Dragons' Heaven-03
ビヨルカに連れられ、ヴィセ達はすぐ目の前にある3階建ての建物に入った。壁面にレンガを貼ったお洒落なアパートに見えていたが、どうやら付近のそれぞれが個人宅らしい。
「すっごい、大きな家だ!」
「あら、庶民には珍しいかしら。確かにウチはこの辺りで一番裕福ですけれど、広さはそうでもないのよ。部屋数も12しかありませんの」
「いちいち腹が立つな、あのおばさん……」
ヴィセまでおばさんと呼び始めたが、ここで引き返す訳にもいかない。先ほどからヴィセとバロンにも助けを求める声が聞こえている。声の主のためにも呟くだけに留めていた。
「ここです」
高価な調度品が並ぶ廊下の突き当たりに、木製の重厚な扉が見える。デューイが勢いよく押し開き、こいつだと指差した。
「……えっ?」
「わあ、翼がないドラゴン!」
ヴィセ達の目の前に現れたのは、全身が青く翼のないドラゴンだった。首はラヴァニよりも長く、ザラザラとした皮膚を持っている。岩や魚を入れた浅い水槽に入れられ、ヴィセ達をしっかりと見つめていた。
≪仲間……じゃない、あんたら何だ?≫
≪それは我が問いたい。貴様は何だ、何故ここにいる≫
≪目が覚めたら人に捕らえられていたんだ! 檻に入れられるし、こんな訳の分からない奴らに閉じ込められてるし!≫
「あ、もしかして……」
ヴィセはオースティン達との会話を思い出していた。ジュミナス・ミデレニスクの金持ちが「シードラ」を飼っていると言っていたのだ。
「この生き物はいったい……」
「シードラというのよ。とても珍しいと聞いたから購入したんです。ですけど海の水を汲んで、3日に1回は入れ替えないといけないの」
「めんどくさいんだ! ボクそっちの空飛ぶ方がいい」
オースティン達が言っていたのは、この生き物のことだった。闇商売の者が把握し、強奪もされていないという事は、ドナート経由で購入したものだろう。
(えっと、シードラ。色々聞きたい事があるから、ちょっと待っててくれないか。助けられるかもしれない)
≪嘘じゃないね? 人は信用ならない≫
≪ヴィセとバロンは我の仲間だ。こうして話が出来ているのは我々側という事だ。おとなしくしていろ、一生そこで暮らしたいなら止めはせぬがな≫
≪うっ……≫
「ねえヴィセ、もしかして海のドラゴンってこと? 土竜のマニーカみたいなこと?」
「ああ、その可能性がある。……ってことは」
もしもシードラが海に生きるドラゴンだったなら、浮遊鉱石採掘に力を貸してくれるかもしれない。ヴィセはなんとかして救出できるよう、ビヨルカへ交渉を始める。
「交換と言いましたが、俺達も海沿いばかりを旅する訳じゃないんです」
「飽きたら海にでも放てばいいんじゃないかしら。交換では不足ならお金か調度品を付けても良くってよ」
「ラヴァニは絶対だめ! あげない! ペット飼ったのに飽きたとか面倒臭いとか、駄目なんだよおばさん」
「あら、誰が駄目だと決めたのです? 価値観の違いが違う文化や産業を生み、貿易を成立させるのよ。その方は全世界共通の価値観をお持ちなの?」
バロンは間違った事を言っていない。だが貿易商としてのし上がった大人相手に、言い返せる語彙力はなかった。涙目で睨み、ヴィセのズボンをぎゅっと掴む。
ヴィセも言い負かす事は考えていなかった。どうにかしてシードラを手放すように仕向けられないか、と策をひねり出しても、おそらく全て潰されてしまう。
「ラヴァニを手放す事は出来ません。そうだ、飼い続けられないのなら、俺達が代わりに海へ放ってもいいですよ。有り金で足りるなら買い取ってもいい」
≪こやつのために金銭を使ってしまえば、そなたらの旅に支障が出るだろう≫
(世界と金、どっちが大切だ? この程度の金でドラゴニアが元に戻るなら安いものさ)
「ママー、ボクこのシードラもういらない! あのチビドラゴンが欲しいんだ!」
「確かにシードラはもういりませんわ。でも、珍しい生き物を所持しているというだけで、いないよりは一目置かれるでしょう? 引き取ってもらおうとは思いませんわ」
(くっそ、駄目か……どうする、シードラは浮遊鉱石の採掘に絶対欠かせないぞ)
≪浮遊鉱石? なんだいそれは≫
(水を浄化したり、宙に浮いたりする鉱石だよ)
≪あーあれか。綺麗だよね、海と同じ色をしていて、上を泳いでいると体も楽になる≫
(知ってるのか!)
