Quest-02
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「あーっ、もう! 分かんねえ……何が原因なんだ?」
≪言い伝えのようなものもない、か。我らドラゴン族が500余年も知らぬのだから、考え過ぎではないのか≫
モニカに着いて4日が経った。ヴィセは図書館で歴史や土地の特色などを調べ上げ、道端や食事処でも多くの人々に尋ね回った。バロンはぐずることなく留守番を受け入れ、この数日は殆どヴィセとラヴァニだけで動き回っている。
噂の「ドラゴン連れの若い兄ちゃん」は評判が良く、皆協力的だった。
だが肝心の情報となると、大したものがない。
強盗を捕らえたという評判に加え、この数日は広場で霧毒症患者の治療を行った。その甲斐もあって、ヴィセ達に対する信頼は厚い。ラヴァニは何十個ものゆでたまごを手に入れた。
とはいえ、ヴィセが本当に欲しいのはゆでたまごではなく、謝礼金でもなく、情報だ。
「土壌も、食べ物も、遺伝的な特徴もなーんにもない! そりゃそうだよな、そんなのとっくに昔の頭いい人が調べてるさ。俺が今更新発見なんて出来る訳ない」
ヴィセはこれまで案外すんなりと物事を解決してきた。事件があったとしても、旅に行き詰った事はない。策を練ろうにも、自分達で土を調べ、解析するすべなど持っていない。
「空はこんなに晴れてるのに……気分はどんよりだ。俺、そもそも何を調べに来たんだっけ。何しに来たんだっけ。アマンさんに何を報告するつもりだったっけ」
≪どうだったか。さて、我らは何をしに来たのだったか≫
ヴィセもラヴァニも煮詰まり過ぎて、当初の目的が何かも分からなくなっている。霧の影響を受けなかった海の生物、霧の影響を受けていない土地、それらを調べても答えが出ない。
「そもそもさ、昔の人が海に溶けたんだって事で済ませちゃったせいだよな。そのせいでそれ以上の議論が進まなかったんだ」
ヴィセは図書館ではなく、モニカの南の端にある展望公園のベンチに腰かけていた。展望と言っても、見えるのは目下に広がる霧だけだ。今更何が目新しい訳でもない。
公園には噴水があり、その水しぶきが風に乗って東へと漂っていく。日が差せば虹が浮かび上がり、子供達が嬉しそうにはしゃぐ。
「……噴水って、あんなだったっけ」
≪我はあまり詳しくないが、そもそもあれは何をするものだ。我が元の大きさに戻った時、水を飲むには随分と便利だが≫
「いや、何か……んー、何のためだろうな。ポンプのモーターを動かす電力が勿体ない気もする」
どこか後ろ向きで、いつものヴィセらしからぬ物の見方だ。物事に行き詰まると、物の見え方まで変わってしまうらしい。
「水、勿体ないよな。飲み水が貴重な場所もあるんだぜ」
≪モニカは霧が覆った後でも池の水が濁らぬというが≫
「その理由を知りたいんだけどなあ。池の水自体は普通の水らしいし」
ヴィセはラヴァニと会話を続けながら、ただぼーっと噴水とその周りにいる子供を眺めていた。土にも水にも食べ物にも体質にも変わった所はない。ヴィセはこれ以上何を調べればいいのかと、考える事を放棄していた。
「……風もないのに、水の粒子が細かいのかな」
≪何がだ≫
「いや、噴水ってさ、ドバっと上がってべしゃって地面や水面に打ち付けられるだろ」
≪……勢いがないか、元々霧状に噴出しているか≫
ヴィセはぼーっと眺めながらも、何か閃こうとしていた。
「……あれ、待てよ」
ヴィセが立ち上がり、噴水へと駆け寄る。噴水自体は何の変哲もない造りだ。石で覆われた円形の水槽に水が貯められ、中央の筒から水が勢いよく噴きだす。
ヴィセはその水を手のひらに救い、地面へと零してみる。そよ風程度は吹いているものの、普通であれば水は真下に落ちて石畳に黒い染みを作る。
はずだった。
≪……ヴィセ、もう一度やってくれ≫
ヴィセが水を落し、ラヴァニがそのおかしな点に気付く。ヴィセの両手から零れた水が、ほんの僅か風下へと流されているのだ。
