Quest-10
* * * * * * * * *
ラヴァニは3日後の夕方に戻って来た。目的はあれど仲間と大空を飛び回り、浮遊鉱石の在り処を探り、それなりに楽しんだようだ。人の便利で食に困らない暮らしもいいが、ドラゴンとしての生き方は簡単に捨てられないのだろう。
戻って来る時には飛行跡雲を作らなかったが、ラヴァニは「すっかり忘れていた」との事だった。
「おかえり!」
「ラヴァニ、疲れただろう? 宿に行こう。話も聞きたいし」
≪そうだな、久しぶりに思う存分飛び回った≫
ラヴァニは封印によって町の外れで小さくなり、バロンが有無を言わせず抱きかかえる。寂しかったのだろう。
「今日のごはん何だと思う?」
「なんだろうな。昨日のハンバーグは美味しかった」
≪我は久しぶりに狩りをしたぞ。渡り鳥に……≫
ラヴァニにとって、獲物は獲物でしかない。人が何と呼んでいるのかが分からず、自身が狩った獲物をヴィセとラヴァニに見せる。
「うわ、熊か!」
「俺見たことなーい」
≪熊というのか。あれは狂暴だが前足の肉が特にうまいのだ≫
「俺も小さいときに、村の大人たちが仕留めたのを分けてもらったけど……こっちが襲われないように退治しただけだ」
≪我らはあの程度のものには負けぬぞ≫
「ラヴァニ強いね! 俺は退治してもらったのを食べる! あ、猫はダメだよ、食べちゃだめ」
いつものメンバーに戻り、会話は止まらない。ホテルに戻った後も一通り雑談をし、ヴィセとバロンが入浴を済ませた後、ようやく本題に入った。
≪まず、我の仲間に確認したが、土竜を見たものがおらぬ≫
「あんなに大きな生き物、何百年も生きてるドラゴンが知らないはずは」
「じゃあ、おばけ?」
「もうちょっと……マシなもんに化けて欲しいところだけど」
≪なんだ、お化けとは。それよりも、話には続きがある≫
寒さのせいで、ヴィセもバロンも毛布を被っている。ラヴァニもバロンと同じ灰色の毛布にくるまり、温かさを噛みしめていた。
ドラゴンが暖を取る場合、何かを燃やすしかない。ラヴァニはゆでたまごと布団や暖房については、人の暮らしの方が気に入っていた。
≪人々が土竜と呼ぶ声も、写真に写った姿の生き物も、どちらも聞いたことはないと言っていた≫
「そうか、何かがいると思って期待したんだけど」
「えー、何もいないの?」
珍しく推理が外れ、ヴィセは落胆していた。モニカ周辺の地震は偶然だったのか。土竜とは地震そのものだったのか、だとすれば写真はいったい何だったのか。
「土竜がいないとしても、モニカの地下に浮遊鉱石があるのはほぼ間違いないし、調査自体は成果を上げた。浮遊鉱石があり、土竜が邪魔をしないのであれば最高だ」
水に浮遊鉱石が含まれているという事は、浮遊鉱石のありかに水脈が通っているという事になる。水道局ならめぼしもつくだろう。後は採掘の際、水脈に接する浮遊鉱石を汚染しないよう、気を付けるだけでいい。
ヴィセはそれ以上念押しのように尋ねることはせず、1冊の本を読み始めた。大昔のモニカ付近の土地に関する話だ。
ヴィセは特異なドラゴンとの会話能力、霧の中でも生きていける体によって、今まで旅をそつなくこなしてきた。けれど、調べ物はいつも専門家の手を借りている。読んでも意味が分からない時もある。
バロンが読み書きを頑張るように、自分の教養を高めるため、勉強しなければと感じていた。
「ヴィセ、俺が読める本はないの? ドーンファイブもう覚えちゃった」
「じゃあ明日も本屋に行くか。でももうあんまりゆっくりはできないぞ、他の土地の浮遊鉱石も調べないと。ドラゴンが発見した浮遊鉱石はドラゴニアに使いたいからな」
ヴィセが本に目を落とし、バロンはテレッサにもらった教本を目で追う。ラヴァニはしばらく静かにしていたが、ふいに2人へと語り掛けた。
