Fake 09
「これは?」
「この町の地図です。病院はここ、兵器工場はこの辺りにありました。方角で言えば北東でしょうか」
「鉱山の入り口の近く、か。確かにそれなら便利もいい」
鉱山は危険でけが人も多い。そのためイワンが入院していた大病院は町の中心部ではなく、鉱山に近い北東側に建てられていたようだ。
その他、ドーンの町が復興する様子や、災禍前の写真などが載った町の歴史資料の冊子などもあり、バロンにも見せていくが、やはり反応が鈍い。
「本当にバロンとイワンが同一人物なのか、決め手に欠けるな……いや、あんたを……エマさんを疑っていると言っている訳ではありません。しかし」
「仰りたい事は分かっています。私の記憶やイワンの面影だけでは分かって貰えないのも当然です。血液の型や成分で血縁を調べる方法もあります。出来ればお願いしたいのですが」
「それ、は」
血を調べられたなら、バロンにドラゴンの血が混ざっている事を知られてしまう。
エマだけならまだしも、公になれば都合が悪い。だが、エマとバロンが姉弟かどうか、確かめるのを駄目だとは言えない。
他に手段がないかと考えていると、ラヴァニがそれらしい案を出した。
≪バロンがもしイワンであるなら、その記憶を我が覗いて確認しよう≫
「そうか、その手があった! バロン、目を閉じて」
「何するの?」
「バロンが忘れている小さい頃の記憶を、ラヴァニが確認するんだ。俺もやってもらったから大丈夫」
エマは何のことか全く分かっていなかったが、ヴィセとバロンは目を瞑る。バロンはラヴァニに記憶を覗かせるため、ヴィセはラヴァニが拾った記憶を見るためだ。
≪バロン、今は食事の事を忘れてくれ、表面の記憶が邪魔だ≫
「だって、ご飯美味しかった」
≪今は我に過去を見せる事に集中せよ。これでそなたの事が分かるのだぞ≫
「分かった」
バロンの昨晩と朝の食事の記憶が邪魔しなくなると、水面の波紋が消えていくように、ゆっくりと頭の中で視界が開けていく。
目の前には女性、そしてその横にはバロンによく似た男性が立っている。
「あっ、父ちゃん……母ちゃんだ!」
女性は母親、男性は父親らしい。どこかに向かう所なのか、父親は大きなかばんを両手に持ち、バロンは母親に抱き上げられる。
「あっ……俺の親戚のおっさんだ。俺をスラムに置いて行った」
「覚えているのか」
「うん、思い出した。間違いない、父ちゃんと母ちゃんだ」
視界には長閑な田舎の風景が広がる。ヴィセの村のように木造の平屋がまばらに建っていて、畑や田んぼがどこまでも続く。きっとバロンの実家の光景だろう。
そんなバロン達を見送る少女が視界に入ると、ヴィセもバロンも「あっ」と声を上げた。
「エマさんだ」
「じゃあ、本当に……俺の姉ちゃん?」
少女はまだ背も伸びきっておらず、顔もあどけない。だがその特徴は目の前のエマと同じだ。そこまで確かめると、ヴィセがいったん目を開け、エマに頷いた。
「確かに、あなたはバロンの……いや、イワンのお姉さんだ。どうして分かったのかは言えないけど、間違いない」
「やっぱり! ああ、死んだと聞かされていたけれど、あんたと伯父さんは最後まで見つからなかった! 生きていると信じてこの町に移って……この日をどれだけ待ち望んでいたか」
エマは涙ぐみ、制服の袖で目をこする。イワンはエマにとって唯一の家族。ヴィセは偶然でも運命でも、バロンをこの町に連れてきて良かったと微笑んだ。
「伯父さんはどうなったか分からないが、まさか、こんな出会いになるとは。良かったです。なあ、バロン……」
ヴィセが横でまだ目を瞑っているバロンに声を掛ける。これからは仮の名ではなく、イワンと呼ぶべきか。そう考えていた時、目を開けそうになったバロンに対し、ラヴァニが待ったをかけた。
≪待て、ヴィセ、バロン。2人とも目を閉じて集中してくれぬか。まだ続きがある≫
