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【Lost Dragonia】―焼き討ちからただ1人生き残った青年の旅に、ドラゴンと仲間を添えてー  作者: 桜良 壽ノ丞
3・【Fake】追い求める者の町

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Fake 02


 ラヴァニを売ってくれと言われ、ヴィセは商人へと怪訝そうな眼差しを向ける。他の希少生物の購入を持ち掛けられるのではなく、まさかその逆だったとは思っていなかったようだ。


 ヴィセは当然のようにその申し出を断った。


「こいつを売る気はありませんよ。旅に困らない程度には稼いでいるので金の話も不要です」


 ≪我を買うと言ったか。我に対する愚弄と捉えて良いな≫


「待てラヴァニ、騒動は御免だ」


「ん? 何か? ドラゴンは本来人と生きるのではなく、人を殺戮する大変危ない生き物ですよ。檻にも籠にも入れず、首輪もしないで放し飼いとは、あなたにドラゴンを飼う資格はありません」


 商人はヴィセに対し自信満々でふんぞり返る。ドナートと名乗るこの商人にとって、10代の若い旅人を話術で頷かせる事くらい簡単なのだろう。


 ……普段ならば。


「あんたには資格があるのか。こいつが誰かを襲ったか。悪いが商談は終わりだ、失礼する」


「何かが起きた時、あなたは責任が取れるのですか? 私のように生き物の扱いに慣れた者に任せた方が、ドラゴンも幸せでしょう」


「任せる? 任せるって言ってもあんたは誰かに売るんだろう? 俺から言わせてもらうなら、あんたはドラゴンに関して素人だ。こいつが望む事を何も分かっちゃいない」


「ねえヴィセ、このおっさんだれ? ラヴァニの事知ってる人?」


「知らないよ、俺は金で仲間を売るような真似はしないし、そんな事をする知り合いなんかいない」


 ヴィセはドナートの話をそれ以上聞かず、バロンの手を引いて食堂を出ていった。茶色い木板の廊下にヴィセとバロンの靴の音が響く中、男は背後から呼びかける。


「知りませんよ、どんな事が起きても。あの時売っていればと後悔しても、その時はもう遅いのですよ」


 ≪我が無秩序で野蛮とでも言いたいのか。あやつを始末するならばいつでも言え。今から始末するか≫


「構うな、行くぞ」


 乳白色の壁がドナートの声を反響させ、ヴィセ達の耳に不快なほど纏わりつく。2人と1匹は振り返ることなく突き当りの階段を上っていった。




 * * * * * * * * *





 部屋に戻ると、バロンはすぐにベッドで寝息を立て始めた。朝から大声で泣き、飛行艇ではぐったりし、おまけに初めて町の外に出たのだから疲れたのだろう。


「ラヴァニ、何があるか分からないから交代で眠ろう。あの言い草だと簡単に引き下がるとは思えないからな」


 ≪我の炎で消し炭にすれば、誰なのか何だったのか分かるまい。宵闇に紛れて消すか≫


「さっきのやり取りは他の連中にも見られた。真っ先に疑われるのは俺達だ」


 ≪我はヴィセ達が簡単に我を売るような者だと思われた事にも腹を立てているのだ≫


「分かってる。ただ怒りは抑えてくれよ、ドラゴン化した姿を見せると厄介だ」


 ラヴァニを宥めながら、ヴィセは部屋の照明を1つ消す。全部消さないのは就寝時間を悟られないためだ。時刻はまだ20時。まずはラヴァニが先に眠ることになり、ヴィセは0時にラヴァニと交代することになった。


「……シャワーはラヴァニが起きてからにするか。バロンも朝にはシャワーを浴びさせないとな」


 ヴィセは以前もホテルで襲われた。そのため今日はテーブルを入り口の前に置き、その上に椅子も並べた。内開きの扉は必ずテーブルに当たり、椅子は落ちて大きな音を立てる。


 更には窓のカーテンを閉め、そのすぐ前にフラワースタンドを置いた。揺らせば花瓶が落ちる。


 ラヴァニなら攫われたところで大丈夫だろう。むしろ相手の命が危ないくらいだ。ただどのみち何もかもが無事では済まないため、ヴィセは男が強硬手段に出ない事を祈って夜が明けるのを待つ。


 その時間はそう長くは続かなかった。


 部屋の扉の向こうで足音が消え、しばらくして部屋にノック音が響く。ヴィセは警戒し、リボルバーを持って近寄る。机と椅子は設置されたままだ。


「……夜更けに何の用だ」


『ルームサービスです。他のお客様からのお届け物でございます』


「明日フロントで受け取る。こんな夜中に不躾だとは思わないか」


『そ、そう言われましても……生ものですからお早めにと。受け取りのサインだけでも頂けないでしょうか』


「不要だ、そいつに返してくれ。恐らくはあのえんじ色の服を着た太った男からだろう、関わりたくない」


 ヴィセがそれ以上何も言わずにいると、従業員と思われる男はしばらくして引き返していった。従業員が脅されて言わされているのではないかと疑ったが、聞こえた足跡は1人分だった。


「生もの……生肉か? いや、生魚か。ラヴァニに食べさせる気だったのなら、毒を入れている可能性もある」


 毒と疑ったヴィセの勘は当たっていた。ドナートはヴィセ達に腹痛を起こさせ、その隙にラヴァニを持ち去るつもりだったのだ。


 ただ、ヴィセやバロンの生い立ちを考えれば、生ものと聞いて思い浮かべるのは肉や魚、そして野菜だ。シュークリームやケーキを連想することはない。


 ヴィセの世間知らずと警戒心が功を奏し、ドナートの作戦は失敗に終わった。その後は特に何もなく、ヴィセは0時過ぎに起きたラヴァニと交代した。





 * * * * * * * * *




 ≪ヴィセ、起きろ≫


「ん……朝、か」


 ≪早朝である事に違いはない。扉の外に人の気配がある≫


「また……来たのか」


 壁の時計を見ればまだ5時。季節的に空が白むにはまだ早い時間だ。ヴィセは物音を立てないようにゆっくりと起き上がり、着替えを始める。


「バロン、起きろ」


「んん……今日は俺の当番じゃない……」


「寝ぼけてんじゃねえよ、怪しい奴が来た、起きろ」


 ヴィセは強引にバロンを抱き起こし、眠い目をこするのにも構わずズボンと上着を脱がせ、外出着を強引に着せる。


「ヴィセ、まだ俺ねむたい」


「静かに。ラヴァニとそこにいろ」


 ≪気配は1人ではない。身を潜めるようにじっとしている≫


「慣れているな。素人同然の従業員とは違うって事か」


 バロンも段々何かが起きていると理解できてきたのか、ラヴァニを抱きかかえて扉の方を見つめる。9時間も寝ていたせいで後頭部の髪の毛が爆発しているが、今は直す余裕もない。


「扉の前で何をしている」


 ヴィセが積み上げていた椅子を強く押し、声を掛ける。気付かれていたとは思っていなかった事と大きな物音に驚いたのか、外では数人が数歩下がる足音が聞こえた。


『おや、起きておられましたかな。昨晩は贈り物を突き返されたので、今度は私が直接お届けに来たのです。開けてくれますかな、もっとも開けてくれなければここで待つだけですがね』


 恐らく、ヴィセ達が部屋から出てくるところを捕らえるつもりだったのだろう。ヴィセはため息をつき、バロンへと指示を出す。


「フロントに電話を掛けろ、迷惑な客が部屋の外で待ち伏せしていると伝えてくれ」


「分かった!」


 バロンはベッドから飛び降りて電話の前に立つ。


「ヴィセ! これどうやって使うの?」


「受話器を取って、ボタンを押せばフロントに繋がる」


「ボタンいっぱいある! 受話器ってこれ?」


「コードのついたやつだ。持ち上げたらツーツーと音が鳴る」


「分かった! 鳴った! すごーい」


 ヴィセ自身も殆ど電話を使った事はなかったが、村にも村長の家にだけ電話があった。使い方くらいは知っている。


 だが、バロンは電話を使った事もなければ、使い方も知らない。


 人選を間違えていると思われるが、ラヴァニに電話を掛けさせるのもまた至難の業だ。


 ≪昨晩の迷惑な客だな。昨晩はよく食べたせいか炎の具合も良さそうだ。我が一瞬で消し炭にしてやろう≫


「ヴィセ!」


「今度は何だ! フロントの人は来てくれそうか!」


「俺、字読めない!」

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