remedy-03
モニカでは霧が付着した壁を洗い流したり、室内を綺麗に拭いたり、町を清浄な状態に保つ努力は続けられていた。貯水槽にシートを被せたりと、対策もやっていた。
家畜に関しても、畜舎は外気を遮断できる造りが一般化している。牧草地にシートを被せたりと涙ぐましい努力もし、被害を最小限にしている。
しかし、それにしても霧の影響を殆ど感じない町だった。
「普通の町だったよね、お水も綺麗だったよ?」
≪他の町とそこまで変わらぬな。それに町の者達は慣れた様子で汚染を心配してもいなかった≫
「被害が……少ない? 直ちに影響がないとしても、草木や土も気にならなかった」
「これを見て。モニカ周辺の研究結果よ。特に気にしていなかったんだけど」
そこに書かれているのは、モニカの霧毒症患者数、それに汚染数値だった。
「おかしいと気付いている人はいると思う、研究をしているのはあたしだけじゃない。見て、標高の低さ、霧が上がって来る頻度」
「そうですね、他の町の方が少し高いし、霧が上がって来ない町もある」
「ナンイエート、ジュミナス・ミデレニスク、南のラウム、これらの町は100年で1度も霧が上がって来ていない」
「でも、汚染度はむしろモニカの方が低い? 患者数も割合ではドーンやオムスカと変わらない……」
ディットが大きく頷く。
「対策している、というだけでは説明がつかないよね。どんなに対策をしても、町全体の汚染度が低いというのは考えられない」
「だけど、モニカはそれ以上特別な事をしている様子は……」
「ええ、しているならその方法が世界中に広まっているはず。助けてほしい町や村は沢山ある」
モニカだけが不自然に軽度だ。更にラヴァニ村から下っていく道は、ヴィセにとって憎きデリング村の手前で1000メルテ付近まで低くなる。
デリング村は霧に沈む寸前だった。ヴィセ達が焼き討ちの復讐で壊滅させなくても、近いうちに滅ぶのは確実だった。だからこそ、彼らは近隣のラヴァニ村に難癖をつけ、ラヴァニ村を焼き払って移住先にしようとしたのだ。
「……ラヴァニ村のデータはないけど、デリング付近も影響が少ないな」
「デリング……ああ、この小さな集落ね。確か……ラヴァニ村を焼き払った奴らの村だったね」
「ええ」
ディットはヴィセ達に暗い過去がある事を思い出し、何と声を掛けていいのか分からなくなっていた。ヴィセだけでなく、バロンも目の前で親を殺されている。
ディットはヴィセとバロンをどこか羨ましいと思っていた。ドラゴンや霧の研究は楽になり、ドラゴン側の考えも直に聞くことが出来る。けれど、ヴィセ達は望んでそうなった訳ではない。そうでなければ命を落としていた。
「……嫌な事を思い出させたかも、ごめんね。このデリング周辺も霧自体の汚染度は低い。鉱山の管理が悪いせいで、水源が1つ鉱毒に汚染されているけど」
「食べ物、それとも飲み水……人種による差? いやいや、それだと説明がつかない土地もある」
途中からは興味を持ち直したバロンも加わり、分布図や書籍を深く調べていく。いつの間にか外は暗くなっており、ヴィセ達はそのまま泊まらせて貰うことになった。
* * * * * * * * *
「お風呂まですみません、有難うございました」
「いいのいいの! お礼を言いたいのはこっちよ。私、これで本格的な研究者との差を縮める事が出来た気がするの」
ディットは夕食を用意してくれ、お風呂も用意してくれた。宿に泊まった事はあるが、エゴールの家に泊まって以降、こうして他人の家で夜を過ごすことはない。
ホテルや宿に泊まる時はパンツ1枚でも気にしない。部屋から出る際はそれなりの恰好をするとして、部屋の中では暑ければ下着のまま寝転がっている。
今日はバロンにもしっかりタンクトップを着せ、ヴィセ自身も半袖シャツ姿で脱衣所から戻った。借りてきた猫のように、とても行儀よく座っている。
