Quest-03
ヴィセの申し出に対し、スルツキーは訳が分からず首を傾げた。水質の分析結果なら、町の図書館でも水道局の資料室でも調べられることだ。
「スルツキー、後は頼んでいいかい」
「あ、ああ……」
男性職員がスルツキーの白衣の肩をポンと叩き、自分の机に戻っていく。
スルツキーは困ったように頭を掻き、腕組みをした。ヴィセよりもずいぶんと背が低いため、ややふんぞり返るような格好だ。
「分析結果が知りたいのなら、毎月最新のデータを公表しているよ」
「資料を見たい訳じゃないんです。この水筒の中の水を調べて貰えませんか」
「どこかで汲んだのかい?」
「南の展望広場にある噴水です」
「ああ、あの水は間欠泉で、地下から時折噴き出すものをそのまま噴水にしたんだ。何か問題が?」
「問題かは分かりませんが、ちょっと知りたい事があって」
「え? あ、いや……そんな、異臭や色の異常があるならともかく、興味本位でその辺の水を汲んで来られてもなあ」
水質調査は水道局の仕事であり、趣味の研究ではない。分析等に忙しいためか、スルツキーは執務室の時計をチラチラと確認する。
≪ヴィセ、端的に話せ。追い返されるぞ≫
「ああ。あの、大きな声では話せないんですが」
ヴィセは少ししゃがんでスルツキーに耳打ちする。同時に鞄の中から浮遊鉱石を取り出し、そっと手を放して浮かせて見せた。
「そ、それ……浮遊」
「シー、シーッ! 騒ぎになるとまずいんです。詳しい話をさせて貰えませんか」
スルツキーは目をまんまるにしたまま頷き、ヴィセに手招きをして奥の部屋へと案内した。
部屋の中には2人のスタッフがいたものの、スルツキーが別の作業を指示すればすぐに出て行った。広さはせいぜい民家のリビング程度だろうか。薬品が並ぶ5段の棚、広いテーブル、執務用の机が3つ。
壁も天井も床も白で統一され、電灯も明るく清潔感がある。本棚には本がいっぱいで、その殆どが化学に関するものだった。
「それで、さっきのは浮遊鉱石だよな!? 個人で持つには随分な大きさだが……それがどうしたんだい? まさか、寄付を!」
「さ、差し上げる事は出来ません。実は霧の謎を解く鍵が浮遊鉱石にあると睨んで、色々調べ回っているんです」
「へえ。水がどう関係するんだい」
ヴィセは噴水で気付いた事を伝えた。この町の水が他の町と異なる可能性だけでなく、モニカの周辺のみ霧の影響が異様に小さい事も伝える。
浮遊鉱石には霧を吸う力があるのだと告げた所で、スルツキーはようやくヴィセの意図に気が付いた。
「この町の水に、浮遊鉱石と同じ成分が含まれているから、僅かながら浮力がある、と」
「浮力という言い方をするんですね、あまりその辺の知識はないんですけど、この町の水が霧の浄化に一役買っているかもしれません」
「水道局としては、今まで汚染度さえ分かれば良かったからね。他所の町との比較をする意味もないし、汚染物質の値以外を調べた事がなかったんだ」
≪やはりヴィセの考えた通りだったな。この町にとっての普通が基準となっておったようだ≫
ヴィセは浮遊鉱石を渡し、スルツキーが震える手で受け取る。研究机の脇の引き出しから小さなナイフを取り出すと、浮遊鉱石へと慎重に刃先を当てる。
「な、何千万イエンするか分からない宝石よりも高価な石だ、慎重に、慎重に……」
「へっぶし!」
「うおっ!?」
スルツキーが浮遊鉱石をほんの少し削ろうとした時、不運にもヴィセがくしゃみをしてしまった。
≪ヴィセ、突然何だ≫
スルツキーは驚いてしまい、ナイフは浮遊鉱石へと突き刺さる。
「ああーっ!」
幸いにも手元が狂ったスルツキーに怪我はなかったものの、浮遊鉱石は予定よりも大きく欠けてしまったようだ。
「だ、大丈夫ですか!? が、我慢できなくて」
「お、俺は大丈夫だけど、浮遊鉱石が……」
「あー……それは大丈夫です。研究のために持っていたものなので」
「こ、この欠片だけで何十万イエンだぞ、そんな簡単に」
