Journey 07(013)
テレッサの兄が2回手を鳴らすと、皆が不安がりながらも部屋へと戻っていく。警備隊の男達が強盗を警備所に連れて行くのを見送りながら、ヴィセはため息をついた。
「有難う。助かった」
≪我の代わりに礼をしてくれないか。我もドラゴニアへの道を救われた≫
「言っておく。ラヴァニも有難うってさ」
「どういたしまして。貰った分の働きは出来たかしら」
「ああ、十分だ、支払いが足りないくらいだよ」
「そう、良かった」
テレッサはニッコリと笑い、そして手招きをして「行きましょ」と告げる。
「行くって、どこに」
「真夜中3時近くに、こんな着の身着のままの女を1人で帰らせる気?」
「あ、ああ……」
「それと。上得意のお客様に、その撃たれて穴が開いたズボンの替えを購入して頂かなくちゃ」
* * * * * * * * *
朝になり、ヴィセは新しく買い直したズボンを穿いてエビノ商店を後にした。朝になるまで店の奥で休ませてもらったのだ。
「せっかく親切に泊めてくれたってのに」
≪求愛行動も繁殖も慎め、血を分け与える事になればどうなるか≫
「もう少しマシな言い方はないのかよ」
年頃の男の子が女の子に親切にされたなら……殊更ヴィセのように他人と接する機会の少ない者なら、その気がなくてもときめく。
けれどラヴァニにそのときめきを悟られ、ヴィセは何も言っていないのに好意を咎められた。おかげでそんなつもりはないのにテレッサから警戒される始末。
「あーあ、綺麗な人を綺麗だなと思っちゃ駄目なのかよ」
≪そなたが全てに責任を取れるのなら何も言わぬ≫
「もう分かったってば。さて、せっかくテレッサがこの町で滞在しやすいように取り計らってくれたんだ、黒い鎧の男の事を聞いてまわろう」
ヴィセはラヴァニをコートの下に隠し、聞き込みを開始した。一般的に情報の早い旅人を中心に訊ねていくが、昨晩の事はまだ広まっていないようだ。特徴的な金髪に赤い目の少年が現れても特に怯えるような様子はない。
高いコンクリート製の建物が並び、同じくコンクリートの道を機械車両が行き交う。人の往来も多く、付近の露天商の呼び込みは怒号なのか笑っているのか判断がつかない。ヴィセにとっては何もかもが新しい。
「今日は風が強い。それにしてもテレッサの店の付近は静かな方だったのか。色々見て回りたいけど、中心部は騒がしくて気分が悪くなりそうだ」
≪我はこの喧騒に我慢ならん。もっと静かな場所に行かぬか≫
旅人や傭兵が集まると聞いたパブを覗くと、朝っぱらから席の半分が埋まっていた。
世界が霧に包まれて以降、国というものは消滅し、残った町や村は独自のルールで運営されている。稼ぎ方も休む時間も人それぞれだ。
発達した文明はある程度維持されているものの、町や村の法律は最低限。そこに酒類の年齢制限、就労年齢の制限など、ある方が珍しい。
「へい、1人客だな、カウンターに座れ」
立派な髭がもみあげまで繋がった、体格のいいマスターがカウンターを指差す。
打ちっぱなしのコンクリートの床に、木製のカウンターには椅子が6つ、6人が座れる丸テーブルが4組。1人、2人は地元の住民と思われる者もいるが、その他は武骨な装備を着こんでいる。
朝から飲んだくれる旅人が10数人もいれば、「旅人はガラが悪い」と言われても仕方がない。
ヴィセは言われた通り一番通りに近い壁際の席に座った。
「何にする、ビールか」
「あ、ああ、ビールで」
村で酒と言えばウォッカばかりだった。畑で取れるじゃがいもを使用し、単式蒸留機で3度蒸留を繰り返し、アルコール度数を上げ不純物を取り除いた後、豊富な白樺で更にろ過すれば出来上がりだ。
ただ、名物として町に売り歩くほど珍しいものでもなく、殆どは村で消費されるだけだった。ヴィセも子供の頃から当然のように飲んでおり、自覚はないが酒には強い。