「何だって?」
≪言われたとおりにしてくれ! バロン、ドーンにいた頃の事を何か思い出そうとしてくれ≫
ラヴァニに告げられるまま、ヴィセとバロンは目を閉じる。
10秒、20秒と静かな時間が過ぎていく。そして30秒が経った頃、ふいに頭の中の光景が炎に包まれた。
ラヴァニは光景を見るだけで声までは窺い知ることが出来ない。だが、そこに起きている事を把握するには十分だった。
「なんだ? 炎? まさかイワンはドーンにいたから……ドラゴンの襲撃を見ていたのか!」
≪……これが、当時の『イワン』が見た光景だ。少し遡る≫
「ちょっと、ちょっと待て! 何だ? これ、何を見ているんだ」
「ねえ、これどういうこと? 俺がちっちゃい時に見たってことか?」
≪そうだ≫
3人はラヴァニと意識を共有し、災禍の中のとある街角の様子を見ていた。前方で男が数人の男に何やら指示を出している。その者達は幾つもの瓶を手にしていた。
それがふいに通りの家へと投げ込まれる。
「……火を付けた……火炎瓶! 俺が村を焼かれた時にもあれと同じものを投げ込まれた!」
「ねえ、あの人たち家を燃やしてるよ? なんで? ドラゴンから逃げなくていいの?」
≪ああ……奥に我の仲間達の姿が! 仲間の姿を再び見る事が出来るとは!≫
「おい家が! でも、ドラゴンは奥の方で飛んでいるだけで、こっちには来ていない……まさか!」
遠くが赤々と燃えている。幼いバロンの視界は煙のせいでやや視界が悪い。そんな中、男達が何故か火炎瓶で燃えていない周囲の家に火を付けている。
「ドラゴンの仕業に見せかけて、放火してるのか? ちょっと待った、誰かが奥から走って来るぞ」
「父ちゃん、父ちゃんだ!」
先ほどイヴァンの記憶の中にあった父親の顔と同じだ。その横には、やはり似たような顔で少し背の高い男が並んでいる。
「親戚の伯父さんだな」
「うん」
その2人を見たイワンは何者かに抱きかかえられ、イワンがその者の顔を見上げる。
「あっ、母ちゃん……」
「なんてことだ、この風景を親子3人共見ていたというのか」
3人共この時点では生きている。ドラゴンに襲われている訳でもなく、この状況なら生き延びる事は出来たはずだ。
だが、イワンの両親は遺体となって見つかった。焼け残った身分証と背格好で断定されている。
「あっ!」
イワンの父親はイワンの方へと手を振っている。イワンの視界が揺れているのは、母親が手を振っているからだろう。だが父親と伯父は放火を繰り返す男達に気付き、それを止めに入った。
男達は逃げ出すかと思われたが……1人がふいに父親の背後から首を絞める。
「何を……あいつ、首を絞めて殺そうと」
「やだ、やだ! 父ちゃんが……」
「ねえ、何? 何が起こっているの? 2人とも何を見ているの!?」
その光景を見ているのはヴィセ達だけだ。だが断片的に漏れる言葉であっても、エマは嫌な予感がしていた。
父親の手が何かを伝えようとしている。父親と共にいた男が止めようとするが、人数で敵わず払いのけられてしまう。
母親がイワンをその場に待たせ、父親を助けようと駆け寄っていく。だが、その母親はその腹をナイフで刺され、その場に倒れ込んだ。
やがて父親も窒息し、母親に覆いかぶさるようにして力尽きた。
「そんな……バロンの両親はドラゴンに殺されたんじゃない」
「父ちゃんと、母ちゃんが……」
「ねえ、どういう事? 何があったの? ねえ、イワン! 教えて!」
黒い服の男がイワンへと静かに歩み寄って来る。両側の建物が窓から炎を吹き上げ、周囲があっという間に火に包まれる。
ゆっくりと近づくその男の手が、イワンの腕を掴もうとする……その時、ヴィセもバロンもラヴァニも、はっきりと男の顔を認識した。
「あの意地悪なおじさん……」
≪あの商人だな≫
「ああ、間違いない。ドナートだ」






