Landmark 10
「うわぁ! ドラゴンが!」
「きゃードラゴンよ! 早く家の中に!」
邪魔にならないよう、メインストリート沿いの芝生に降り立ったつもりだが、暗闇から突如ドラゴンが現れたせいでその場は大混乱だ。
一目散に逃げる者、立ち止まって様子を窺う者、腰を抜かしてほふく前進をする者、自転車や機械駆動2輪で転んだ者。誰もが好意的とは言い難い。
「あーあ。まあこうなるよね」
≪武器を持ち出してこなければ堪えてやろう≫
ヴィセはラヴァニの背からゆっくり老婆を下ろし、近くのベンチに座らせた。老婆はまだ驚いているものの、先程よりは落ち着いている。ドラゴンが鞍を取り付けられ、言いつけ通りに自分を町まで運んだ。それを頑なに認めない程頭は固くなかったようだ。
「大丈夫でしたか。ドラゴンの乗り心地、なかなかでしょう」
「え、ええ……あたしをドラゴンが運ぶなんて」
ドラゴンに乗っていたのが老婆である事に気付き、周囲の者はさらに驚く。数十人が取り囲み、一度逃げた者も騒ぎを聞きつけた者も、まだまだ何事かと集まってくる。商店が立ち並ぶ通りはすっかりシャッターが閉まり、店の電気も消えた。それでも昼間よりはるかに人が集まっている。
「あ、あの婆ちゃん!」
「トメラ屋のばっちゃんか! ……何があったんだ」
「婆ちゃんがさ、ドラゴンの背から降りて来てよお、あいつら噂のドラゴン連れじゃねえのか」
「ドラゴンに? は? ドラゴンだぞ?」
「いやいや、ほんとだって! あいつらと一緒に」
街灯がポツポツて照らす中に、大きなドラゴンが浮かび上がる。これから何が起こるのか、あの2人組は何か、横にいる老婆に一体何があったのか。皆はその答えを待っていた。
ドラゴンは人を襲い、町を破壊する存在。このジュミナスでもそう考えられている。銃を握りしめる者もいたが、もしドラゴンを怒らせ、仲間を呼ばれたらどうなるか。
大砲でも追い払うのがやっとだと聞く相手に、そもそも銃など通用するのか。皆がうかつな行動を取れずにいた。
「ラヴァニ怖くないでしょ? 銃で撃ったり意地悪したら怒るけど、いつも優しいよ」
「え、ええ……そうねえ」
「お婆さん。このドラゴンは人が抱える誤解を解くためにここにいるんです」
ヴィセが務めて優しく声を掛け、ドラゴンへの誤解を解こうとする。何を誤解しているのかさっぱりでも、ドラゴンは威嚇の1つもしない。それに若者2人はドラゴンを全く恐れていないどころか、信頼している。
老婆は穏やかなヴィセの、まるでなんでもないかのような振る舞いに毒気を抜かれ、ふうっとため息をついた。
「あたしは長いこと生きてきて、こげんドラゴンを間近で見るのは初めてばい」
「反応からして、そうだと思いました。ドラゴンは空気や水を汚させたくないだけです。自分の命を守るため、自分達を狙う者に反撃しているだけなんです」
「ドラゴンは人に説明できないし、みんなが怖がって襲って来るから、反撃しなくちゃいけないんだよ」
「空気を汚さないでくれ、水を汚さないでくれ、そう伝えることが出来ない。工場や汚染源となるものを消すしかない。ただそれだけです」
ヴィセの言葉は周囲にも聞こえていた。ジュミナス・ブロヴニクには工場などがなく、ドラゴンに襲われた事もない。対してミデレニスク地区は兵器を盛んに作っていた時期に襲撃を受けた事があった。
人を襲うのであれば、ブロヴニクの方がうんと楽だ。けれど世界にはドラゴンに1度も襲われた事がない町や村の方が多い。
「もし皆さんを襲う気なら、今頃仲間を呼び、もうこの場の大半が死んでいるでしょう! ドラゴンは人を襲うのではなく、人の行いを咎めているだけです!」
「嘘だと思うなら、ボルツとか、オムスクとかに電話で聞いてよ! ラヴァニの事、怖くないって、みんなを助けたって言ってくれる!」
