Confused Memories-07
老人の言葉は、実際に集落で起こっていた事そのままだ。いや、それよりも更にタチが悪かった。
もちろん、ドラゴン信仰であった事に疑いはない。けれど彼らの真の目的は、金品の強奪が目的だったのかもしれない。
「……バロン、こっちにおいで」
ヴィセは右隣りに座っているバロンを引き寄せ、安心させるために頭を撫でてやる。
食い意地の張ったバロンが一言も喋らず、食事にも殆ど手を付けていない。ヴィセは集落での行動を正当化したくはなかったが、バロンの心に傷跡が残る前に何とかしてやりたかった。
「ドラゴン化して暴れた事は、後でゆっくりと話そう。今後そうならないように方法を考えよう。いいな」
「……」
「あの集落は、ドラゴンを崇めていなくても、人を殺していたかもしれない」
「……どういうこと」
「荷物を奪うため、売って金に換えるため。俺達が懲らしめるべきだったかは分からないけど、俺達が止めなかったら……」
ヴィセが言いたい事が何か、バロンは分かっていた。俺達は正しい事をした、そう言い切らない理由も分かっていた。
人を殴り傷つける事は、どんな場合であっても正しい行動ではない。けれどドラゴンがそうしてきたように、誰かが悪者を演じなければならない時がある。
自分達はその状況にあった、それを受け入れろという意味だ。
「……人殺しを、やめさせるためだったんだね」
「ああ。結果として、だけどな」
バロンの心は少しだけ浮上した。誰かのためになっている、それだけがバロンの心を支えている。10歳の少年には重すぎるが、ヴィセもまだ10代だ。他にバロンの心を支える手段が分からなかった。
≪我はバロンへの攻撃に対し、反射的に行動しただけ。そのように高尚な理由ではない。……かつての我らの行動もそうだった。世界の浄化と主張していたが、報復の場合もあった≫
行動を後悔していたのはラヴァニも同じだった。バロンが落ち込む様子は、ラヴァニの考え方にも影響を与えていた。ラヴァニは今まで自分の役割と信念を疑ったことがなかった。
≪我は……あの集落の者と同じだったのかもしれぬ≫
「それは、それは違う! ドラゴンはこの世界のためになる事をしていた!」
「お、おい……お前さん誰と話をしとるんだ」
ヴィセ達の会話に、老人は不思議そうに首をかしげていた。
ドラゴン連れでも相手してくれるのなら、真実を告げてもいいかもしれない。不審がられているよりはマシだ。
「……俺とバロンは、ドラゴンと会話が出来るんです」
「へ? その……小さなドラゴンか」
「ええ」
「はー、世の中にゃあ不思議なもんがいるんだのう」
モスコ大陸ではそういう者もいる、と言えば老人はそんなものかと納得した。この点に限って言えば、モスコ大陸の外に出た方が人付き合いは簡単かもしれない。
ただ集落の事がどうしても頭をよぎる。どこまで明かして良いのか、厚意をどこまで信じていいのかが分からない。
≪ヴィセ。バロンのためにも、我らではなく外の者の意見を聞かぬか。場合によってはこの町を追われるかもしれぬが、腹は満ちた。ブロヴニク地区まで飛んでも良い≫
「……分かった」
一か八か。ヴィセは集落での出来事を打ち明けた。慰め合ってモヤモヤし続けるよりも、どうすべきだったかを尋ねた方がスッキリできる。
「ほ、本当に……あの集落から帰って来たのか!」
「はい。集落の真ん中にドラゴンの像があり、殆どの住民がレーベル語を話しました。ドラゴンを崇拝し、かつて霧を生み出したと」
「……霧を生み出しただと?」
老人の顔が険しくなった。向かった者が帰ってこないせいか、この町にも伝わっていないのかもしれない。元々ドラゴンのために人を殺そうなどと考える者達だ。交流はあっても親しい会話など皆無だろう。
