Quest-06
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翌日、ヴィセ達は午前中だけの予定で町内を観光していた。モニカには何度か立ち寄っているが、よく考えると目的なく歩き回った事がない。
モニカは特異な文化がなく、景観も突出したものがない。それでもモニカの露店がひしめき合う繁華街は一見の価値がある。
コンクリート舗装の道路脇に赤や青の絨毯が敷かれ、食材から骨とう品まで、様々な売り物が並べられている。それを見て回るだけでも楽しい。
「ねえ、あの子が抱えているの、ドラゴン? あの子達が噂のドラゴン連れの旅人?」
「お前知らねえのか? 町の中央広場で霧毒症の患者がみんな治療を受けたって話」
「うちのばーちゃんが朝から報酬のゆでたまごを何個か茹でてたな。じーちゃんが夕方には自力で起き上がったからびっくりしたよ」
背が高い若者、ドラゴンを抱えた少年。2人と1匹が目立たないはずもない。時折声を掛けられ、驚かれたり握手をせがまれたりと、なかなかに忙しい観光になってしまった。
そんな中、ふと気になる声が耳に入って来た。
「なあ。昨日の夕方も、町の外れにドラゴンが舞い降りたって話だぜ、塔の当直のおっさんの話だけど」
「ドラゴンは最近見かけてなかったけど……本当?」
「ああ。それがよ、降り立ったドラゴンがふと見えなくなったそうだ。しばらくしたら4、5人の旅の恰好をした奴らが歩いて来たと」
ドラゴンは姿をくらませられる程小さくはない。しかし、どうにも怪異の類ではなさそうだ。かといってヴィセ達の事でもなく、ラヴァニは数日元の姿に戻っていない。場所や人数も合わない。
「アマンさんのことかな?」
「いや、アマンさんはそんな大勢で行動してないよ」
≪同胞であれば、我が語り掛けてもよいが。全く気配すら感じぬというのも妙だ≫
周囲の声に首を傾げながらも、2人は食堂街へと出た。ホテルからも近く人通りも多い。各店が自慢の料理を看板に掲げ、昼前の客を呼び込もうとしている。
「先に食べておくか……13時にはスルツキーさんと待ち合わせだ」
≪我はそろそろゆでたまごが恋しい≫
「一昨日まで食ってたじゃねえか」
≪ああ、我はなぜゆでたまごの事ばかり考えてしまうのだ≫
「分かった、ゆでたまごも頼んでやるから。バロンは何がいい……バロン?」
バロンが1軒の店の前で立ち止まる。店構えは小さくやや古いものの、12時前だというのに客が多い。赤い軒先には「ウドン」と書かれていた。
「ヴィセ、ここは?」
「ウドン? ああ、トメラ屋で食ったな」
「俺食べたい! ウドン好き!」
「じゃあそうするか。混む前に食っちゃおう」
店の中はテーブル席が4つにカウンター席が8席。狭くもないがすぐ満員になりそうだ。土間の床の上に、メニューが貼られた漆喰の壁。椅子は全て小さな丸椅子だ。2人と1匹はカウンター席でメニュー表を開く。
「……色々あるんだな。からあげウドン、漬け肉ウドン、煮卵ウドン」
≪煮卵だけは頼めぬのか。これはゆでたまごに似ておる≫
「多分大丈夫だ。野菜炒めウドン、とんこつウドン……」
「俺、とんこつウドンがいい! それにね、肉とね、目玉焼きのせたやつ!」
「じゃあ俺もそれにするか。すみませーん!」
ヴィセが店員に声を掛け、ラヴァニに驚かれながら注文する。煮卵は2つ、それに鶏の唐揚げを2皿頼んだ。
「お腹すいた! 早く出て来ないかなー」
「少しは……肉が付いたよな? いっぱい食べてんだから、もう少し太ってくれ」
≪そういえば、腕に抱えられても骨ばった感じがなくなった。順調に育っているようだな≫
「ヴィセみたいになれる?」
≪人の差には疎いが、もっと育ち、鍛えねばな≫
「じゃあおかわりする!」
バロンは間もなく11歳になる。バロンは旅立ちの日と比べて確かに成長していた。