「まあ、ドーンやモニカに電話するにはちょっと遠いもんな……」
実際に確かめようと思った者が、数人小走りで去っていく。すぐ傍の商店に入った男は、数分後に大慌てで戻って来た。
「おい、知り合いのどこの家も電話に出なくて、1軒だけ電話に出たんだけどよ。ボルツの町は霧で大半が死んじまったって! そのドラゴンが仲間を呼んで……」
「大群で町を襲ったのね!」
「いやいや、違うんだ! ドラゴン達が霧を吸い込んで、空気を浄化したらしい!」
「それ、本当?」
周囲の者は、男の言葉に半信半疑だ。近くにいた女が訝しんで、ドラゴンが町を壊したのではないかと主張する。そこに別の女が駆け寄って来て、息を切らしながら結果を伝えた。
「オムスク……ハァ、ハァ、オムスクに姉がいるの。役場の前の……広場で、霧毒症の人を、ドラゴンが……治したって。金髪の青年と、猫人族の少年が一緒だったって」
「こいつらの事か!」
「なんだって? ドラゴンが霧毒症を治しただって?」
「嘘と、思うなら……あんたが聞いたらどうよ。私の姉さんがからかってるとは思えない」
女の言葉で信憑性が増し、少なくともこのドラゴンは良いドラゴンではないかという空気が広がる。
「ラヴァニ、封印を発動させていいか」
≪構わぬ。視線を一手に引き受けるのはどうも気が落ち着かぬ≫
「ありがと。バロン、ラヴァニを一番小さくしてやって」
「分かった!」
バロンが四角い装置を取り出し、1つずつ起動させていく。ラヴァニはどんどん小さくなり、鞍の下から這い出てヴィセの肩に乗った。
「小さくなったぞ!」
「特殊な装置で、小さくなることが出来るんです。こいつはラヴァニ、俺はヴィセ。こっちがバロン。2人と1匹でドラゴンへの誤解を解く旅をしています」
町の者達はまだヴィセ達を歓迎するとまではいかないらしい。困ったように腕を組み、隣の者とヒソヒソ何かを放している。もちろん他にも数人が他の町に確認を取っており、ラヴァニが人を襲うどころか救っていることは明らかだ。
それでもやはりドラゴンを恐れた事は悪くない、当然だ、という気持ちは捨てきれないのだろう。
「と、とりあえず騒ぎを起こさねえならいいけど、あんまりうろつくんじゃねえぞ」
「そうね、ドラゴンがいるからって、他の町から攻撃でもされたらたまったもんじゃない」
歓迎はされていないが、ドラゴンの事を分かってもらう事はできた。最低限の成果に満足するしかない。
「ヴィセ、ヒリヒリする」
「少し我慢してくれ。ラヴァニ、町の入り口まで戻ったら俺達をどこかへ運んでくれるか」
≪この町よりも他所の方が居心地もよかろう。夜風を切って進めば肌の火照りも冷めようぞ≫
ヴィセ達はそれ以上何も言わず、重い荷物を背負って歩き出す。
「あなた達、待ちなさい。どこ行くんね」
ふと呼び止められ、ヴィセとバロンは振り向いた。声を掛けてきたのは先程の老婆だ。もう腰は大丈夫なのか、ゆっくりとベンチから立ち上がる。
「……お騒がせしないよう、別の町に行く事にします」
ヴィセが小さく会釈をする。老婆は再び待ちなさいと言って、周囲の者に事情を説明しだした。
「この子らがあのドラゴン連れだ。みんな怖いもんだから店にも宿にも入れさせんようにしとった。あたしもそうだ。だからこの子らは行くところがなくて、浜辺で野宿しよったんよ」
「……それで、連れて来たってのか」
「波にさらわれるぞっち注意しに行ったらこの子らやった。潮の満ち引きも知らんで、波が迫る中で寝ようとしとった。あたしらはこの子らを死なせてしまうところやったとよ。ドラゴンは思わず腰を抜かしたあたしを、ここまで連れてきてくれた」
老婆は海藻の入った籠を見せながら、ヴィセ達に視線を向ける。
「あたしのせいで、こんだけ注目を浴びる羽目になったと。だけんあたしが面倒ば見る。今晩はあたしのやっとる宿においでなさい」