だが、老人はぽつり「やはり」と呟いた。それからしばらく考え込み、ヴィセ達の会話が止まる。
「バロン、少しだけでも食べておけ、この先いつ食事が出来るか分からない」
「……うん」
≪我の分を少し包んで貰えぬか。出来る事なら飛びながらでも腹に入れたい≫
「ああ、持ち帰りで包んで貰おう」
バロンがいつもの半分程のスピードで食事を摂り始めた。気が付けば店に入ってから1時間近く経っている。混みあってはいないものの、そろそろ出なければ迷惑になりそうだ。
「おじいさん、俺達はそろそろ……ここは俺達が支払います。色々と話を有難うございました」
ヴィセは丁寧に頭を下げ、店主に残ったものを包んで欲しいと頼む。卵が貴重なのか、ゆでたまごはない。バロンも子供1人分ほどをなんとか食べ終わり、ヴィセ達は席を立つ。
外は蒸し暑く、海風がブロブニク地区での日々を思い出させる。まだ1週間も経っていないのに、宿の仕事が懐かしい。バスを助けた時のやるせない気持ちを差し引いけば、2人には素晴らしい数日間だった。
「いつか……俺達もどこかで宿を開けたらいいなって、思うんだ」
≪宿、か。ドラゴニアに行き、目的を果たした後であれば寄ってやろう≫
「一緒に働くって選択肢を無意識に排除しないでくれ。バロン、どうだ? いっそドラゴニアで宿を作るか」
「……俺、何かで怒っちゃったら……お客さんが怪我しちゃう」
ヴィセは努めて明るく振舞ったつもりだが、バロンはまだ付いて来れていない。それでも応えてくれるだけ気持ちも落ち着いたようだ。
「ま、考えてみてくれよ」
2人は日が照る赤土の道を歩き始める。カモメやトビが頭上を旋回し、釣り人のバケツに入った魚を狙って鳴き続けている。ヴィセ達は小さな漁船が係留されている岸壁を横目に、どこかでラヴァニが飛び立てないかと周囲を見渡した。
「待っとくれ」
崖の上までへばりつくように建てられた家を見上げていると、ふと背後から呼び止められた。その声の主は先程の老人だ。ヴィセ達はどうか武器などを持っていないように、仲間を呼んでいないようにと祈りつつ振り向く。
老人は1人、手に何も持たずに立っていた。
「……何か」
「あの集落の事をもっと聞かせてくれんか。あんたらの話を聞いて、今後向かおうとする旅人を力づくでも止めにゃならんと確信した」
老人は手招きした後で歩き出す。数歩歩いて振り向き、ヴィセ達が立ち止まったままである事を確認して再び強めに手招きした。
≪我は構わぬが、どうだ≫
「……人助けになるのなら、行こう。バロンも手伝ってくれるか」
「……うん」
まだドラゴン化して集落を壊滅させたとは言っていない。どこまで真実を話していいのか判断できないまま、ヴィセ達は坂を上り始めた。
* * * * * * * * *
「お入り」
「お邪魔します……」
老人の家は、急勾配の階段を数百メルテほど進んだ崖の下方にあった。振り返れば海を下方に望む程の標高だが、これでもまだ条件がいいのだという。
家と言っても青や赤のトタンを張り合わせたバラック小屋で、電気は通っていない。水道、トイレ、風呂は近所に共同のものがあるだけだ。
周囲の家も多くが似たような状態。バロンがかつて暮らしていたユジノクのスラムと大差ない。とはいえ、細く頼りない丸鋼で補強しているだけ、まだ近所よりマシらしい。
「座っとくれ」
外の明かりも、扉を過ぎれば影に負けて薄暗くなる。2人が土の上にそのまま敷かれた茣蓙に座ると、老人は木製の小さな引き出しから1枚の写真を取り出した。
「……この男が集落にいなかったか」
「この人は?」
「噂を聞きつけて集落に向かった。正義感溢れる若い旅人だったよ。腰を打って漁に出られなかったわしを、1カ月の間面倒見てくれた優しい男だ」
そこに写っているのは、まだ髪が幾分黒い頃の老人と肩を組む1人の青年。その顔に見覚えはなかった。






