表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Lost Dragonia】―焼き討ちからただ1人生き残った青年の旅に、ドラゴンと仲間を添えてー  作者: 桜良 壽ノ丞
3・【Fake】追い求める者の町

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/226

Fake 03



 ヴィセはバロンが読み書きできない事を思い出し、扉から離れた。これは自分で電話を掛けた方が早い。


 しばらくしてフロントの者が注意しに来てくれたのだが、商人はそれも計算済みだった。


『ああフロントの方ですか! 実はですね、この中に泊まっている方は人攫いではないかと。あんな小さな子供を連れて旅なんておかしいでしょう。兄弟とは思えませんし、奴隷かもしれない』


『えっ? 人攫い?』


『おまけにドラゴンの子供を連れておりましたよね、怪しいと思いませんか』


『いや、まあ……』


 扉の外では事情を把握していない従業員の男が困惑している。だが確認のために扉を開けてくれと言われるのは時間の問題。それを拒否すれば、いよいよ怪しまれる。


「おっさん、あんたとは話をしたくない、あんたがどこかに行けば出ていこう」


『何かやましい事でもあるのですかな? 怪しいですね』


「怪しい? 昨晩あんたが俺達に何かを届けようとしたのは確かに怪しかったな。ドラゴンを売れ、どうなっても知らないと言いながら、まさか厚意だとは思えない。生ものとやらを調べたら毒でも見つかるんじゃないか」


『なっ……7年前、この町がドラゴンにどれだけ怯えたか知っているだろう。それとも恐怖を再び植えつけに来たのかね? なんと意地の悪い』


「何とでも言ってろ。フロントの人がいるなら、今のうちに部屋を出た方が安全だ。ラヴァニは鞄に入れ、バロン、行くぞ」


「朝ごはんは?」


「どこかの店で食べるしかない」


「えーっ!? 俺もゆでたまご食べるはずだった!」


「後で食べさせてやるから」


 バロンが抗議するも、仕方がない。扉の前に置いた机を片付けて扉を開けると、案の定目の前には数人の男を従えたドナートがいた。


「ヴィセ、俺朝ごはん食べてから行きたい!」


「このおっさんのせいだ。おいおっさん、秘密裏に動けなくて残念だろうけど、もう諦めな」


「フン、どんな手を使ってでもドラゴンを渡してもらうさ。俺は商売人の中でも名の……」


「あぁーあああん! ゆでたまごっく、食べるって約束したあぁぁ!」


「おい、バロン」


 ドナートの言葉は、特大音量に掻き消された。


 食い意地が張り過ぎているバロンは、よほど朝食を楽しみにしていたらしい。お預けとなった事で悔しさに耐えきれなくなったようだ。


 時間はまだ午前5時を過ぎた頃。照度を落とした廊下に、推定年齢10歳の子供の泣き声が響き渡る。


「なんだ朝から煩いな、何があった」


「ちょっと、朝から子供泣かすんじゃないわよ」


「すみません、バロン、ほら迷惑だから」


「あぁぁん、っく、このおじさんが、邪魔してきたから……ふえっ、朝ごはん食べれなくなったあぁ!」


 バロンが大泣きしながらドナートを睨み、指をさす。他の部屋の者の非難の目は、一斉にドナートへと向けられた。


「申し訳ありません皆さん。この子が大切にしているものが珍しいからと、商人の男が売れと迫ってきて困ってるんです。売らないと言うと、今度は俺の事を人攫いだと」


「まあ、なんて人なの? 子供の宝物を取り上げようなんて最低だわ」


「そこまでして金儲けしたいか! 子供の前でみっともない!」


「ええい、うるさい! クッソ、覚えていろ小僧、次は絶対に手に入れてやる!」


 弱った隙に強奪する事も、奇襲する事も出来ず、ドナートは足音を立てながら部屋へと戻っていく。それを見送りながら、ヴィセは再度周囲の者に頭を下げ、そのまま1階のフロントへと向かった。


「もう……出発されるのですか?」


「ええ、昨晩食堂で絡んで来た男が部屋まで押しかけて来たんです。付いて回られるのも困るので」


「そう、ですか」


 先程の男ではなく、別の従業員の女が別会計の朝食などを計算しながら心配そうに奥の扉を振り返る。その意味が分からず首を傾げていると、奥から先程の従業員の男が出て来た。


