Levitation Stone 03
魚市場と肉屋に寄り、最後に八百屋へ寄れば随分とリヤカーが重くなった。
ヴィセとバロンはそのまま厨房や貯蔵庫への運び入れを手伝い、野菜を全てたらいの水に浸け終えたところだ。
「さて、その霧を作り出した町の末裔はどんなやったね」
「残念ですが、あまりいい話じゃないんです」
「ええんよ、あたしもお客様からいい思い出がないことは聞いとる」
ミナがじゃがいもを洗い始めた。ヴィセとバロンはひとまず休憩だ。
「ミナさんが言っていたのは、アマンという方ですよね」
「そうだったかねえ。20年前の宿泊者台帳を引っ張れば分かるけど」
ミナはその当時のアマンの様子を簡単に説明した。レーベル語が出来る事、10歳頃から集落には帰っていない事、育ての親がいる事など、特徴はすべて一致している。
「その、霧を生み出した町の末裔がいるという話、誰かにした事はありますか」
「いや、お客様は素直でいい人やったからね。そんな人の故郷に何か迷惑があったら責任が取れん」
ミナがじゃがいもの皮むきをしながらふっと笑う。彼女は旅人を幾人も見送って来た。彼らが今どうしているのか、ずっと気になってもいた。
しかし、手掛かりがあるかもしれないとはいえ、霧を生み出した罪は重い。その子孫がアマンのように真っ直ぐで、霧を晴らすために生きているとしたら、その者達に憎しみが向けられては可哀想だ。
ミナはそう考え、信頼できるヴィセ達以外にこの話をしなかった。それは別方向で良い結果を生んだ。
「ミナさんがそう考えて下さっていたお陰で、被害が広がらずに済んだかもしれません」
「なんね、何があったんね」
≪ヴィセ、食事の支度をしながら片手間でする話ではなかろう。女将が腰を抜かすやもしれぬ。指の皮でも削いでしまえば大変だ≫
「そうだな」
ヴィセは手を止めてテーブルに着くことを提案した。ミナは何か想像以上に良からぬ話である事を察し、席へと移る。
「あのね、俺達その場所に行ったらね、殺されそうになった」
「へっ? ……誰かに襲われたんね」
「そこの人達がね、ドラゴンの邪魔だからって言って、来る人を殺してた」
「あのお客様の、故郷の人達が……ってことかい?」
「うん」
バロンのあどけない口調には似つかわしくない内容だ。ミナは1度で受け止めることができず、まだ不思議そうな顔をしている。ヴィセがバロンの話に肉付けし、より具体的に伝えると、ようやく事態を呑み込むことができた。
「頼まれてもいませんが、結果的に敵討ちをしたような形になりました。ドラゴンの事、あの集落の先祖が勘違いをしていた事、すべて伝えたつもりです」
「それなら帰ってこん旅人の何割かは、その集落で殺されとるんかもしれん。あのお客様は……何であたしに打ち明けたんやろうか」
「各地で、自身の素性を伝え歩いているんでしょうか。だとしたら興味を示した旅人を送り込むようなものです。真実を語らなかったのは何故だろう」
アマンの行動はどこか矛盾している。真実を語れば無防備に向かうものが減るというのに、ミナには話さなかった。
しかしながら、霧を生み出した者の子孫の集落の存在は明かしている。
≪ヴィセ。我らは数々の町や村を訪れた。しかし誰からもその集落の話を聞いていない≫
「そうだな、エゴールさんも話してくれなかったし」
「もしかして、誰も知らないのかな? アマンっていう人、他の所では喋ってないのかもしれないよ」
「どういった経緯で素性を教えて貰ったんですか」
アマンは何故たった1泊しただけの宿で、ミナに素性を明かしたのだろうか。他所でも素性を明かしているのなら、20年の間に集落の事は明るみになったはずだ。
