Dragonista 03
元からと言われても、ヴィセはピンと来ていなかった。まさか親がドラゴンであるはずはなく、ドラゴン化が進行しているのなら元は人族だ。
あまり不躾な事を尋ねる訳にもいかず、ヴィセ達はエゴールの言葉を待つ。エゴールよりも先に口を開いたのはジェニスだった。
「あたしがエゴールと別れた理由は教えたね」
「はい、ドラゴンの血がジェニスさんや子供……に」
ヴィセはハッと気づき、エゴールへと顔を向ける。エゴールは頷き、正解を告げた。
「そう、俺の親がドラゴンの血を飲んでいたのさ。詳しく言えば父親だ」
「それがエゴールさんに受け継がれた……? じゃあご両親は、どうされたのですか」
ヴィセは、良い答えは返ってこないと考えていた。ヴィセにもバロンにも、もう両親はいない。それでもエゴールの親がどうしているのか、尋ねずにはいられなかった。見る限り、一緒に暮らしてはいない。
「結論を言うと、母は亡くなった。父はきっとどこかの空を飛んでいる。父は、全く年齢を感じさせない見た目をしていた」
「分かった! 飛行艇の運転手さんだ!」
バロンが自信満々で答える。話の流れについてきていないのだろう。
「バロン、おそらく違うよ。その飛んでいるとは、つまり……ドラゴンになったって事ですよね」
「ああ、そうだ。彼は怒りに我を忘れ、人に戻れなくなった。母はドラゴン化が始まった体に悲観し、命を絶った。ドラゴンの血を宿せば、死ぬのも簡単じゃない。名誉のために最期は伏せるが、生きていた方がマシってくらい苦しんで死んだ」
「……それが何年前の事なのか、お聞きしてもいいですか」
ヴィセやバロンはまだドラゴン化が進んでいない。感情のたかぶりによって、一時的に変化が起きる程度だ。エゴールやその両親のようなドラゴン化はどれ程の進行速度なのか、ヴィセはそれが知りたかった。
勿論、目の前にいるエゴールの見た目からして、両親の話も10年、20年単位の話ではない。そのエゴールが自身の体を治せていないというのに、ヴィセが食い止められるかは不明だ。
それでも、自分の身に起きている事、これから起こる事は把握しておきたかった。
「この話は……ジェニスにもはぐらかしていたな」
「あたしなら予想通りの姿で現れたあんたを見て、覚悟はしているさ。目の前にいる2人はあんたが救った命だよ、あんたが責任を持ちな。そっちのドラゴンのおチビちゃんは、あんたの連れの友達だったそうだ」
「あいつの……そうか。どうなるかの説明もせず立ち去って申し訳なかった。それにしてもよくオレを訪ね当てたものだ」
ジェニスに出会わずともナンイエートには来る予定だった。しかし、ジェニスがいる、いないによってエゴールの反応は変わったかもしれない。
この話はジェニスにとっても無駄な話ではない。ジェニスはヴィセ達がいなければもう会いに来なかったかもしれない。エゴールにとっては念願の再会だ。
エゴールはその感謝を示す為にも、まずヴィセの問いかけへの回答から始めた。
「母が死んだのは……そうだな、えっと、1,2……281年前になる」
「は、い?」
「うわあ……すっごくおじいちゃんだ」
ある程度予測できたことだったが、エゴールはドラゴン化により、老化が著しく遅くなっていた。流石に300歳超えだとは思っていなかったのか、ジェニスも目を真ん丸にしている。
「ごめんよジェニス。10歳上と偽っていたが、310歳上なんだ」
「ハァ、そんなジジイだったとはね」
「見た目もそうだが、気持ちも歳を取らなくてね。ジェニスと共に過ごす時間は、少年のように舞い上がっていたよ。だから辛くもあった。愛や恋なんて感情もないくらい老いる事が出来たなら……」
「タラレバで話すのは嫌いだよ。あんたの気持ちを疑ったことはないし、今でもそうだ。あたしは愚かな恋をしたつもりはない」