「ああ、やっぱり出発されるところだった! あの、もう出られると聞いて朝食の当番がガッカリしているんです。すぐご用意できますし、食べてからご出発されてはいかがでしょうか。宿泊代も変わりませんから」


「えっ、あー、いや」


「食べる! 食べていく! 俺食べてから行きたい!」


 どうやらバロンが昨晩あまりにも感激したせいで、朝食の当番の者が張り切っているらしい。ヴィセはため息をつき、食べてから出発しようと声を掛けた。





 * * * * * * * * *





「気は済んだか」


「うん!」


 ≪バロンはなかなかの策士だな。子供とあって不安ではあったが頼りになる≫


「さくしって、何?」


 ≪頭が良い、賢いということだ≫


 どうやら計算しての行動ではないらしい。ヴィセは少しホッとしていた。もしあれが全て朝食を食べたいがためのバロンの計画なら末恐ろしい。


「良かったな、バロン」


「うん! 口の中がすっごい幸せ!」


「お前、あの大泣きは演技じゃないだろうな」


「えんじ? エンジンのこと? 俺壊すの得意! 霧の下から持って帰ったやつバラバラにした」


「何でもない、ほら行くぞ。壊すのが得意って何だよ」


 ようやく空が白んできた時刻。まだ通りを行く者も機械駆動車の往来もまばらだ。ヴィセ達は背後から商人が付いて来ていないか警戒しつつ、紹介所に向かって歩き出した。


 30分ほど歩けば紹介所に辿り着き、2人は一度その扉の前の段差に腰かけた。


 ≪ヴィセ、もう出ても良いか≫


「ああ、大丈夫そうだ」


 ヴィセがラヴァニを鞄から出してやると、ラヴァニは思いきり羽を伸ばす。


 ≪我は色々と考えたのだが≫


「ん?」


 ≪あの商人を誰もおらぬ所に誘き出すのはどうか≫


「え、何のために? 焼いて炭にするっていうなら却下」


「俺分かった! 決闘だ! ラヴァニはあのおっさんと決闘するんだな!」


 平和的な回答が一切出てこないのは仕方がないとして、ヴィセはもうドナートに会いたくはなかった。


 この町にはドラゴンが現れた当時の事を聞き、次に向かう場所の手がかりを得るためにやって来た。長居するつもりはない。


 ラヴァニに危険が及びそうな事態は何としてでも避けたい。ラヴァニが攫われてもし怒り狂う事があれば、ドラゴンの襲来を経験したこの町の者は、ラヴァニやドラゴン化したヴィセ達を敵と見做すだろう。


 ドラゴンを引き剥がそうとするドナートの方が善人に見える可能性もある。


 ≪我はそのような事をしようとは言っておらぬ。少し暗がりで痛めつけ、霧の中に突き落とせばいいのだ。あの脂をまとった男は不味そうだ、喰らう気にはなれぬ≫


「殺すのは却下! 方々で手配されて追われるなんて御免だ」


 紹介所が開くまであと1時間。ヴィセは通用門から入っていく職員たちを横目で追いつつ、暇そうなバロンに読み書きの「読み」を教える事にした。


 ドラゴンを肩に乗せた少年が座っていれば、町の者達は大げさな程驚いて近づいてこない。バロンの学習は邪魔されずにすみそうだ。


 ヴィセはユジノクの紹介所で貰った依頼の控えを見せ、その文字を読ませていく。


「この文字はオ。こっちはハ」


「オ、ハ、あ、ここにも同じやつがある! これオ?」


「そうだ」


「バはどこ? バロンのバ探して!」


「バはこれだ。場所って書いてある」


 バロンは嬉しそうに同じ文字を見つけ、覚えた文字を発音しながらなぞっていく。読み書きには興味があったのだろう。その横では、やはり読めた方が便利だと言ってラヴァニも覗き込んでいる。


 ≪ドラゴンとはどう書くのだ≫


「それは俺が書いた字だな。ドラゴンを目撃した事がある人……って書いてる」


 ≪ふむ、分かった。我が種族を表す言葉くらい覚えておこう≫


「ねえ、ねこびとぞくってどこに書いてる?」


「それは書いてないな、ネはこれ、コは……」


 2人と1匹が夢中で字の勉強をしていると、ふいに光が遮られた。


「あー暗い!」


 バロンが抗議し一斉に見上げると、そこにはラヴァニから大きな本で身を守るようにして1人の女性が立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