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【Lost Dragonia】―焼き討ちからただ1人生き残った青年の旅に、ドラゴンと仲間を添えてー  作者: 桜良 壽ノ丞
 6・【Contrail】風を切る者の決断

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Contrail 05



 * * * * * * * * *




「ラヴァニ、すまない。待たせてしまった」


 ≪大したことはない。久しぶりの狩りで勘を取り戻していたところだ≫


 ヴィセとバロンはテレッサを連れ、町の西に来ていた。テレッサが元に戻ったラヴァニを一目見たいと言い出したのだ。流石に驚きはしたものの、テレッサはラヴァニの外見をちゃんと覚えていた。


「本当だ、精悍さに磨きがかかっているけど、確かにラヴァニさんね。かっこいい」


 青空とまだ所々雪を被った山々、それに灰と茶の混じった砂利道の中において、光を反射し赤く光る鱗は良く映える。テレッサは少し怯えつつも、そっとラヴァニの鱗に手を触れる。


「うん、太古から人々が畏れを抱くのも納得。私はラヴァニさんが優しいと知っているけれど、もっと多くの人にドラゴンが悪者じゃないと知ってもらえたら、この世界が変わると思うんだ」


「ドラゴンは悪いやつをやっつけるんだ! あ、小さいラヴァニも好き!」


 ≪少しヴィセやバロンの膝の上が恋しくもある。ベッドの心地よさも捨てがたい≫


 ラヴァニは目を閉じ、ヴィセ達と楽しく寝泊まりした日々を思い返す。初めて触れた人々の暮らしは、ドラゴンにとって新鮮であり、価値観を覆す程のものであった。


 人々はドラゴンを恐れてはいるが、話して分からない相手ではない。それが分かったのもヴィセ達と旅をしたおかげだ。


 そもそも、人々はなぜドラゴンに襲われるのかすら、分かっていなかった。ラヴァニにとってはそれがとてもショックだった。エゴールが必死に説得をしてきたが、実際に目の前に無害なドラゴン、つまりラヴァニが現れるまで、信用して貰えなかった。


 となれば、今こそヴィセやバロンのような者が必要だ。ラヴァニの考えは当初より随分と柔軟になっていた。世界を救うという大義において、大事なのは手段ではなく結果。人と協力する事も有効だ。


 ≪我らはかつて人と共に生きる道を捨てた。人の子らが変わるとなれば、我らも変わらければならぬ。しかし、我らの考えを人に伝える術はない。ヴィセとバロンの存在が、今はとても頼りになる≫


 ラヴァニはドラゴンのため、世界のために行動していたが、その世界の中に人が含まれている事にも気付いたのだ。


「テレッサみたいに考えを変えてくれる人がいるなら、そのために動いてくれるってさ」


「有難う、ラヴァニさん。あなたと一緒に写真を取って、店に飾るとするわ。私がドラゴンに近付いても襲われなかった証拠になるもの。あなたは敵じゃない。私達も、ドラゴンの敵でいたくはない」


「いつか、俺達とラヴァニのように、人とドラゴンが当たり前に共存する時代がくるといい。そのためにもラヴァニの仲間と会わないと」


 ヴィセはラヴァニとテレッサを写真に撮り、ついでにバロンと自分達の姿も撮って貰った。自撮りで3人と1匹が映り込むには、かなり遠近法に頼ることになる。みなでひとしきり笑った後、ヴィセとバロンは旅立つことにした。


