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リエーフ1

 ブローナほど広大な河川が横切るわけではないが、リエーフもまたそれより一回り小さい河川が都市を通っている。二頭立ての馬車と比べればふわふわと揺れる船旅は快適ではあるが次第に酔いが回る事もあり、人によっては非常な苦痛を感じる事になる。

 学生達は、リエーフではまず、湿度の高い生温い風の洗礼を受けることになった。


「何だぁ?纏わりつくような風だなぁ……」


「服がくっつきますね……」


 ピンギウは服の中に風を送り込みながら呟く。リエーフの河川には、染料の臭いもこびりついていた。


「写本だけじゃなく、交易でも重要な拠点だからね。人も密集しているし、何より織物を染める水路が川に直接繋がっていてね」


 モーリスは学者特有の丈が長い黒衣の裾を持ち上げて下船する。衣服に湿り気が吸収したような、重い足取りであった。


「こう湿度が高いとイライラするなぁ……」


 ルクスはバニラから帽子を預かり、頭上の重い旅装束を外す。帽子の羽もくたびれて見えた。


「先ずは教会で聖遺物を見に行こう。その後、講演のよしみでジャック邸で泊まらせて貰えるようになっていてね。そのまま観光ついでに向かうとしよう」


「豪邸で一泊!先生流石!」


「異論はありませんね。商人の(シャトー・ド・)居城(マーシャント)と言うのも興味があります」


「では、先ずは大通りに出て、あの高い教会を目指すとしよう」


 モーリスは中央広場から伸びる巨大な鐘楼を指さす。蝙蝠が持つ翼の骨格のようなものが教会の屋根から柱に向かって広がっており、壁や天井へと伸びている。


「見事な飛び梁ですね」


 バニラは教会へと向かう一行の後を追いながら、舐めるようにその技術が示す威容を見上げていた。


「飛び梁……?」


 ピンギウはバニラの方を見る。バニラは久しぶりに自分の知識を披露する機会が訪れたので、肩に力を入れて微笑んだ。


飛び(フライング・)(バットレス)。控え壁の一種だよ。壁の補強の為にあるのが控え壁だけど、飛び梁ならそれを高い位置で実現し、屋根や柱を支える事が出来る」


「……よく知ってるじゃん。あれがあるから、背の高い教会が建て易くなったんだよな」


 クロ―ヴィスがバニラの肩に手を回す。踵で背伸びをしているのが、バニラには少々面白く見えた。

 面白がったルクスがクロ―ヴィスの肩に手を回す。


「しかしあれだけ飛び梁があると、それだけで芸術だねぇ」


「息がかかるやめろ」


 クロ―ヴィスはルクスの手を払った。ルクスはからからと笑いながら両手を肩の高さまで上げる。クロ―ヴィスは舌打ちをしたかと思うと、即座に悪い笑みを浮かべた。


「なぁ、貴族様は装飾写本を幾つ持っているんだ?写本に実用性以外を求めているのか?」


 ルクスは首を捻り、顎を摩る。一頻り考えた結果、彼は飛び梁を見上げて厭味な笑みを浮かべた。


「装飾写本は好きだね。あそこには人間の歴史が各人なりに刻まれている。例えば、飛び梁の長さを競い合う細密画とかね」


「……下品な会話はやめなさい」


 モーリスの注意に対し、二人は腹を抱えて笑った。バニラは意味が分からずにピンギウに耳打ちしたが、彼は肩を竦めるばかりで明確な回答を返すことは無かった。


 やがて等高線のような円錐の道を中央へ向けて進み、古本屋や写本職人の事務所が並ぶ町の大通りを通り抜け、やや東寄りの大修道院に辿り着いた。

 大修道院の聖堂へと真っ直ぐに伸びる道を、樹木で道を取り囲む。道の外側には葉脈が煌めく大きな庭園が広がっている。その中心には、幾つかの飛び梁を堂々と擁する聖堂がある。聖堂には幾つものステンドグラスが正面に嵌め込まれ、その上部では藍色の優美で緩やかな曲線を持つ三角屋根が鎮座している。聖堂の奥には修道者らの居住区があり、そこを連なる控え壁が壁に密着したままに建物を支えている。


「あの中に大図書館がある。修道士たちの写本は勿論だが、ジャックの年次賛美歌小写本なども収められている」


 モーリスは居住区を指さす。先刻まで下世話な話で盛り上がっていたクロ―ヴィスが、唐突に思い出したように付け加えた。


「最初の改築の時に、この賛美歌を全て纏めた『チアーズ年次大讃美歌集成』が見つかったんだよな」


「あれも装飾写本でしたね。中のミニアチュールが見事だとか」


 ピンギウは聖堂の中を覗き込みながら言う。内部は仄暗く厳かだが、窓から差す鮮やかな光は一層に目立って見えた。


「ドロルリーが楽しみだねぇ」


 ルクスはずかずかと聖堂へ続く道を進む。一同は彼の後を追うようにして、緑豊かな木々の間を進んだ。


 緑の光が地面に影を作る。一歩進むほどに突き出した飛び梁の奔放な様が明らかになっていく。さながら甲殻で重い図体を支える脚部のように、細く、伸びやかに塔へと渡っている。下に向けて伸びる蝙蝠の羽根のようなアーチが華やかに建物を飾り、聖堂自体の装飾の少なさを感じさせない。

 木々の隙間からはピンク色の花が等間隔に植えられ、風に靡いている。修道院の広大な領地を仕切る背の低い生垣が、石の街並みに花を添えている。

 一同は玄関で一度立ち止まる。最後尾から歩いてきたモーリスが玄関前に立ち、振り返って学生達を見回した。


「では、入ろうか」


 重厚な木の扉は、軋み音を上げながら開かれた。



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