Fake 05
木と皮と薬品の匂いが漂う店内は、壁沿いに革製品の入った棚が並んでいた。裸電球の優しい光はどこか温もりを感じさせる。空間に余裕があるせいか、妙に落ち着く雰囲気だ。
「いらっしゃい。探しているものがあれば言っておくれ」
「あ、えっとモニカにあるエビノ商店のテレッサの紹介で来た者です」
「テレッサ嬢ちゃんの……そうかい、あんたが」
奥から犬の耳と尻尾を持つ犬人族の老人がやって来て、ヴィセとバロンの前に立った。灰色と黒が混ざった頭髪、色黒の肌、眼鏡を掛けているがその眼光は鋭い。
作業中だったのか、黒いエプロンには皮布の切りくずが付いている。
「こっちへおいで。ドラゴンを連れていると聞いたが」
「あ、はい。危害は加えないので、もし許して頂けるのなら鞄から出したいのですが」
「嬢ちゃんの頼みだ、いいだろう。ただこの町の大半はドラゴンに憎しみを抱いておる。7年前、わしも息子を1人、親友を2人失った。嬢ちゃんの頼みでなければ追い出しただろう」
「……辛い過去を思い出させてしまい、申し訳ありません」
ヴィセはラヴァニを鞄から出させ、膝の上に乗せた。男は僅かに肩を震わせたが、それ以降は落ち着いていた。
「紹介が遅れました、ヴィセ・ウインドです。こっちはバロン、このドラゴンはラヴァニです」
「店主のミハイル・スプートニクだ。ラヴァニ? どこかで聞いた名だ。何だったか……」
「俺の、故郷の名です。モニカの北の高原にあった小さな村です」
「あった? ……そうか、嬢ちゃんから聞いた。近隣の村から焼き討ちに遭い、あんた1人だけ助かったと」
「はい」
店主にはドラゴンへの憎しみがある。しかし、目の前にいるヴィセは焼き討ちを行った者への怒りを顕わにせず、冷静に話をしようとしている。もっと言えば、ヴィセは家族友人はおろか、周囲の全員が殺された。
店主はヴィセよりもはるかに歳を取っている。自分よりも過酷な人生を歩んできた者に対し、感情を見せつける気にはなれなかった。
「そっちの猫人族の……バロンと言ったか。君は」
「えっとね、ユジノクから来た! ヴィセがね、スラムから連れて来てくれた!」
「親戚か何かかね」
「いえ、違いますが、訳あって一緒に旅をしています」
≪ヴィセ、早く7年前の事を尋ねてはくれぬか。我が仲間はこの町で何をしたのだ。何体現れたのだ、特徴は、どこに向かった≫
ラヴァニは世間話をするつもりなどなかった。早く仲間の事を知り、ドラゴニアへの手がかりが欲しいのだ。
自分で聞き込みをする訳にもいかず、ヴィセしか頼れる者がいない。そんなもどかしさがラヴァニの気持ちを急かす。
「あのね、ラヴァニがね、ドラゴンが来た時の事を知りたいって」
「ほう、坊主もドラゴンと話せるのか。この男前がドラゴンの言葉を理解するとは聞いていたが」
「ははは……」
どうやらテレッサはドラゴンの血の事を伏せ、表面的に分かる事を伝えたようだ。
「それで、7年前……この町で何があったのか、教えてくれませんか」
* * * * * * * * *
7年前、正確に言えば6年と6カ月前。このドーンの町は重工業の町だった。
町の外れには鉱脈への入り口があり、西には鉄鉱石、南には銅、北には石炭採掘の炭鉱、それを利用する工場も乱立していた。
しかし、霧のせいで実感は湧かないが、町の標高は海抜1500メルテ以上だ。そのお陰で風は強く、常に煙が町や周辺に流れていた。
どうせ霧の下には住めないからと、ろくに排水の処理もせず垂れ流し。排滓も不要なゴミも全て霧の下に投棄していた。
そんな状況にドラゴンが怒った。ドーンの人々はそう考えている。
当然と言えば当然だ。しかし、親しき者を殺されたとなれば、ドラゴンへの憎しみもまた仕方のないものだった。