「はい、お待たせ。兄ちゃん、若いな、幾つだい」
「17歳になりました」
「へえ、やっぱり若い。どこへ旅するんだい」
新顔だからか、マスターは気さくに話しかけてくれる。もう1人いる女性店員が客の注文を取ったりおしゃべりに付き合ったりし、マスターは酒を作っていない間、新顔のヴィセに掛かりきりだ。
「ドラゴニアを目指しています」
ドラゴニアという言葉を聞いた途端、マスターの表情が曇る。
「ドラゴニアだと? お前さん、ドラゴニアがどんな場所か、分かってて言ってんのかい。ドラゴンの棲み処、生きて帰れる場所じゃねえ」
「覚悟の上です。もしかして、場所に心当たりがありますか」
ドラゴニアと聞いて反応を示してくれるのなら、何か知っているかもしれない。ヴィセはマスターの言葉を待つ。しかし、それは期待していた程の答えではなかった。
「目指す奴は今まで何人も見て来た。実際に浮かんでいる所を見たって奴には会ったことないが」
「どこにあるのか、知ってる人はいないって事ですか」
「ああ、これだけ機械文明が発達しても、霧の上をガス欠まで探そうって奴はそういねえのさ。かつては天高くに望遠鏡を打ち上げる案もあったんだ。それでドラゴニアの位置を捉える!」
「望遠鏡を、空に? 打ち上げるって、攻撃弾(※ミサイルを指す)でもあるまいし」
期待していた答えではなかったとはいえ、話の内容は興味深かった。
ヴィセは機械駆動車や飛行艇、その他の機械装置について、おおよそは見聞きしたことがある。過去のドラゴンとの争いや人類同士の争いで、爆弾を遠くまで飛ばす「攻撃弾」が使用されていたことも知っている。
しかし、望遠鏡を打ち上げるというのがどういう事なのか分からない。そんなに高速で飛ぶものでどうやって、誰が見るのか。飛行艇でいいのではないか。ヴィセの頭の中はこんがらがっている。
「なんでもよ、この星の外で月のように周回させて地上を観測させ、それを映像として撮り続けるらしい。映像機(※テレビを指す)のように電波でそれを地上に送るんだそうだ」
「でも、それはうまくいってない、って事ですよね」
映像機と言えば、村では唯一村長の家にあっただけ。それも自作のアンテナを町からの道沿いに幾つか立てて中継し、時々運が良ければ町の電波を拾う事があったという程度。
悪戦苦闘する村長の様子を見ていたせいで、電波や映像機などに関しては、その恩恵も受けた事がないのに良く知っていた。
「ああ、海を渡ってすぐの大陸で40年前から始まっているが、3度失敗している。話によると、次の打ち上げに耐えられるだけの地盤、エネルギー、更には電気回路にどうしても必要な貴金属が足りてねえらしい」
「そんなものを考え付くなんて、世界は広い。それでもなおドラゴニアは見つかっていないって訳か」
ドラゴニアの場所について、これ以上の情報はなさそうだ。だが酒場には様々な旅人が寄り、酒の勢いで色々な話が飛び交うおかげか、予想外の大きな情報を得ることが出来た。
≪ドラゴニアの大地の場所を知る者は、現時点では誰もいないという事だな≫
(ああ、そうみたいだ。人族の手に渡っている心配はひとまずない)
≪それが分かって安堵しておる。やはりそなたと行動を共にしてよかった≫
ドラゴニアの場所を尋ねまわっても、これ以上は意味がない。これからは人族がどこまでドラゴニアに迫っているか、黒い鎧の男がどこの誰なのか、それを知る必要がある。
「兄ちゃん、どうした、急に黙って」
「え、いや……こんな事を言うと馬鹿にされそうだけど、何故ドラゴニアを探しているのだろうと思って」
「兄ちゃんも探してるんだろ、さっきの質問はそう聞こえたが」
「まあ、そうなんだけど」






