Levitation Stone 06
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「ラヴァニー、気は済んだかー」
「朝ごはん食べないのー?」
≪泉も山も、我が知っている当時のままだ!≫
「分かったから、ひとまず飯にしようぜ」
翌日、雨はすっかり上がっていた。
空に浮かぶ大地にも朝が訪れ、少し湿った風が頬を撫でる。低い雲が頭上を掠めるように流れる中、ラヴァニがやっと2人の許に戻って来た。
夜遅くまでドラゴニアの隅から隅までを飛び回り、夜明けと共にまた残りを確認する。そうしてラヴァニは久しぶりのドラゴニアを堪能していた。
「しっかし、本当に浮いてんだよな? ドラゴニアの位置は動いてないみたいだけど」
「動物とかいるの? 池に魚いる?」
≪小さな動物ならおるぞ。池にも魚が大勢だ≫
「人も住めそうだな……それに空気も綺麗だ。浮遊鉱石のおかげだとして、霧を浄化するのに使われてしまったら」
「地面に落ちちゃうね」
ドラゴニアが浮遊していられるのは、浮遊鉱石のおかげだ。その浮遊鉱石は現在殆ど産出されておらず、霧を消すのに不可欠なものかもしれない。
だとしたら、世界のためにドラゴニアを地上に落とすしかない。ラヴァニの喜びようを見ていると胸が痛いが、ラヴァニ自身も分かっている事だった。
「ここでしばらく過ごしたいとも思うけど、アマンさんの計画も気になる。霧を生み出した町を探さないと」
≪……分かっておる。2人共、ここに置いて行けるものは置いて向かえばよい。誰も来ぬ場所故、人が盗む事もあるまい≫
その日の昼飯さえ持っていけば、着替えなどは持って行かなくてもいい。霧で汚さず、重い荷物も持たずに済む。ラヴァニの負担は増えるが、それはとても有難い提案だった。
2人は雨に濡れた服を近くの木の枝で乾かし、風で飛ばないよう洗濯ばさみでしっかり留めた。荷物は雨に濡れないよう岩陰に置く。
「じゃあ、行きますか」
ラヴァニに鞍を取りつけ、ヴィセ達は霧の下を目指す。一応の防護服とガスマスクを装着し、薄暗い毒霧の底へと降り立った。
「やっぱり霧の層が薄い。暗いけど明かりを点けなくても先が見える」
「どこから探すの?」
「手掛かりは山が近い……くらいだったはず」
霧の層が薄いとはいえ、前日の雨で足元はぬかるみ、視界も悪いため遠くに何があるかは分からない。同じ場所に留まっていれば、ブーツが埋まって抜けなくなりそうだ。
位置どころか方角さえも分からないまま、歩いて探すのは効率が悪い。歩きづらそうな2人を見て、ラヴァニはまた背に乗るようにと伝える。
≪我の背に乗ったまま、霧の中を飛べばよい。我は前方を、ヴィセが右、バロンが左を探せ≫
「いいのか? 疲れるだろ」
≪我にドラゴニアを見せてくれた礼だ。仲間も時々寄るようだから、今度こそ我は全てを取り戻せる≫
ラヴァニは仲間との再会、ドラゴニアへの帰還、自分だけ望みを叶えて貰った事に申し訳なさを感じている。ヴィセ達のため、自身に出来る事なら何でもやるつもりだった。
「とはいえ、しらみつぶしに探す訳にもいかねえよなあ。何か手がかりがありゃいいんだけど」
「ねえねえヴィセ、浮遊鉱石を採るんだったらさ、どうやって取るの?」
「どうやって……地上から砲弾でも浴びせて、ドラゴニアの底を削るんじゃねえかな」
「じゃあドラゴニアから近いって事だと思うよ!」
バロンの冴えた推理に、ヴィセもなるほどと頷く。可能性が高いのなら、そこから探すのが最も効率が良い。
「ラヴァニ、ドラゴニアの下を隅々まで飛んでくれ。日陰になって探しづらいから、出来ればゆっくり」
≪承知した≫
ラヴァニは方角を変え、ドラゴニアの下を潜っていく。草原だった場所はヘドロのようなものが堆積し、池は濃い紫に変色している。モスコ大陸の下でも似たような光景はあったが、ここまで酷くはない。