≪……土竜はいなかった。だが、我の仲間は別の場所で大地が揺れる瞬間を見たと言っておった≫
「ん? ああ、ドラゴンは飛んでるから地震はあまり怖くなかったんじゃないか」
≪いや、これは話すべきなのか迷っていたのだが……我が有用かどうかを判断するべきではない、伝えるとしよう≫
「何かあったの? 地震の話?」
ラヴァニが話しだし、ヴィセは読んでいた本にしおりを挟んだ。バロンは頭に入らない教本をしっかり閉じ、ラヴァニを布団の中でお腹の上に乗せたまま聞く体制に入る。
≪我の仲間は土竜を見ておらぬ。それは言った通りだ。しかし、写真には納められていた。あの写真は古く、色を持っていなかったな≫
「まあ、数百年も前なら仕方がない」
≪あの写真は、本当に土竜だろうか≫
「……えっ?」
ラヴァニの思いもよらぬ発言に、ヴィセの表情が固まる。ヴィセは本や写真、証言などを今まで疑った事がない。
≪我の仲間は大地が揺れ動いた時、大蛇を見た訳ではない。だが、あの写真に似たものは見ておった≫
「えっ? 土竜じゃない何かがいたってことか? あんな大きな生き物を見間違うのか?」
「家がちいちゃかったの?」
≪いや、そうではない。我の仲間が見たのは、黒い川だった≫
「黒い……川?」
黒い川と言われ、ヴィセが真っ先に思い浮かべていたのは鉱毒に犯された川だった。スルツキーはモニカの付近にモルノー川が流れていると言っていた。
しかし、ラヴァニが告げた内容は少し違った。
≪鉱毒であれば、我らが黙ってはおらぬ。そうではなく、大雨で川が濁流となったような姿に似ておる。モニカの近くではないようだが≫
「……でも、翼竜だけはドラゴン、土竜だけ濁流だというのは……」
≪それは、そうだが≫
「ねえ、写真が間違ってるの? あの大きな蛇みたいなのは?」
「うーん……」
≪我の仲間は海中に仲間を見た事があるという。土の中にいるとしても不思議ではない≫
「え、海の中?」
「えー! 泳いでるの?」
「そのようだ」
ラヴァニの話では、土竜の正体がつかめない。しかし海の中にドラゴンがいると聞き、ヴィセは土の中に土竜がいる可能性を排除できなくなった。
「調べるしか、ないか」
* * * * * * * * *
翌日、ヴィセ達はホテルに数日の不在を伝え、テレッサにも探索に向かう旨を伝えた。霧の下に潜るためだ。
「危ないことをしないでねって言っても、無理な話よね。だから死なないで帰って来てって言っておく」
「うん、どうしても確かめたいんだ。土竜の伝承の正体が何なのか」
「自分の町の事なのに、力になれなくてごめんね」
「いや、いいんだ。言ってくるよ」
「行ってきまーす」
「……ちょっと公園に行ってくるみたいな雰囲気ね」
エビノ用品店を出た後、ヴィセ達はスルツキーにもらった古い地図を頼りに、まず石切り場を目指すことにした。
天気は快晴。冬の寒さのせいで着込む必要はあっても、霧の下の探索は晴れている方が楽だ。雲海の先に顔を覗かせた山の頂を目印にして、ラヴァニが空へと羽ばたく。
≪霧の中に入るぞ≫
「ガスマスクはしている、入ってくれ!」
視界を遮る灰色の毒霧は、次第に黒緑へと色を変えて光を通さなくなる。テレッサから買ったヘッドライトを装着し、ヴィセとラヴァニが大地へと降り立つ。
大地は霧で汚染され、光も殆ど届かない。しばらく西へと歩いたところで、ヴィセ達の前には大きな機械駆動車の残骸や鉄塔が現れた。
「石切り場……ここか」
かつては白く輝くような岩肌が覗いていた場所も、今は毒に染まっている。
「小屋とか、塔とか、全部壊れてるね」
「ああ、朽ち果てたというより、破壊したような感じだな」
何か痕跡があるかもしれない。そう思って1時間ほど歩き回った時、ラヴァニが石碑を発見した。
≪ヴィセ、これは何だ。我は読めぬ≫
「石碑か。古くて見難いけど……鎮魂、この地に、封印……封印?」