「……なんか、変だよな」
≪ああ≫
「もしかして、気圧がどうとか言ってたせいか? そのせいで少し水が軽いとか」
≪それならば、もっと高地にあるラヴァニ村もそうであろう≫
ヴィセは念のため同じ位置からコインを落してみた。コインの落下地点は、何度やっても濡れた地面とはほんの僅かにずれてしまう。落下速度も僅かに違う。
重力の問題ではない。そして町の者はそれを特に不思議とも思っていないようだ。
「この町では、これが普通……」
≪どういうことだ≫
「いや、水や土に問題はないって、そもそも誰が判断したのかって話だよな」
≪それは、この町の者ではないのか≫
「そこだよ。問題がない、特におかしな点はない。それって他所の土地と比べて判断したのか? 以前との比較で問題がないと言ってるのだったら」
≪……元々特徴を持っていたとしても、気付かぬという訳か≫
まだ何かが分かった訳ではない。だが、ヴィセはほんの少し前進したような気でいた。表情にはやる気が戻り、弛んだ口元も引き締まる。
「なあ、テレッサが水質や土壌を調べて汚染度を測るって言ってたよな。どこでやるんだろう」
≪それこそ聞き込みで分かるのではないか≫
「あ、そうか」
ヴィセは鞄から水筒を取り出し、お茶を飲み干してから噴水の水でよく濯ぐ。そして噴水の水を水筒いっぱいに入れ、聞き込みを再開した。
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ヴィセ達は数人から水道局の存在を教えられ、煉瓦の壁をモルタルで塗り固められた2階建ての建物に辿り着いていた。武骨で飾り気のない長方体の建物は、入り口横の小さな水路の水車だけが特徴的だ。
ヴィセはコンクリート打ちっぱなしのロビーを抜け、御影石のカウンターで水質調査について尋ねた。
「水質の調査、ですか」
「はい。ちょっとこの付近の土地を調べていまして」
「調べる? 何のためでしょう」
「あー……水の味が他所と違う気がして、温泉の成分でも含まれているのかなーなんて」
ヴィセは真の目的を明かさず、とっさにそれらしい嘘をついた。男性職員は「だとしたら、私の肩こりはきっと慢性化していませんよ」と笑う。
「調査結果の公表は出来ますけど、自分達で調査したいという話なら難しいですね」
「調べる所を見せてもらうのも駄目ですか」
「詳しい予定までは分からないので、研究班の主任に聞いてきます。ちょっとお待ち下さい」
男性職員がカウンターを離れ、執務室の奥の扉の先へ消えていく。数十の机が並ぶ室内は、大きな図面を広げて打ち合わせを行っていたり、資料を印刷機に掛けていたりと騒がしい。
「うわっ、あれ電算機だ」
≪電算機?≫
「自動で計算をする機械だよ。驚いた、あんなもん、霧が発生して以降作れないって言われてるんだぜ。あれなら飛行艇の出力値の調整も楽になる」
≪なぜ作り出せぬのだ。あるのだから真似て作れば良い≫
「詳しくは分かんないけど、作る時は空気中に塵が一つもないような空間が必要らしい。その環境を用意する手段がないんだと。だから現存する電算機は貴重なんだ」
緑色に発光し、文字や計算を写しているものは映写機と言われ、その横には1メルテ四方程度の箱型電算機が置かれている。
ヴィセが150年前の技術ながら未だ最新鋭と呼べる装置に興奮していると、男性職員が白衣を着た男性を連れて戻って来た。
「おっと、本当だ、本当にドラゴン連れの旅人だ。噂通りだね」
「初めまして、ヴィセ・ウインドです。こっちはドラゴンのラヴァニ」
「そうか、君はラヴァニ村出身って話だね。噂の旅人さんの頼みとあれば、協力出来る事はやってみよう。それで、何が知りたいんだい」
白衣の男性は短い赤髪を掻き上げ、いたずらっ子のようにニッと笑う。胸の名札にはスルツキーと書かれていた。
「モニカの水の、状況ごとの分析結果を知りたいんです」