「また帰って来る、必ず。その時もまだ完全な人に戻れてはいないかもしれない」


「あなたがヴィセじゃなくなる訳じゃない。心配しないで、ヴィセやバロンがドラゴンになっちゃっても、どんな姿でもいいから帰って来て。必ずよ」


「俺もっと背伸びてるかも! 大人になったらヴィセより大きくなるって決めてる」


「ちょっと、そんなに私を待たせる気?」


 笑いながらも少し寂しそうにため息をつき、テレッサはヴィセとバロン、そしてラヴァニとも抱擁を交わす。


 最初にモニカの町を発った時は、ヴィセとラヴァニの旅の目的も小さかった。ドラゴニアを探す、人を探す、それは個人の目標に過ぎなかった。


 だが、今は人とドラゴンの新たな関係までも視野に入れ、世界を変えるような旅に出ようとしている。だから寂しくても、危ないと思っても止めることは出来ない。


「……さあ、行って。ドラゴンの仲間に会えたら是非伝えて。モニカの町は歓迎するって。ゆでたまごが大好きなんですってね。ご馳走してあげるわ」


 ≪それは仲間も喜ぶ。我はゆでたまごを噛んで舌にのせた瞬間、あれが忘れられぬ。そなたの姿、この町の姿、必ず伝えよう≫


「小さくなる方法が分かれば、食費も浮きそうなんだけどな」


 ≪我は勝手に狩りをする、心配はいらぬ≫


 ヴィセがラヴァニに跨り、エゴールに借りたままの鞍に乗る。バロンを足の間に座らせてしっかりとハンドルを持たせ、ベルトを一緒に締める。


「行ってくるよ! なんだか旅に希望が湧いてきた!」


「おねーちゃんばいばーい!」


「行ってらっしゃい! 気を付けて!」


 ラヴァニの羽ばたきによって強い風が吹き荒れる。テレッサが思わず目を瞑り、数秒で目を開けた時、もうそこにラヴァニの姿はなかった。


「行っちゃったか。……うん、これで良かったんだ、きっと」


 テレッサは寂しそうに微笑んだまま、小さく消えていくドラゴンの背を見つめる。テレッサは希望を持って旅立ったヴィセ達に、自身が掴んだ情報を伝える事が出来なかった。


「……ドラゴンの血を、どうか悪用させないで」





 * * * * * * * * *




 ラヴァニはエゴールよりも速く飛び、数時間を掛けてナンイエートの町に着いた。時刻はもう18時を過ぎ、これからエゴールを尋ねるのも迷惑になる。ヴィセは悩んだ末、宿を取って休む事にした。


 暗くなっていた事もあり、ラヴァニの姿は目立っていない。森の中でじっとしていれば、明日の朝まで問題なく過ごせる。


「ラヴァニ、2晩も野宿をさせるのは心苦しいんだけど」


 ≪構わんと言っておる≫


「ねえ、またちょっとだけ封印したら小さくなる?」


「封印は解いちゃっただろ」


 バロンは単純だ。今まで封印がちょっとだけ解けた状態だったのなら、またその状態に戻せばいいと考えたのだ。封印に使われたキューブは鞄に入っている。ならばまた動かせばいいと思っていた。


「あの四角いやつ、貸して」


「封印の?」


「うん、機械はぜんぶスイッチがある! 切ったら入れたらいい」


 そう言ってバロンはヴィセからキューブを受け取り、全部スイッチを入れていく。


「そもそもちゃんと地面に配置してないし、ラヴァニじゃなくてお前が封印されたらどう……」


 ヴィセがそう言ってキューブの状態を確かめようとする。その時、ふいに肩が掴まれ、同時に重くなった。


「……あれ?」


 ≪どうやらバロンの言う通りだったようだ≫


 ヴィセに左肩には小さくなったラヴァニがいる。どうやら封印が発動したようだ。


「え、そんな簡単に大きくなったり小さくなったり……」


「ほら! 俺の言った事合ってた!」


「以前よりは大きい気がするけど……何か苦しかったり、違和感はないか」


 ≪問題ない。となれば、今後も町に立ち寄った時は別行動を取らずとも良い訳だ≫


 ラヴァニはこれでゆでたまごを心行くまで食べられる。ヴィセは都合の良い奴だと呆れたため息をつきながら、ふとエゴールの住む小屋へと視線を向けた。


「エゴールさん、帰って来てるよな?」


 ≪ネミアに寄っているのではないか。流石に我に追い抜かれたという事はなかろう≫


「そう、だよな」


 エゴールの小屋は明かりが消えている。もう疲れて眠ったのか、それともネミアに寄った事で遅れているのか。気がかりではあったが、明かりが消えているのに訪ねる訳にもいかない。


 ヴィセは手に明かりを持ち、暗い森の道を照らしながら歩く。暗がりが怖いのか、バロンはヴィセのコートの背をしっかり掴んでいる。そんなバロンがふと足元に水たまりを見つけた。


「あー! 新しい靴濡れた!」


「帰って拭けばいい。足元に気を付けて……」


 そう言いかけたが、バロンが立ち止まった。コートが引っ張られ、ヴィセが振り向く。


「ヴィセ……」


 バロンが濡れた靴を触った手を見つめている。明かりで照らすとその小さな手は真っ赤に染まっていた。

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