しかし、しばらく進むと辺りの様子が変わった。
決して霧が晴れている訳ではないだが、地表の腐ったヘドロがあまり見られない。
「この辺り、ドラゴニアの陰になって地面が乾いてるな」
≪ドラゴニアはこの場所から長く動いていないという事か」
「そうかもしれない。……見ろ、うっすら建物の形が見えた」
ヴィセがラヴァニの右前方を指さす。ラヴァニが方向を変えてから1分も経たずして、ポツポツと建物の残骸が見えてきた。
「ヴィセ! あっち、すっごい高い建物があるよ!」
「ああ、行ってみよう」
町は完全な廃墟となっており、高い建物はコンクリートの外壁を残すのみだ。窓ガラスが残る家は1つもない。
「ユジノクの霧の中の町も大きかったが、この町の方が大きいかもしれない」
≪さて、霧を生み出した施設や、アマンとやらの痕跡はあるだろうか≫
「これだけ町が大きいと、すぐに見つかるとは思えないな」
真上にドラゴニアがあるせいで、日中でも夕暮れより暗い。懐中電灯の明かりを頼りに探すのは時間もかかる。
≪我は空から探す。ヴィセとバロンは地上を探せ≫
「分かった。手分けしよう」
ラヴァニは空から光などの分かりやすいものを探す。ヴィセ達は地上で細かな部分を探す。現状ではそれしかない。
とにかくこの町が霧を発生させた町なのか。まずそこから検証する必要がある。町の表示板などがあれば、最低限どの町だったのかが分かるはずだ。
しかし、末裔が暮らす集落がレーベル語を使用していたように、この町の手掛かりは全てレーベル語。いちいち見かけた文字列を翻訳していてはキリがない。
「まいったな、通りの名前とか店の名前とか、全部読めないぞ」
「ヴィセも読み書き帳する?」
「1から勉強してらんないだろ。読み替え表は手に入れてあるんだ。だけど言葉の並びの法則がモスコ語と違う。訳が分からない」
「えっとね、あれはおはな屋さん! あれはくつ屋さん!」
ガスマスクのせいで視界は更に悪い。ヴィセがビニール越しに翻訳用の紙とにらめっこをしてる横で、バロンが次々と店を当てていく。バロンはレーベル語を知らないはずだが、適当に言っているとは思えないほど自信満々だ。
「何で分かるんだ?」
「俺目いいもん!」
「いや、見えても読めないだろ。レーベル語は教えてないし」
「お店の中にね、植木鉢とか、靴とか見えた」
「店の中? そうか、当時の何かがまだ残ってるのか」
バロンは文字を読んだのではなく、店構えや店の中の様子で判断していた。ヴィセは文字を読まなければという先入観に囚われていた事に気付き、1軒1軒を覗き込んで確認を始める。
店の中は霧と経年劣化で荒れ果てているが、残っているものもあった。ある1軒を懐中電灯で照らした時、ヴィセは覗き込もうとするバロンの目を覆った。
「あー! 俺にも見せて!」
「……駄目だ、お前は見るな」
霧に阻まれぼんやりとした明かりの先には、ボロ布を纏った白骨死体があった。降り積もった霧や土埃で半分程埋まっているが、よく見れば店の奥にも更に2体転がっている。
「……逃げ遅れた、って事か」
「ねえ、何があったの? 何で見たら駄目なの? あははっ、えっちな絵とかあった?」
「……人が死んでる。見ない方がいい」
ヴィセはバロンの体を掴んで回れ右をさせ、入りかけた店から出て行く。だが、どこを覗いても建物の中には死体が転がっている。これではまともに手がかり探しなどできない。
「ボルツの町があのまま霧に包まれたままだったら、いずれこうなったかもしれないな。いや、待てよ。という事は、住民は逃げる暇がなかった……?」
「ヴィセ、俺大丈夫だよ? 見ても平気だもん」
バロンはボルツの町にいた時、道端の遺体を見ている。けれどヴィセは首を横に振った。
「人が死んでいる姿を見て、平気だと言って欲しくないんだ。出来れば一生慣れないで欲しい」






