Quest-08
伝承と聞き、バロンはその言葉自体を知らないため「伝承ってなあに」と聞き返す。
読み書きは随分と上達したが、バロンはまだ同年代の子供より知らない事が多い。ヴィセが昔話の事だと教え、話の続きを促した。
「はははっ、なるべく難しくならないように努力するよ。この本を見てくれ。だいぶ古い本だけどね、2100年前の事が書かれてある」
「2100年? そんな大昔にもう本があったんですか」
「この本が2100年前のものって訳じゃないけれどね。でも本は当時すでにあったんだ。それよりこの記述を」
≪ヴィセ、読み上げてくれぬか。我は読めぬ≫
「俺、こんなむずかしい本よめなーい!」
スルツキーがそうだよねと笑い、記述を読み上げる。
「大地唸りをあげし丑三つの刻、ラスタヴエリ沈みて崩壊し土竜の道となる」
「え? どういう意味ですか」
「俺分かんなーい! 牛が3つ? 3頭いたら牧場?」
「えっと……ラスタヴエリ? 土竜?」
≪我に聞くでない、何を言っておるのか全く理解できぬ≫
「大地唸りしは地震の事だ。夜中に大地震が起きて、山が崩壊したという事らしい。モニカの西に霧から山頂だけが顔を出した場所がある。記述によればそこを当時ラスタヴエリ山と呼んでいた」
「ラスタヴエリ山が崩れて、土竜の道……道?」
ヴィセが首を傾げる。バロンとラヴァニは聞き取る事を諦め、じっとヴィセを見ている。ヴィセが要約してくれると思っているのだろう。
「ねえ、おじさん」
「うっ……おにいさんと……呼んで欲しいかな」
「おにいさん? 何歳までおにいさん? ねえ、牛はどこ行ったの?」
「さ、30代まではおにいさんかな……? コホン、丑三つ時というのは、大昔の時間の数え方なんだ。午前2時くらいと言われているよ」
スルツキーは別ページを開き、そこに書かれた記述を読み上げた。
「ゼムリャの天を翼竜裂きて、マニーカを超えモルノウ川を干す」
「……つまり?」
古代の書物は書き方が独特で、そのまま聞いてもすんなりとは入って来ない。ヴィセも本文ではなく意味を尋ねようとする。スルツキーが要約して伝えず、きちんと読み上げたのには理由があった。
「ゼムリャ平原の上空をドラゴンが飛んで行き、飛行跡雲が出来た。そのままモニカを超え、モルノー川で翼を休めていたという意味になる」
「マニーカは今のモニカ、モルノウはモルノー川……翼竜はドラゴン」
「そういう事。何かおかしなことに気付かないかい」
「おかしなところ?」
ドラゴンが空を飛んで行ったと書かれただけの、何の不審な点もない一文だ。ドラゴンであるラヴァニも全く違和感を抱いていない。
≪我らは人の名付けた地名を知らぬ。切り裂いた空気が白く雲となるのは事実だ。ヴィセとバロンにも披露したはず≫
「ラヴァニが飛ぶとね、雲が出来るんだよ! 飛行艇が高いところを飛んで行った時みたい!」
「ドラゴンが飛んで行き、川に降り立ったんですよね? 何もおかしなところはないと思いますけど」
「その一文だけを読めばね。もう1度、地震が起きた時の記述を読んでみてくれ」
「大地唸りをあげし丑三つの刻、ラスタヴエリ沈みて崩壊し土竜の道となる……」
ヴィセが苦労しながら読み上げる。それでもやはり分からず、スルツキーの答え合わせを待つ。
「ドラゴンの事は翼竜と呼んでいる。じゃあ土竜は何を指していると思うかい」
「えっ?」
ドラゴンは竜という大分類の中の1種族だ。鱗を纏い大地を這うオオトカゲ、海に住む肉食の大型両生類も竜と呼ばれる。土竜とわざわざ書いているのだから、ドラゴンとは違う何かの生き物だろう。
太古の昔、地震や津波の破壊力を、生き物で表現した事もある。比喩表現ではないかと考えた所で、ふとスルツキーが伝承と言っていた事を思い出した。
「土竜……伝承上の生き物という事ですか」
