Levitation Stone 09
浮遊鉱石は手を離しても床に落ちない。それどころかバロンが床に置けば、バロンの腰程まで浮き上がっていく。
≪我の良く知る浮遊鉱石だ、間違いない。もっと大きな欠片を空から落とし、口で捕らえる遊びをしたものだ≫
「浮遊鉱石は純度とその量によって保てる高度が変わるんだ。飛行艇に使われてきたけれど、近年は産出地が見つかっていないようだ」
「それで、霧を消すのに浮遊鉱石が有効というのは本当ですか」
「ああ、間違いないよ」
「じゃあ、どうしてそれを皆に広めて協力を求めないんですか」
浮遊鉱石を各地にバラ撒き、方法を教えたなら一斉に霧を消すことができる。しかし、浮遊鉱石が有効だと知る者は殆どいない。ヴィセも確証はなく、ジュミナス・ブロヴニクでミナから聞いただけ。しかも、それを伝えたのはアマンだ。
「ヴィセくんはまだ世の中の汚さを知らないんだね」
「汚さ?」
「俺知ってる! 綺麗な廃材はね、高く売れるもん。汚いのいっぱいあるんだよ」
「あはは、そんな答えが出るのは君が綺麗で汚れを知らない証拠だよ、バロンくん」
浮遊鉱石を活用すれば霧を消すことができる。そんな重要で喜ばしい情報を持っていながら、アマンは浮かない顔をしている。
「かつて、ぼくもヴィセくんと同じ事を考えた。先祖の過ちの責任がぼくにあるとは流石に思っていないけど、何とかしようと考えてね」
「浮遊鉱石が有効だと分かったのは何故ですか?」
「先祖の過ちにケリをつけようと、ぼくは過去の文献を漁った。霧の中で荒廃した町や村で地図を見つけ、このデリンガーという町に辿り着いたんだ。霧を発生させた町に手がかりがあると信じて」
アマンも先祖が住んでいた町の場所は知らなかった。彼は偶然見つけた地図によって、生まれ故郷に伝わるデリンガーの位置を知ったのだ。
浮遊鉱石が有効だと分かっていた訳ではなく、ヴィセ達のように手がかりを求めてやって来た事になる。
「それで、手掛かりとして浮遊鉱石の効果を掴んだ、という事ですか」
「うん。考えてみてくれ、霧を最初に発生させ、周囲は腐敗すら出来なかった死体がゴロゴロ。当時の濃度は酷いものだったはず」
「それは俺も疑問に思っていました。周囲の標高が低いことを差し引いても、霧の濃度が低いと」
「ああ。何故なのかを探るため、5日間ほど町をさまよった。その時、この部屋を見つけたのさ」
そう言ってアマンは奥の棚から重そうな金庫を取り出した。背伸びして届くような位置にある、50センチメルテ四方程の真っ黒な鉄の金庫だ。アマンはそれを片手で軽々と持ち上げる。
「ドラゴン化……かなり影響しているようですね」
「すごい、力持ちだ!」
「あはは、違うよ、ぼくの力は然程じゃない。体格の良さそうな君の方があると思う。君も持ってみてくれ」
そう言ってアマンはヴィセへと金庫を投げ渡した。
「えっ、ちょっと!」
受け取れず足に落としては大変だ。ヴィセは手を出さずにひょいっと横に避けた。金庫は大きな音を立て、床にめり込む。そう思ったのだが、結果は違った。
「え? は、跳ねた?」
「開けてごらん、レバー式で、鍵は掛かっていないから」
「浮遊鉱石製の金庫……か?」
「ヴィセ、早く、早く!」
バロンに急かされ、ヴィセが金庫のレバーを下に押す。後ろを振り向くと、ラヴァニがガラスに顔を押し付け、じっと中の様子を伺っている。金庫の中にはこぶし大の浮遊鉱石の塊が数個入っていた。
「浮遊鉱石……そうか、中に入っていたからその力で金庫が浮き上がったんだ」
「そう。たったこれだけの量でも、純度が高ければ鉄の金庫の重量が0になる。霧を消す手がかりはなかったけど、これがあれば旅の資金を貯められる。そう思ったんだ」