知っていたなら、ドラゴン連れのヴィセ達を見て、その集落を連想する者もいただろう。ドラゴン信仰の村として迫害されたラヴァニ村の例を見れば、集落の討伐隊が編成されていてもおかしくない。
だが、実際には真相など誰も知らず、集落の存在すら公に認知されていない。
「夜に庭で月に向かって何かを祈っとったんよ。邪魔したら悪いと思ったんやけどね、嵐の前で風が強かったけん、声をかけたんよ」
「祈り……あの集落の出身なら、ドラゴンへの祈りだろうか」
「そう。嵐を呼ぶドラゴン雲が出とる夜やった。ドラゴンにでも祈っているのですかと尋ねたんだ、冗談半分でね。そうしたら、そうですと答えたけんね」
ドラゴン雲は、巨大な積乱雲の別名だ。雲の直径も高さも15キロメルテ程まで達する事がある。雷を発生させ、この地域の海上では数時間消える事がない。
「ドラゴン雲、か」
「今思えば、あのお客様は村の目的ややり方には失望しても、ドラゴンへの憧れや信仰は捨てとらんやったって事さ」
≪そうか、我らは失念していた≫
ラヴァニはヴィセ達の会話で気が付いた。自分達が今までどのような旅をしてきたのか。それを考えたなら、男がミナだけ、もしくは極限られた人にしか打ち明けていない理由が分かる。
≪ドラゴンが恐れられ、嫌われている事は知っておったはずだ。ドラゴン信仰を知られるのはまずかろう。それに霧を発生させた町の出身などと言えば≫
「無事では済まない、か」
≪集落の存在を教える以前に、自身の危険を回避するために伏せておったに違いない≫
「ドラゴン信仰を明かしても非難されなかった。だからアマンさんは霧の事も打ち明けてみようと思えたのかも」
全ては推測の域を出ない。しかし、だとしたらアマンの行動にも納得が出来た。ヴィセはラヴァニが考えた事をミナに伝え、仮説を立てた。
「ミナさんは旅人との接点が多いからな。この大陸での霧やドラゴンへの反応を探りたかったのかもしれない」
「そうかもしれん。この大陸でドラゴンはどこにおるんか、霧の事をどこまで知っとるんか、そう尋ねられた」
「おばーちゃんは何て答えたの?」
「ドラゴンは恐ろしくて、誰もが襲われたくないと思っているって言ったよ。霧の事は、作った人は消し方を用意せんかったんかねえ、っち世間話をしたよ」
「ああ、そうか。繋がった。ミナさんに敵意がなかったからだ」
ドラゴンに対して、霧に対して、ミナは会話において冷静だった。そんなミナの言動から、信頼できる相手かどうかを見極めたのだろう。
「それで、何で俺達にはアマンさんの事を教えてくれたんですか」
「あのお客様がドラゴン信仰の人で、霧を生んだ町の子孫やった。あんた達はドラゴンを連れて霧を消すために旅をしとった」
「一緒だって思って、話をしてくれたってこと?」
「そうやね。あんた達なら、あのお客様の事を言ってもいいと思ったんよ」
ミナがアマンと出会って20年。今アマンが何処で何をしているかは分からない。しかし、浮遊鉱石の秘密と、ドラゴニアの高度が下がっている事、それはやはりアマンで繋がっているようにも思える。
「アマンさんは、本当に世界を救おうとしているのかも」
「でも、浮遊鉱石ってドラゴニアにあるんだよね? それ使ったらラヴァニがドラゴニアに帰れなくなるよ」
≪……我らは世界のためにドラゴニアを失う、か≫
彼がこの宿を訪れたのはそれきりだ。20年の月日で何を得たのかは分からない。アマンがどのような人物か、メリタが語っていた姿と重ねても善人でしかない。
そしてアマンは霧を消したいと考えていて、なおかつドラゴンへの信仰を捨てていない。
霧のためとはいえ、そんな彼がドラゴン最後の楽園を消滅させるだろうか。
「やっぱり、現状をちゃんと知る必要がある。明日は霧の大陸に行こう」