「オレも伝承上の生き物かと思った。だけど同じ本の中で翼竜だけ実在し、土竜は想像上の生き物なんておかしい。調べたら分かったんだ」
「土竜と呼ばれる生き物がいるんですか」
「いた、とされている。そして注目するべきはここだ」
スルツキーが最初の大地震の記述のページへと戻し、その前後の文章を指でなぞる。
「……石切り場? ラスタヴエリ山に、石切り場があったと。ラヴァニ、この頃の風景を知らないか?」
≪我は人の数え年を知らぬ。この頃に我が既にこの世にいたかどうか≫
「工場が建っていたり、壊滅している光景は?」
≪ラヴァニ村に封印された当時、確かに町は見かけたが……≫
ラヴァニに尋ねたところで、それらしい光景も、それらしい生き物も見ていないという。
「この土竜という言葉、気になって資料館の友人に聞いてみたんだ。そうしたら大昔に目撃された事があったというんだ。写真もある」
スルツキーが鞄から1枚の写真を取り出した。それは印刷されたもので、真っ黒で巨大な蛇のような生き物が這う様子を捉えたものだった。
「……蛇?」
「ねえヴィセ、この蛇すっごく大きいよ! これ家でしょ?」
「家……おいおい、家がネズミとしたら、この蛇の大きさは俺くらいになるぞ」
≪そうであれば、我らよりも更に大きいという事だ。我らの仲間達は見た事があるやもしれぬな≫
スルツキーはその写真を見せた上で、別の本を開いた。それは歴史の本だった。ヴィセが調べた本とは違ったものの、そこに書かれた内容はヴィセが調べたものと同じだった。
「町の発展の歴史の中で、土竜という言葉が繰り返し使われている。恐らく数度は現れているんだ。そして土竜が地上に現れた時、大地が大きく揺れて町が壊滅している」
「地震が先で、地震で土竜が地上に現れたのでは」
「そこは分からない。そこで、君が調べていた浮遊鉱石の事を思い出した」
スルツキーは推測だと前置きしたうえで、ヴィセが考えていた事と同じことを語る。
「浮遊鉱石がある事は、昨日の検証とヴィセくんの話でほぼ確実だ。そして、地震の発生に関しても、偶然にしてはタイミングが悪すぎる」
「どりゅーってやつがいるってこと?」
「ああ。ヴィセくんが仮説を立てた何か、それは土竜だった。土竜は浮遊鉱石を守っていたのかもしれない」
「推測の域は出ないけど、その写真は本物ですよね」
「うーん。この写真の真偽は分からないとされているそうだ。作り物だ、たまたまそう見える何かを撮ったんだ、とね」
大蛇が地上に現れ、地震を起こし、町を破壊した……という話が数百年語り継がれていれば、事実かどうか分からなくなる。
ましてや機械文明は発達し、飛行艇や兵器による戦争なども珍しくない時代が到来した。地震のメカニズムも解明されたなら、地震が生き物のせいだとは思わなくなる。
そのうち「まだ解明されていない時代の人は、土の中に巨大な生き物がいると考えていたんだね」と笑って済ますようになる。そしていつしか土竜という言葉すら失われる。
「浮遊鉱石を守ろうとしていたのか、それとも別の理由かは分からない」
「でも、仮に浮遊鉱石をドラゴニアのために使おうと採掘したなら……」
「モニカの地下で土竜が暴れ、モニカの町は壊滅するだろう」
「浮遊鉱石があるのはほぼ間違いない。だけど使う事はできない、か」
問題は、採掘しようとすれば土竜が怒り狂う可能性があるという事だ。ヴィセとスルツキーが手段に悩む中、バロンは自信満々に案を告げる。
「じゃあさ、浮遊鉱石下さいって、どりゅーにお願いしよ!」
「え?」
「黙って取るから駄目なんだよ」
「いや……うーん……まあそうなんだけど。言葉、通じるのか?」
ヴィセとバロンはドラゴンと会話が出来る。しかしそれはドラゴンの血のおかげだ。2人はラヴァニへと視線を移す。
≪……我は遭遇した事がない。だが仲間は知っておるやも分からぬ。我の仲間に尋ねてきてやろう≫