アマンはそう言って浮遊鉱石の1つを自身の体に擦り付けた。霧にまみれたコートの表面は、先ほどよりもやや紺色が強くなっている。
「偶然見つけた浮遊鉱石は、まだ霧に触れていなかった……そして、持ち出した浮遊鉱石が、霧を吸い始めた」
「あたり。流石、縁もゆかりもないというのにこの町を特定しただけのことはある」
アマンは浮遊鉱石の効果をその時初めて知った。それから純度や霧を浄化できる限界などを調べ上げた。
「さて、いったん霧の外の町に戻ってこの研究を続けよう、って時だった」
≪外から失礼するよ。オレが真上に来ていたドラゴニアから偶然この町に降り立った。夜中に何かが光っていたのが気になってね≫
「その時、俺は絶体絶命、霧の化け物の群れに襲われていたんだ」
そう言って、アマンは別の引き出しからボロボロの防護服を取り出した。腰、腕、足、あらゆる部分が噛み千切られている。血痕もある事から、相当な傷を負ったのだろう。
≪オレはドラゴンの姿をしているが、元は人だった。やっぱり人が襲われているのを放っておけなくてね、助けたんだ≫
「でもまあ、この防護服を見て分かるように、助かるような状況じゃない。見かねたフューゼンさんが自分の腕を引っ掻き、ぼくの傷に血を滴らせた」
「アマンさんをドラゴン化させたのは、フューゼンさん?」
元々人だったなら、ドラゴンの血の作用も知っていたはずだ。ヴィセやバロンを救ったエゴールのように、フューゼンは死ぬよりマシだと判断した事になる。
≪そうだ。オレがアマンを引き入れた。迷惑だったとしたなら今死ぬか、後で死ぬかの違いに過ぎない≫
「驚いたよ、急にドラゴンと話が出来るようになったんだから」
そう言ってアマンは浮遊鉱石を袋に入れ、部屋を出ようと告げる。アマンが持つ袋は浮遊鉱石のせいで風船のように浮き、手を離せばそのまま飛んで行きそうだ。
≪アマンから話を聞き、オレは手を貸すことにした。だが、出来る事と言えば移動の手伝いだけ。オレの姿を見れば人が恐れてしまう≫
「なに、それが一番助かってるんだ。有難う、フューゼンさん」
もしもラヴァニが常に通常サイズだったなら、きっとヴィセの旅の難易度も上がっていた。良くも悪くもラヴァニが封印されていたおかげだ。エゴールのようにドラゴンの力を上手く利用できる訳でもない。
「エゴールさんにも、アマンさんやフューゼンさんのような人がいたら良かったのに」
「エゴールさん1人で寂しそうだった。きっと喜んだよね」
≪待った、今……エゴールと言ったかい≫
フューゼンが部屋の外に出たヴィセとバロンを問い詰める。その顔は驚きなのか、睨んでいるのか判断が付かない。
「も、もしかしてエゴールさんを御存じなのですか」
≪君達の口からその名が出ると言う事は、別人ではないって事だよな≫
フューゼンは少しばかりグルルと唸り、一言だけ伝えた。
≪オレの……息子だった≫
「えっ?」
「エゴールさんのお父さん! エゴールさんがね、ドラゴンになっちゃってどこかに行ったって、言ってた!」
≪なるほど、道理で我が見かけぬ訳だ。我が封印されている間に仲間に加わったか≫
衝撃の事実に、ヴィセは驚きと共に言葉を失った。エゴールは父親の居場所を知らない。それどころか生きているか死んでいるかも知らなかった。
こうやって姿をドラゴンに変えてなお、フューゼンは人と変わらない心を持ち続けている。エゴールが知ったならきっと安心するに違いない。
≪いや、待て≫
ヴィセがエゴールに会ってほしいと言う前に、ラヴァニが言葉を遮った。その響きはどこか冷たい。
≪そなたの息子はドラゴン化から戻れなくなることを恐れて生きておる。ヴィセ達もそうだ。エゴールはヴィセとバロンに申し訳なさを感じていた。人に戻れなくなったお主が何故こうも当たり前にアマンと接していられる≫