「確かに、まだ細いけどガリガリじゃなくなった気が……」
「ハァ、もう買い物はあんた達だけで行ってきな、あたしは疲れたよ」
ヴィセがバロンの体格の変化に気付き、手首を掴もうとした時、ふいに店に入って来る一行の声が聞こえた。何の気なしに視線を向けると、そこには知った顔があった。
「あっ」
「えーっ? 何ー? ……あーっ!」
入って来たのはコートを着た男が4人、フードを被った男が1人、それに1人の老婆だった。その声、その姿は間違いなくジェニスだ。
「ジェニスさん!」
「はいっ? ……あらあ、あんた達! 何でこんな所に」
「ジェニスさんこそ! それに……フードを被ってるのは、エゴールさん?」
「ああ、久しいね」
「久しぶりやねえ、元気かね」
まさか再会する事になるとは思わず、ヴィセは目をまんまるにして驚いた。ジェニスは大きな荷物を床に置き、ニッコリと笑みを浮かべて手を振る。エゴールは少しだけフードをめくり、目元だけで微笑んだ。
「そっか、さっき聞いたドラゴンの噂話はエゴールさん達の事だったのか」
エゴールは噂になっているのかと笑い、ジェニスをヴィセの隣に座らせた。一緒にいた4人の男の1人が深々と頭を下げ、ヴィセに握手を求める。
「ヴィセさん、まさかモニカに来ているとは」
「あ、オースティンさん……ですよね」
「覚えていてくれたんだね。ああ、この後、ラヴァニ村に向かうんだ」
「あっ、移住……」
「うん、やり直すんだ。ジェニスさんが色々世話を焼いてくれてね」
ドーンでドナートの手下を辞めたオースティン達は、ラヴァニ村に移住するため、ジェニスに力を借りた。ジェニスも暫く共に暮らし、畑の世話や料理、家の建て方などを指導するという。
ジェニスとエゴールはカウンターに、オースティン達はテーブル席に座り、それぞれがメニューを眺めて食べるものを注文していく。
「ジェニスは言い出したら聞かないからね。心配で付いて来たんだよ」
「あたしの故郷だよ。頼られたあたしが関わって何が悪い」
「エゴールさん、じゃあフューゼンさんと、アマンさんには」
「……ああ、会ったよ。父は全く変わっていなかったね。色々思う所はあったけど、今後も時々会う事にしたよ」
「ねえ、じゃあ竜状斑も消せるようになったの?」
「少しね。慣れるまでにはもう少し時間が掛かりそうだよ」
アマンとフューゼンはエゴールを訪ねている。エゴールとフューゼンは話し合いを設け、ドラゴン化について、ドラゴニアについてをかなり詳しく話していた。
特にドラゴン化については、エゴールの現状を知ったフューゼンがえらく落ち込み、1週間ほど面倒を見たという。エゴールはまだ体の半分以上に鱗が残っているものの、もう少し減ったならフードを取る事も考えていた。
「まさか、ドラゴンになる事を選んだ父の方が、人として生きる方法を知っていたとはね。母はそれでも生きる事を選ばなかったと思うけど」
「あたしも今はナンイエートに移り住んでね。娘は村にいるが、あたしはエゴールに介護を受ける気でいるのさ」
「まったく、言い出したら聞かないから。まさに押し掛け女房だよ」
見た目は老婆と孫だが、2人は歳の差を感じない程穏やかに笑う。一緒に過ごす事を決めただけでも、エゴールの恋は叶ったのかもしれない。
≪この者達以外にも、いずれ移住希望者が集まるかもしれぬな≫
「ああ。村の皆はもういないけど、故郷が復活するのは嬉しいよ。時間が取れるなら俺も寄ってみたい」
「俺も行きたい! ねえ、ラヴァニ村だったら俺達の家も建てられる?」
「あんたらが希望するなら、同郷のよしみで場所は確保してやるよ。建てるなら自分で建てな、待ってるからね」
ジェニスが「移住者が男ばかりだね」と笑った頃、ヴィセ達が選んだウドンが運ばれてきた。とんこつの香りを漂わせながら、ヴィセとバロンは太い小麦の麺を食べ始めた。






