Dragons' Heaven-07
キクの動揺が食堂内へと瞬時に伝わった。いつも11時頃には水揚げが終わり、買い付けの商人や食材を買う一般客が訪れる。その時間が魚の種類も量も一番豊富だと知っているからだ。
あまり遅くなれば誰の目にも留まらず、売り時を逃してしまう。したがって、おおよその船は11時までに港に戻り、市場へと卸す。
トシオも毎日そうやってきた。キクと共に船に乗っていた時も、11時過ぎまで帰港しなかった事はない。
「おいおい、まさか……」
「で、でもトシオんとこの船は新しいし、魚群探知もバッチリだ。波は高かったけど、でも、なあ?」
皆、そうであって欲しくないと思いながら、浮かぶのは最悪の事態ばかりだ。毎年とは言わないが、海で命を落とす者はいる。
「ひ、日の出過ぎまでは無線で会話もしていたんだ、その時間までは無事だった!」
「4時間くらい経ってるが、どこで漁をしていたか分かるか?」
「俺の船より少し北にいたはずだ。あいつが船団を離れる時はいつもあの場所だからな」
皆、食事などそっちのけだ。白く塗られた木のテーブルの上は、瞬く間に作戦会議の場となる。仲間の船が沈没したかもしれず、そうなればトシオが生きている可能性はかなり低い。
奥さんの前で悲観だけする訳にもいかず、すぐに救出部隊が選出された。
「時間を忘れて漁に夢中になってる可能性もある。俺もそういう事は何度かあった」
「コータ、おめーは1人モンだから、誰も帰ってねえ事に気付かなかったな」
「うるせえ。俺の船は小型だが速い。俺が様子を見に行く」
白髪交じりの短髪にキャップを被り、中年の痩せた男が立ち上がった。コータと呼ばれたその男はトシオと幼馴染だという。ヴィセ達に後は任せろと言って駆けていく。
「港で帰ってくるのを待つ奴も必要だ。タイチ、デンタ、お前らは港で聞き込みだ」
「リョージはどうすんだ」
「俺はコータが探す付近の南を当たる。俺達の船団がいた付近に戻ってるかもしれねえ」
漁師仲間は素早く行動に移し、食堂の大将も支払いは後日でいいからと急がせる。キクは皆に何度も頭を下げ、震える声で「お願いします」と繰り返す。
「キク、あんたは家で待ってな。ひょっこり何にもない顔して戻って来るかもしれないからね」
「うん……どうしよう、あの人に何かあったら」
「そんなのはあった時に考えな」
ミナは机に座り、簡単に済むものをと言って食事を注文する。心配してソワソワしても、何の役にも立たない。食事を抜いて宿の仕事に支障をきたす訳にもいかなかった。
恐らく漁師仲間は総出で捜索に向かうだろう。これ以上の人手は不要かもしれない。それでもヴィセは居ても立ってもいられず捜索に加わろうとする。
「ラヴァニ、行けるか」
≪ああ、我も思っていたところだ。気温も低い、海水に浸かっていたなら長くはもたぬ≫
「おばーちゃん! 俺達も手伝う! ラヴァニだったら空から探せるもん」
「船団を追って、捜索範囲の指示をもらいます。ラヴァニ、頼んだぞ」
≪我は前を見ておるから、ヴィセとバロンは左右を探してくれ。海には目標がない。港につないであれば大きく見える船も、海上では無いに等しいものとなる≫
キクもミナも言い出せなかったが、心ではそう言ってくれる事を願っていた。
顔見知りとはいえ、ヴィセ達はただの宿泊客だ。しかもブロヴニク海浜荘の事、バスの転落騒動の事など、既に何度も地区の危機を救っている。
いいように利用し、頼り切ってばかりだとは思われたくない。だが、ミナはそれでもヴィセに助けを求めた。
「あんたらには……本当に何度も助けられた。これ以上世話にはなれんと思っとる。けど、プライドや遠慮を捨ててでも力を借りたい」
「私からもお願いします! どうか旦那を……お願いします」
≪使えるものを使うのは当然だ。我らも使える力を使わなければ気持ちが悪い≫