「持ち主の俺がくしゃみしたせいだし、それよりも成分について教えて欲しいんですが」
ヴィセは浮遊鉱石を大切なものだとは考えていても、換金を考えている訳ではない。有効利用して貰えるのであればそれでよかった。
≪何もこのような時に失敗をせずともよかろう≫
「咄嗟のくしゃみを我慢なんて出来ないだろ、仕方ないじゃないか」
ヴィセとラヴァニの小競り合いの間にも、スルツキーは調査を進めていく。ヴィセの水筒の水を5つのビーカーに移し、それからシャーレに分け、薬品を垂らす。
元々、薬品に反応するのは反応すると分かっている物質だけだ。霧の毒に反応する薬を含め、どれも特に問題はない。
「うん、汚染や異常を示さない。これで前提条件を合わせることが出来るな」
次に、スルツキーは蒸留水をシャーレに入れた。そこに砕いた浮遊鉱石の粉末を混ぜていく。
「浮遊鉱石の成分が含まれているかいないか、それを検出する手段はここにはない。だけど、条件を合わせる事は出来るんだ」
「条件?」
「ああ」
スルツキーが水筒が入ったビーカーを熱し、蒸発した水を再びフラスコに集めていく。同じように、蒸留水に浮遊鉱石を溶かしたものもビーカーに入れ、熱していく。
時間はかかったが、2つのフラスコの中には冷えた蒸気が再び水となって現れた。
「蒸留した事によって、水の中には混じりっ気がなくなった。まあこの程度の実験装置ならほぼなくなった、程度かな」
「それによって、何が分かるんですか」
「モニカの水を蒸留した水が、純度100%の水と同じかどうか」
「……?」
「まあ見ててごらん」
スルツキーが顕微鏡を取り出し、2種類の蒸留水をシャーレに落とす。それを純度100%の水と比べるように覗き込み、再度蒸発させて残留物を調べる。
「うん、確かに蒸留水だ」
「えっと……」
「という事は、残留物に秘密がある、ということだね。普段使っている水の中には僅かながら不純物が混ざっている。それ自体はおおよそ把握されているんだ」
スルツキーは水筒の水を熱して乾いたビーカーの中身を顕微鏡で観察する。手元に何かの資料を置き、それと1つ1つ照合していく。そして、同様に浮遊鉱石を混ぜて熱した水の残留物も観察する。
「……どうしてもほんの僅か……正体不明の物質があるんだ。今までそれが何かを確かめる手段がなかった。汚染物質として検出されず、有害物質のリストにもない。体に害がなかったから、それでよかったんだ」
「モニカの水に、浮遊鉱石を溶かしたものと同じ成分が入っているか、これで分かるんですね」
「ああ」
スルツキーは資料をめくり、顕微鏡で観察したものを更に細かに分けていく。1度だけ局長が不審に思い部屋を尋ねたが、住民からの異常報告に対応中と言えばすんなりと受け入れた。
ヴィセが訪れてから3時間、蒸留後の検査を始めて1時間ほど経っただろうか。とうとうスルツキーが顔を上げ、ヴィセへと振り向いた。
「分かったよ。驚きの結果だ」
「どうでしたか?」
「ああ、まずこれを見て欲しい」
スルツキーは黒緑の物質をほんの少しだけシャーレに落とした。次に、ヴィセの水筒の水をいっぱいまで注ぎ込む。
≪これは、霧か≫
「霧の成分?」
「あたり。そして、この水だ。驚いたよ、霧を増殖させると言われていた水が、霧を無毒化しているんだ。その無毒化されたものが、今まで正体不明だった物質だ」
「……それで?」
「モニカの水の中には、これと同じものが入っている。同時に、浮遊鉱石を溶かして混ぜたものと同じ成分も」
≪浮遊鉱石の成分が混ざっており、それが霧の毒を打ち消しているのだな≫
「やっぱり、モニカの水には浮遊鉱石の成分が含まれている……」
スルツキーは今度こそ自信満々で頷き、親指を立てた。
「ヴィセくん、君達の仮説は立証された。モニカ付近だけ霧の影響が少ないという調査を裏付けるものが、モニカに流れる水にあった。モニカの地下には浮遊鉱石の鉱脈がある!」






