上げの間に1日稼いでくるって人もいるけど、あなたは裾上げ必要なかったわね。全部で3万イエン(イエン:この地方の通貨単位)だけど、大丈夫?」


 モニカでは小麦で作られたパンが1つ150イエン程。必需品とはいえ、3万イエンは決して安くない。ヴィセは自身の財産、そして村の家々の跡からかき集めたお金を巾着から取り出した。


 ラヴァニ村は焼き討ちされなくとも山奥の貧しい村だったが、どうやらヴィセはそこそこの金を持っているようだ。


「イエンでの手持ちがあまりないんだ。これで代わりになるかな。出来れば両替商も紹介して欲しいんだけど」


 出されたお金を見て、店員は驚く。


「ちょっと、ちょっと待って! これ……まさか金貨!? こっちは銀貨……いやいや待って、鑑定なんて出来ないけどまさかプラチナ硬貨!」


 村は基本的に自給自足であり、貯蔵分以上に余ればとりあえず売ってしまう。そうしてお金を手に入れるが、村は物を仕入れる事が殆どなく、外でお金を使う事もなかった。


 まだ霧がなかった頃に作られていた金貨、プラチナ貨、銀貨、銅貨などは、今手に入れようとしても残存数が限られており、その金属的価値や額面以上の高値で取引されている。


 村では使う機会がなく、親から子へ、なんとなくで受け継がれて来たもの。つまり亡くなった村人達の遺産だ。店員は台帳の下から硬貨表を取り出し、本物かどうかを確認し始めた。


「製造は2648年……うわ、252年前じゃない。ねえ旅人さん。あなたこの金貨1枚で幾らの価値があるか知ってる?」


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