「ラヴァニは出来るからやる、それだけだと言ってます。帰って来たら、ゆでたまごを幾つか用意しておいて下さい。行こう!」
ヴィセ達が食事も摂らずに外へ飛び出す。育ち盛りで腹を空かせたバロンですら、もう昼食の事は頭にない。
旅で通りすがっただけの者が、誰よりもその土地の力になろうとする。誰かのために動くことを苦とも思わない。
「あたしはあの子らを神童かもしれんと思った事がある」
「お母さん……ええ、あんなにいい子がいるなんて」
ミナは閉まった扉を見つめながらボソリと呟く。キクもそうだと頷き、目元の涙を指で掬う。
「あんたは、あの子達がどんな身の上か、知らんかったね。あの子達の生い立ちを知れば、あの優しさの根源が分かる」
「優しさの、源? 何かしら」
「存在意義、だよ。あの子らは壮絶な孤独感と絶望感を味わってきた。あの子達は、きっと得た縁や機会を無意識に手放したくない、見放されたくないともがいとる」
キクはミナから話を聞き、ヴィセとバロンが両親を失ったどころか、目の前で殺されたと知って絶句していた。ヴィセは村にたった1人で暮らし、バロンは同じような境遇の子供と霧の下に潜って生計を立てていた。
キクは何故ミナが「神童」と言ったのかを理解した。
「神童……あの子達はそうならざるを得なかったのね」
「ああ。だからあたしは気を回さずに好きに生きなさいと言ってやれない。ドラゴン化ってやつも追い打ちを掛けとる。あの子らは、自分達を肯定する材料を探して旅をしているんだよ」
ヴィセ達がトシオを助けた所で、得られる「物」は何もない。ただ感謝されるだけだ。宿代をタダにしてくれるかもしれない、と考えたとして、ヴィセ達は宿泊代金にも困っていない。
「そして、私達はあの子に助けるんじゃなかったと思われないよう、生きなくちゃいけないのね」
「その覚悟で頼ったんだよ、あたしは。あの子達を失望させちゃあいかんのよ。もうあの子達は何も失っちゃいけない」
* * * * * * * * *
「ヴィセさん! この先だ! 俺達は朝にこの付近で漁をしていた!」
「船らしい姿は見えません! もう少し高い所から見下ろします!」
港を出て30分。ラヴァニはヴィセとバロンを背に乗せ、船団の上を飛んでいた。目印のない海で目的地を定めるのは難しい。最後にトシオの船を見かけた場所など、海図で示されても分からない。
「ここから港までの距離より近い場所にいるはずだ!」
「分かりました!」
船の上から漁師が大声で叫び、何隻かは汽笛を鳴らして存在をアピールする。
ラヴァニは空に羽ばたき、100メルテ程の高さから大海原を見下ろしていた。ヴィセが陸との距離を測り、視力がいいバロンが周囲を見渡す。
ただ、海上の捜索は思った以上に困難を極めた。海面の揺れが船の動きを隠してしまう。あまり上昇し過ぎた場合、注意していなければ船団すら見失いそうだ。
「ヴィセ、見えなーい! 見つからないよ!」
「まいったな、波が全部船の影に見える……肝心の船が視界に入っても見逃していそうだ」
≪これ以上高度は上げられぬ。船が小さく見えては探し出せぬだろう」
捜索しているのは船であり、浮かんでいる前提だ。もし沈んでいたなら目視では探せない。
「どうする、目視で見つけられる気がしない。船が煙でも上げてくれたら……いやいや、霞んで見えない。音で探す事も出来ない、どうする……」
ヴィセが悩む中、突如ラヴァニが何かに呼びかけを始めた。
「ラヴァニ、どうしたの? 他の人はラヴァニの声は聞こえないよ?」
≪いや。もう既にいないとは思うが、シードラやその仲間に届かぬかと。集中して意思を伝えようと努めたなら、10キルテや20キルテ離れていようと会話は出来る≫
ラヴァニは羽ばたきながら目を閉じ、シードラに呼びかける。暫く経った頃、ふいに「誰だ? 誰だ?」と反応を返す存在が現れた。






