Discovered 07
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「ラヴァニ、そこに掛けて!」
≪掛けた≫
「次これね! 俺ぜんぶシワのばす!」
1時間程経った頃、バロンはラヴァニと共に洗濯物を干していた。
うっすらと雲がたなびく空の下、宿屋の裏の庭には爽やかな風が吹く。春が近いせいか、今日は陽気も感じる。陽が沈むまでには乾きそうだ。
庭を囲む木製の低い柵の向こう側には細い道がある。時折住民が通りかかっては、小声でドラゴンだと呟いて過ぎていく。
「ラヴァニ、高いとこやって」
≪承知した≫
バロンが洗い終わったものを籠から取り出し、軽く振りさばいて、大きなシワを伸ばす。ラヴァニは左右にピンと張られた綱の上でそれを受け取り、前足と口で器用に掛けていく。
1人と1匹がヴィセを休ませるために考えた「できること」の1つだ。
「あはは、これヴィセのパンツ!」
≪小さきものは後でまとめて干せ、先に大きなものを≫
「俺のパンツより大きいよ」
≪そういう事ではない。上着やズボンを先に渡してくれ≫
数字の計算はばっちりでも、力がなく、目覚ましセットの方法もカンニングなしでは読めないバロンと、力はあっても人と同じ行動や加減には限界のあるラヴァニ。
それぞれが力を合わせたなら、ヴィセ1人分の仕事はこなせる。
「俺、役に立ってる?」
≪少なくとも、この時間でヴィセは体を休める事が出来ている≫
明るく振舞っているが、バロンは役に立っているかどうかを確認したがる。洗濯物を干し始めてから10分少々で、もう3回もラヴァニへと尋ねていた。
≪バロン、何かあったか≫
「……ヴィセが無理したら、伯父さんみたいになっちゃう? 役に立たなかったら、俺捨てられる?」
≪いつも守られている側の者にも、そのような悩みが湧くのだな≫
「次に何か危ない事があったら、もう連れて行ってくれないかもしれない」
バロンは両親の死の真相を知り、伯父の負傷した姿を知り、心の中に本人にも自覚のない傷を負っていた。いつも頼りにしているヴィセも、無理をすれば倒れてしまう。バロンは自分のせいで誰かが傷付くのが怖いのだ。
≪連れて行きたくなる理由が欲しいのか≫
「洗濯とか、えっと……、えっと……俺何か出来ることない?」
≪心配するな、ヴィセは役に立つか立たないかで人を判断する男ではない≫
「でも、今日みたいにヴィセがすっごく疲れるのは嫌だ」
≪出来る時に、出来る事をすればよい。ヴィセに必要なのは、本当に困った時に助けてくれる者だ。そなたがそうであればいい、バロン≫
バロンはまだ納得していないようだった。子供は子供なりに、迷惑や負担に対して敏感だ。
出来る事など限られている。力になれる場面などそうそうない。かといって置いて行かれる気はないが、迷惑だと思われたくもないのだ。
「はやく大人になりたい。大人になったらヴィセみたいになれる?」
≪ヴィセはまだ大人という年齢でもない。それに、ヴィセのようになりたいと言っても、真似はやめた方が良い。あやつも苦労してきた身。同じように育って欲しいとは思うまい≫
「……どうしたらガリガリじゃなくて、ヴィセみたいになれるかな。そしたらもっと出来る事増えるかな」
≪同じことが出来てもつまらぬ。なりたいのなら止めはしないが、ヴィセに出来ない事を手伝うのも良かろう≫
「えー? だってヴィセ何でもできるもん」
ヴィセは決して万能ではない。勿論、見た目も含め平均よりは上だろう。だが思慮深く賢いとしても、知識は乏しい。力は確かに強く、体力だって並みよりはある。それでも屈強な大人に敵うほどではない。
それでも、今バロンが憧れるのはヴィセだった。なりたい姿というよりも、英雄視に近いかもしれない。
「ヴィセがわー凄いねって言ってくれること、何かないかな」