* * * * * * * * *
「我々は多くを失った。ドラゴンに町の3分の1を焼かれ、大勢が亡くなった。しかし、同時にそりゃあそうだろうとも思っていた。ゴミも汚水も煙も垂れ流し放題。浄化して下さいと言っているようなもんだ」
≪我がもしその時目覚めていたなら、勿論共に町を焼き尽したであろう。この町の者は霧の下の大地を取り戻す気がなかったのか≫
店主のミハイルはため息をついてドーンの過去を振り返った。ラヴァニはあからさまに苛立ったが、現在のドーンの町は随分と空気が澄み渡っている。
現在を生きる者に怒りをぶつけても意味がない。この町は浄化に遭った後、変わったのだろう。
「その当時、ドラゴンは何体現れたのですか。実際にその目で確かめましたか」
「ドラゴンを間近で見て無事だった者は少ない。殆どの者が炭鉱などの地下に避難し、災禍の終わりをじっと待っていた。霧より深い場所もあるが、霧は入り込んでいなかったのでな」
「ねえねえ、ドラゴン見てないの?」
「1体は自分の目で確認した。黒く大きな翼で、真っ赤な目をしていた。他に2体いたという者もいれば、4体と言う者もいる。ハッキリとは分からん」
ヴィセ達は、ようやく自分の目で生きたドラゴンを目撃した者に出会えた。この町で聞き込みをすれば、もっと多くの情報が集まるだろう。
しかし、テレッサの口添えがあったからこそ、ミハイルは話す気になったのだ。ドラゴンを連れた旅人の噂は広まっているだろうから、外で上手くいくとは限らない。
紹介所に行き、情報を募る事は出来る。だが今日の様子だとラヴァニを隠していなければ相手にして貰えなさそうだ。
≪我が仲間の事をもっと聞いてはくれぬか≫
「えっと、ドラゴンはその後どこへ行ったのか分かりませんか」
「西へ向かったと言う者は何人かいた。その方角にドラゴニアがあるんじゃないかと検討を付けた旅人もいたが……見つかったとは聞いていない」
「そう、ですか。では……」
ヴィセにはどうしても聞いておきたい質問が1つあった。しかし、その答え次第ではラヴァニが怒り狂う可能性もあるため、慎重にならざるを得ない。
(バロン、念のためフードを被れ)
「なんで?」
(……ラヴァニが怒ったら見られてしまう)
「あっ、うん……」
ドラゴンと意識で会話できるという事は、バロンとも同様の事が出来るという事だ。ヴィセはバロンの意識に呼びかけて少し離れた場所に行かせ、しっかりとラヴァニを抱きかかえる。
≪我は大丈夫だ。この者を襲ったりはせぬ≫
(襲わなくてもラヴァニが怒れば俺達がドラゴン化するだろうが。見られたら面倒だ)
≪……何を聞くつもりだ≫
(この町を襲ったドラゴンを、攻撃したのか、殺したのか。あの霧の中で息絶えたドラゴンは、この町の仕業か)
≪我が一番気に掛かっていた事だ、感謝する≫
ミハイルからは、ヴィセがしばらく黙って言葉を選んでいるように見えていた。ヴィセは深呼吸をし、顔を伏せたままでミハイルへと尋ねた。
「この町はドラゴンに対し、応戦しましたか」
ヴィセは平静さを保って質問したつもりだったが、どうやら並みならぬ覚悟は伝わっていたらしい。ミハイルはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「その質問、とても重要なことのようだな」
「……はい」
ミハイルはまた少し考え込んだ。この場を凌ぐために適当な事を言うのは簡単だ。だがヴィセ達が調べようとすればすぐに分かる事。
ミハイルはエプロンについた皮の切りくずを摘まみ上げながら、ゆっくりと答える。
「そのドラゴンは、おそらくわしの言葉を理解しておるな。気を悪くしないでくれ、真実を知りたいのなら。……もちろん、応戦した。警備隊が砲弾を浴びせたんだ」