「それにしても、あなたいい体してるわ。バロン君ももっとしっかり食べて、もっと大きくならなくちゃね」
「うん!」
「いや、バロンは多分俺より食べてますよ……満足に食べさせてないように思われるので、少し太ってくれたらいいんですけど」
「そういえば、今日の夕食もたくさんお替りしてたわね。背が伸びるタイプかな」
ディットはコップ1杯の水を用意してくれ、机の上の資料を片付け始める。
「色々考えたけど、現地での検証作業がないと駄目ね。土地に何らかの浄化作用がある……と考えるべきなんだろうけど」
「その汚染度の検査の時、何故分からなかったんでしょうか」
「単純に汚染度が低いだけだったか、検査では分からない物が含まれていたか。汚染度を調べる事だけが目的で、汚染度の高さの要因を調べる事は範囲外だったか」
「ねえ、ヴィセ、どうするの? 調べに行くの?」
「それしかなければ、行くしかないな。ラヴァニが疲れないように数日は休みたいところだけど」
≪我はいつでも良いぞ。遠慮はいらぬ、ドラゴンの体力をみくびるでない≫
「ドーンにも行く? ねえ、姉ちゃんのところも行ける?」
ディットの言う事が正しければ、ヴィセ達がドラゴニアに到達した事を聞きつけた者が動き出す頃だ。ディットは気にしていないが、ヴィセ達は過去に宿泊中を襲われた事がある。
今までは自分達だけで済んだが、今回はディットを巻き込んでしまう。外はまだ20時で、人の行き来がない訳ではない。周囲にも家があり、騒動があれば気付くだろう。
しかし、深夜に忍び込まれたらどうだろうか。ヴィセとバロンはドラゴン化で応戦できるが、ディットは守れない。この町の者でなければ、どれだけディットがこの町に必要な人物かも分からないだろう。
「ディットさん……やっぱり俺達行きます。ラヴァニ、悪いけど近くの無人のテーブルマウンテンまで頼めるか」
≪問題ない。狙われているのなら長居は無用だ≫
「気にしなくていいのに。この町はみんなあなたの味方よ、どれだけの人が感謝しているか」
「その皆さんを巻き込みたくないんです。いいですか、ディットさんは俺達から一切ドラゴニアの場所を聞いていない。いいですね」
ヴィセはそう告げてから鞄の中を漁った。その手には1辺が数センチメルテ程の浮遊鉱石の欠片が握られている。
「これは?」
「いいから、受け取って下さい」
ヴィセは小石をディットの手に乗せた。だがいつまで経ってもディットのてのひらに感触が伝わらない。
「え? えっ……うそ、これ」
「浮遊鉱石です。もっと大きなものもありましたが、俺達も譲って貰ったものなので」
「あのね、すごいんだよ! もっとたくさんあったら鉄の金庫だって浮くんだよ!」
浮遊鉱石は世界で最も高価な鉱石だ。それは金やダイヤモンドの比ではない。この欠片1つであっても1000万イエンは下らないだろう。
「いいの? あたし、こんなものを貰える程の事はしてないわ」
「念のため、もう1つ。出来れば研究に使って下さい」
「ほんの砂粒のようなものを譲って貰った事はあるけど、まさかこんなに大きな……だめだめ、やっぱり貰えない!」
ディットはヴィセに欠片を返そうとする。ヴィセはそれを受け取らず、荷物をまとめて出かける服に着替え始めた。
「俺達には信用して任せられる人が少ない。研究をお願いできるのはディットさんしかないんです」
「おねーちゃん、俺達調べる時間ないの。代わりに調べて」
「……分かった。必ず役立てる。それと、一番大事なことを忘れてる。あたしにドラゴニアの位置を教えていないと思わせて、更にあなた達が安全に旅立てないと」
ディットがニッと笑い、小声で何やら提案を始める。
「さ、いいわね。勢いよく扉を開ける事! 振り向かない事! じゃあね、元気でね」






