operations-02
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ラーナ島に朝が訪れた。
作戦の成功を示すかのような晴天に、島の者達は皆笑顔だ。
≪島の周辺には不審な船もない。まだ作戦を嗅ぎつかれてはおらぬぞ≫
「ああ、じゃあ行ってくるよ」
「ヴィセ、大丈夫? 海の中って大丈夫?」
「心配するな。島の事は任せたぞ」
島にはしばらく他所者が滞在していない。今日の作戦が外に漏れる事もない。入り江の倉庫の扉が開き、銀色の潜水艇に光が当たる。
ヴィセと運転手の男が上部のハッチから乗り込んだ。酸素ボンベならぬ空気ボンベも十分で、数時間は潜水したままでいられそうだ。
僅か直径2メルテ程の球体の船室が前方にあり、後方は燃料と動力室だ。それに重りとなる砂が入っている。潜る際は、水を取り込む事で沈んでいく。
浮上する場合はボンベの空気を解放しつつ、水と砂を捨てる。シンプルでヴィセにも分かりやすい造りだ。もっとも、今回はラハヴが手伝ってくれるため、浮上出来ない心配はない。
海中では明るく指向性が高いライトを5つ照射し、普段は前方のみを照らす。そして2人の顔が並ぶだけで精一杯の覗き窓から、前方の様子を確認する。
「さああたしらは周囲の警戒だよ! これだけドラゴンが飛びまわりゃ、何かあったと思われるのは当然だからね」
≪何か来たらすぐに知らせるさ。オレ達が伝えるから、頼んだよ≫
この島は今日、ドラゴン祭りを開いている……事になっている。年に一度、ドラゴンやラハヴが島に集まるという伝説をでっちあげるのだ。
潜水艇の上の海面では、ケーブルで繋がった船が待機する。ケーブルには電話線もあり、上との連絡が可能だ。
「バロン、ラヴァニ、聞こえるか」
≪聞こえておる、問題ない≫
「ヴィセ、行ってらっしゃい!」
銀色の船体が緩やかな坂のレールの上を滑り、水しぶきを上げて陸から離れた。思ったよりも揺れたのか、ヴィセはシートベルトをしていても大きく体を傾ける。
「こ、これ怖いな……」
船体の半分が海面下に沈み、厚く精巧な船体の装甲に波がぶつかる。ドラゴンの背や霧の中でも恐怖を感じなかったヴィセも、流石に今回ばかりは緊張している。
やがて潜水艇は島の沖数十キルテの位置に到達した。歩けば途方もない距離でも、陸地からの距離と考えれば目と鼻の先だ。
≪このあたりだよー、そろそろ下りていいよ≫
外でシードラの声がする。体が小さいシードラは、海水の入った浅い箱に入れてもらい、船で沖まで連れてきてもらっていた。
かつては憎んでいた「ポンポン」をラハヴ達が受け入れた証拠だ。
「さあ、行っておいで。何かあったら船内の電話でおれを呼べばいい」
「有難うございますアマンさん。行ってきます」
一度喚起のためにハッチを開け、十分に二酸化炭素濃度を下げた後、いよいよ潜水開始だ。
「ヴィセさん。そこの青いレバーを」
「え、俺がやるんですか!?」
「人生でもう二度とないかもしれない経験だよ。自分で潜ったと言いたいなら、君の手でレバーを倒さないとね」
ヴィセの席は右、操縦士の席は左。ヴィセの左手付近には複数の計器やボタンと共に、スティック型のレバーがある。
ヴィセは言われた通りにゆっくりとレバーを前に倒す。船体はヴィセが思うよりも早く海面の下へと潜っていく。
「うわー……すごい、なんて綺麗なんだ」
濃淡がハッキリした青い視界に、時折魚の姿が見える。すぐに視界は真っ暗になり、操縦士がライトを点灯させた。
「何も……見えない。そうか、光が届かないんだ」
「ああ。僕も大急ぎで大昔の資料を読んだだけなんだけど、海面表層を過ぎると有光層から無光層に突入する」
「光が届かなくなる限界があるって事ですね」
「うん。この付近は微生物が少なくて水が透き通っている。だから他所よりもまだ光が届いている方かもね。さあ、そろそろ深度200メルテから300メルテになった」
ヴィセは水圧などの知識がない。操縦は操縦士に代わり、船体に負荷が掛からないよう、潜る速度が落ちる。