バロンは最後に自分の靴下を洗濯ばさみで吊るす。数日分の着替えが風で一斉に揺れるのは圧巻だ。これで終わったと自慢げに微笑んだ時、柵の向こうを通りかかった村人に声を掛けられた。
ふくよかで小柄なその女性は、頭に三角巾を巻き、エプロンを身に着けている。手に持った大きな布袋からは、野菜が顔を覗かせていた。
「あらあら! 小さなドラゴンだこと! あんたのペットかい?」
「ラヴァニは友達だよ」
「へえ、人に慣れてんのねえ。お洗濯してたのかい?」
「えっとね、洗うのは宿の人がしてくれた! 干すのは俺とラヴァニでやった!」
バロンが自分の成果を主張すると、女性はニッコリと微笑む。
「偉いのねえ、何処から来たの」
「えっとね、うーん、色んなとこ! ヴィセと来た」
「ヴィセ? 男の子の名だねえ。洗濯物を見るに、お兄ちゃんかい? あんたみたいなお利口さんが弟だと、お兄ちゃんも嬉しいだろうねえ」
女性が褒めてくれた事で、バロンの表情は先ほどまで悩んでいたのが嘘のように明るくなった。
「うん!」
女性に大きく手を振り、バロンは満足そうに勝手口から宿の中へ戻る。その顔はまだ緩んでいた。
≪役に立っているのは、他人から見ても明らかなようだ≫
「うん。ねえ、ヴィセって俺の兄ちゃん?」
≪我が友の血を分け合っている事を血縁と言うのなら、ヴィセは兄とも呼べる。面倒を見てくれる年長者という意味でも、ヴィセは兄と呼べよう≫
「へへっ、じゃあヴィセは俺の兄ちゃんだ」
バロンの声は良く通る。庭での会話も、廊下の声も丸聞こえだ。
「……あいつ、そんな事を気にしてたのか」
それは目が覚めていたヴィセにも聞こえていた。
ヴィセはバロンがいない事に気付き、フロントに行方を尋ねた。ヴィセを休ませるため、洗濯物を干していると聞き、様子をそっと見守っていたのだ。
気付かれないように一足早く部屋に戻り、ヴィセは再びベッドに入る。その顔もバロンと同様に緩んでいた。自分が思っていた以上に、バロンはヴィセを慕っている。それが嬉しかったのだ。
「兄ちゃん、か。弟なんていなかったし、一生そう呼ばれる事はないと思ってた」
バロンの元気な声は、次第に大きくなってくる。それが扉の前までやって来た時、ヴィセはゆっくりと目を閉じた。
「兄ちゃん……うん、いい響きだ」
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ヴィセが寝たふりから本当に寝てしまって2時間。バロンも疲れて寝ていたが、やがて外が暗くなり始め、目覚ましが起床を告げた。
「ん……あれ、何時」
≪夕方の6時だ。バロンが6時に鳴るよう仕掛けていた≫
「そっか。バロン、起きろ、飯に行くぞ」
「……ごはん!」
眠そうにゆっくりと体を起こしていたが、飯という言葉には敏感だ。数秒遅れで飛び起き、次の瞬間にはもう室内履きにつま先を突っ込んでいた。
「あのね、俺ね、ラヴァニと洗濯物干した!」
「えっ? お前が……やったのか」
「うん! ラヴァニも一緒にやったよ」
ヴィセは勿論それを知っている。役に立ちたくてやったと分かっているからこそ、ヴィセは驚いて見せた後、嬉しそうに微笑んで労った。
「助かったよ、もう洗濯なんて明日でいいやって思ってた。有難う」
≪バロンはヴィセの為に何が出来るか、必死に考えたのだ。役に立ったようだな≫
「うん! 干してる時、通りかかったおばさんが偉いねって、お兄ちゃん喜ぶねって言ってた」
「俺が兄貴? ははっ、それもいいな」
ヴィセが否定せずに笑うと、バロンはその場で飛び跳ねて興奮する。流石に嬉しい顔を見せるのが恥ずかしいのか、ヴィセではなく扉の方を向く。
「じゃあ、ヴィセは今から俺の兄ちゃんね!」
「今からというより、もうずっと前から兄貴みたいなもんだけどな。んじゃ食堂で飯にするぞ、弟よ」
「弟分かった!」
バロンは食事の間、給仕担当や他の宿泊客に「ヴィセね、俺の兄ちゃん!」と積極的に教えて回った。きっと皆、ヴィセを何かの有名人だと勘違いした事だろう。