作戦実行にはシードラが必要だ。見捨てる訳にもいかない。しかし、ラヴァニを渡す訳にもいかない。金銭ではどうする事も出来ず、これではビヨルカと状況が変わらない。
≪仕方がない。ここは我に任せてみぬか≫
「えっ?」
≪我がいったんこの家に残ろう。ヴィセ達は付近の宿などに隠れていてくれ。我の声が届く範囲に≫
(ラヴァニ、何をする気だ?)
≪必ずうまくいくとだけ言っておこう。なに、我が逃げ出せばよいのだろう≫
そう言って、ラヴァニはヴィセの肩から飛び立ち、デューイの頭の上に下りた。デューイはラヴァニの足を掴み、ニヤリと微笑む。
「まあ、このドラゴンはウチのデューイちゃんを選んだようですわね」
(ラヴァニ……)
≪案ずるな、策はもう考えておる≫
もし檻に閉じ込められたなら、どうやっても抜け出す術はない。心配だったが、ラヴァニが自らビヨルカ側に行ってしまったのだからどうしよもない。
ヴィセはため息をつき、心底落胆したような演技で言葉を絞り出した。
「仕方ない……俺達じゃ新鮮な餌も用意出来ないし、不満が溜まっていたのかも」
「そのようね。安心なさい、ウチにいた方がこのドラゴンも幸せよ」
「ヴィセ……ラヴァニ大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
バロンが口を開けば、ラヴァニが何か策を持っていると勘付かれてしまう。ヴィセはなるべくバロンに喋らせないようにと考え、咄嗟にデューイへ忠告した。
「ラヴァニを掴んだり、引き摺ったりしないようにな。ドラゴンは炎を吐く。嫌な事があったら君の頭を丸焦げにしてしまうよ」
「炎!?」
炎と聞いてデューイが一瞬怯んだ。ラヴァニはその隙に部屋の高い本棚の上に飛び乗り、デューイの手が届かないよう警戒する。
「カッコイイ! ママー、炎を吐かせたい!」
「家の中では駄目よ、外でおやりなさい。さ、シードラを連れていって。これはお礼よ」
そう言ってビヨルカはヴィセにお札を握らせた。もうヴィセ達にもシードラにも用はない、と言いたげに部屋から出て行く。
≪あ、海の水が入ったバケツも頼むよ! それがないと生きていけないんだ!≫
「海の水が入ったバケツも頂いていきます。多分、皮膚が乾くと良くないはず」
ヴィセがシードラを抱え、バロンが水槽から海水を汲む。ヴィセ達が失礼しますと声を掛ける頃には、もうお手伝いさんと思しき女性が水槽の後始末を始めていた。
* * * * * * * * *
ヴィセ達はシードラ同伴での宿泊を2カ所に断られた後、3カ所目の高級ホテルでようやく宿泊を認めてもらうことが出来た。金持ちは珍妙なペットを連れて旅行をする事も多く、断れば二度と来てくれないのだという。
遥か彼方に海が見え、町の景色や遊園地も見下ろすことが出来る。赤い絨毯を敷かれた部屋は広く、ベッドは大きい。大きな風呂もついていた。
1泊5万イエン、バロンと2人で10万イエン、ペットが2万イエン。ビヨルカから受け取った金は、殆ど使い切ってしまった。
だがラヴァニの作戦のためなら仕方がない。
「とりあえずシードラ。君のことを知りたい」
≪本当に君達と会話ができる……あの人達の言葉は全然分からなかったのに≫
「それは、俺達がドラゴンの血を体に宿しているからだ。俺はヴィセ、こっちがバロン。あのドラゴンはラヴァニだ」
≪へえ、君達もそうなのか! おれの事はシードラでいいよ≫
「……君達も? 俺達の他にドラゴンの血を持つ奴を知っているのか?」