「ははは、君のそういう所が今でも好きだ。さて、281年前に母が死んで、父は怒り狂った。当然、その怒りはオレにも伝わった」
そう言ってエゴールが自分の服の袖を捲った。右腕は人のものである事が分からないくらいドラゴン化が進んでいる。いや、もうドラゴンの腕そのものだ。
エゴールは勢いよくその腕の鱗を1枚剥がす。血が流れるのかと思ったが、その下には人の皮膚が見えた。
「父の怒りに引きずられた事は何度かある。その度にオレも意識が途切れた。危ないと感じた俺達は山奥へと引っ越した」
「その時はまだ腕はふつうだったの?」
「ああ。ただ、当時から父の体は服で隠せないくらいにドラゴン化が進んでいた。聞いた実年齢は当時で290歳。母は理解していたはずだけど……ある時指先のドラゴン化が治らなくなり、そのまま……」
エゴールの身の上話を聞きながら、ヴィセもバロンも自分の体の事が心配になった。エゴールの見た目からして、エゴールの母も15~20年程は無事だったはずだ。
問題は、血を直接飲んだ父親がいつからドラゴン化したのかだ。
「お父さんはいつから」
「ドラゴンの血を飲んだのは25歳の時と聞いている。ドラゴンを1体負傷させたと喜ぶ友人がくれたらしい。肝試しのつもりだったそうだが……後に仲間のドラゴン達が仕返しに来て、血を飲んだ他の者は死んだと」
「ドラゴン化が始まっても、すぐに変化する訳ではないんですね」
「うん。ただオレも君達も、いずれはドラゴンになるだろう」
≪……元からドラゴンである我からすれば、そのような者を同胞として受け入れて良いものか、悩ましい所だ≫
人に戻れなくなる時が来る。出来ればそれは避けたいと思っていた。長生きしたいと思っても、それは人としての話。エゴールのように多くの友人知人を失い、取り残されていく人生はつらい。
一方、ラヴァニは人からドラゴンになった者の存在を知り、悩んでいた。ドラゴンの同胞からそんな話を聞いた事がない。
「あのね、俺とヴィセはね、どうやったら治るかなって聞きに来たんだ。何かいい方法ある?」
「そうか、君達は……まだ希望を捨てていないんだね。30年前なら、オレも一緒に方法を探したかもしれない」
「なんだい、エゴール。人に戻る事を諦めたのかい」
「……鱗を剥がせば、一時的に人と同じ肌に戻れる。でも翌日にはもう硬くなり、2日も経てば鱗の形が浮かび上がる。色々試したが駄目だった」
エゴールはむしり取った鱗をジェニスに渡した。漆黒の鱗は光に当てた所だけが赤く光る。世界一悲しいその宝石を、ジェニスは大事そうにポケットにしまった。
≪それで、何故我が友と知り合ったのだ。一体いつから共に行動していた≫
「そうだったな。君の友達の事を、オレはユースと呼んでいた。ユースは……かつて父の友人が負傷させたドラゴンだった。出会ったのはだいたい25年前の事だ」
「あたしがネミアに嫁いだ後、か。あちこち放浪している噂は聞いていたけど」
「腕や首、額の鱗を隠すため、全身鎧を着て各地を回った。ドラゴン退治を止めさせたかったんだ。200年前にも中止を呼び掛けたけど、失敗した。ジェニスが生きている間は守りたいと思って、もう一度やってみようと」
ヴィセやバロンが助けられたのは、その旅の途中での出来事だった。偶然出会ったと言えば、そうなのだろう。
「上手く……行かなかったんですか」
「うん。そんな時、偶然ユースと出会った。ユースは出会った時から霧の中にいた。不思議な話だけどね、彼は人が、特に人の子供が好きだった。ユジノクの霧の下で、いつも子供を見守っていた」
「俺達の……こと?」
バロンの驚きに合わせ、エゴールがニッコリと笑う。
「ああ、そうだ。彼はもう飛べなかった。何十年も前に人に射ち落とされて、ずっと霧の中にいた。それでもユースは人が好きだった。霧の中に下りてくる子供を、霧の化け物から守っていた」