光も音もない世界で、船体が時折軋むような音を立てるだけだ。ヴィセはいつしか無言になり、ただ深度計を見つめていた。
ただし、音はないが声はしている。それもかなりうるさい。
≪ジャブジャブの気配! そっちだ!≫
≪大きいぞ、ごちそうだ!≫
≪やったー! ちょっと食べて来てもいいかな!≫
どうやらラハヴ達が鮫の群れを見つけたようだ。浮遊鉱石そっちのけで周囲を泳ぎ回っている。その賑やかさのおかげで、ヴィセはなんとか恐怖に襲われずに済んでいた。
だがラハヴ達の意思での会話は、操縦士の男には聞こえない。
「……ふふっ」
「ど、どうしたんだい? もしかして気持ちが耐えられなくなったのかい」
「いえ、その……外でラハヴ達が鮫という魚を追い回しているようで」
「えっ?」
「そっちに行ったぞとか、ごちそうだと騒ぎまくっているんで、おかしくなってつい」
操縦士の男は、まさか周辺でそのような事が行われているとは思わなかったようだ。
操縦士は2日前、1人だけで試験的に潜っている。その際は無音の世界があまりにも心細くて、海上の船と何度も電話したという。
それからしばらく経ち、深度計はついに900メルテを指すようになった。
「この辺りでいったん潜るのは終わりだ。底の覗き窓を」
「あ、はい」
「ライトをつけるから、何かが見えたら教えて欲しい」
「分かりました」
海底の地形を把握している訳ではない。ラハヴの情報とこれまでの記録などから推測するだけで、ピンポイントにこの位置の海底の深さを知るすべがないのだ。
「ラハヴ達! シードラは潜っているかい?」
≪シードラはまだここまで深くは潜れないよ。どうしたんだい≫
「海底はもう近いかな、もう少しで潜水艇が潜れる深さの限界なんだ≫
≪奇遇だね! おれ達もそろそろだよ! 少し前に進めるかい、そうすれば見えてくるはずだ≫
ラハヴ達の潜水能力はとても高い。潜水艇が潜る速度が遅いため、彼らは時折海面まで息継ぎに戻るのだが、その往復は数分と掛からない。しかも、それまでは20分近く潜ったままなのだ。
水圧などものともしないラハヴ達は、空を統べるドラゴンのように、海を統べるに相応しい。
「ラハヴが少し前に進めば、鉱脈が見えてくると」
「分かった」
「ラハヴ、船体から見てどの辺りに見えてくるんだ? アームで採掘をしないといけない」
≪目の前だよ≫
「え? と、止まって下さい!」
「わっ」
ヴィセが慌てて停止を求めた。ヴィセ達の覗き窓の前にラハヴが現れ、そのすぐ背後には岩が突き出ていたのだ。
「すまない、もう少し余裕のある距離で教えてもらえないだろうか!」
≪ごめんよ。君達のそのあかりがないと、おれ達も全然見えないからさ≫
「あ、そうだった」
ラハヴがヒレで岩をコンコンと叩く。岩がゆっくりと崩れ落ちた後、光に照らされて輝くものが見えた。
「うわっ、本当だ! 浮遊鉱石だ……」
「驚いた、本当に、こんな所にあったのか!」
海底で緑色に光り輝く鉱石。間違いない。
船のアームが浮遊鉱石を含んだ石を掴む。だが100kgまでは持ち上げられるというアームはびくともしない。
「……これ、転がっている石じゃないと駄目かもしれない」
「え、何だって? うわ、床の覗き窓の下! 辺り一面浮遊鉱石だ」
ヴィセが操縦士に代わって海の底を覗く。そこはライトに照らされた眩い程の青で埋め尽くされていた。
「うわっ、こんな大量に!」
いったいどれほど広がっているのか、ヴィセ達は見渡すことが出来ない。けれど、周囲のラハヴの話では、数キルテ四方どころの話ではなさそうだ。
ただ、問題はアームが浮遊鉱石の鉱脈を砕けない事だった。
「想定外だ、どうしよう……」
ヴィセが方法を悩んでいる。その時、外でラハヴ達の声がした。
≪土竜さんが到着したようだよ。少し浮上してくれるかい≫
ラハヴが潜水艇を少しだけ底から押し上げる。その直後、周囲にバキバキという音と振動が響いた。
≪オマタセ、ラハヴ達 ニ 案内シテモラッテ ナントカ辿リツイタ≫
「マニーカ!」
≪サア、海底付近ノ石ヲ砕イテアゲルカラ 運ンデオクレ!≫






