おっさん、突然訪れる
「何をされているんですか、ガリウス様!
わたくし、アレは二度としないで下さいと申し上げましたよね!?」
「いや……すまない。
模倣体との実力が思ったより伯仲してて、正直攻めあぐねていたんだ。
そんな時、こないだのやり取りを思いだしてさ……つい」
「つい、じゃありません!
相手は仮にもガリウス様と同一の複製なのですよ!
うっかり刺さったところからスキルなどを使われていたら……
いったいどうするつもりだったのですか!?
即死してしまったら、いくらわたくしでも癒せないのですよ!」
「心配かけて悪い。
ただ生まれたばかりに近い模倣体に付け込む隙があるなら、俺が培ってきた経験しかないと思ったんだ。実際、際どい勝利だったしな……」
「もう……分かってますわ、それくらい。
それでも心配してしまうに決まってます!」
「フィー……」
駆け寄って来るなり再度回復法術を俺へ施しながら激昂するフィー。
けんもほろろな剣幕に俺もタジタジになりながら弁解する。
実際フィーに語ったように、俺と模倣体の実力は均衡していた。
あのような起死回生の罠を設置せねば、疲労しないという奴の特性を前に不覚を取っていた可能性が高い。
まあ結局明暗を分けたのは培ってきた経験の差だ。
戦士としての覚悟を問われたその結果に俺は満足していた。
残心を怠らずショゴスの動向を窺う。
ヤツは驚いているようだった。
生み出したばかりの端末とはいえ、敵対者と同一の存在が取った行動により敗北したのが信じ難いのだろう。
対象の未知の力を警戒し、まずは様子を見ている。
ここら辺は俺の霊的設計図を取り込んだ事により慎重になっているという事か。
こちらとしても時間が稼げるので幸いだ。
ミズキ達は問題なくレティスと合流できたに違いない。
後顧の憂いが無ければ全力で奴と戦える。
……たとえここで果てることになるとしても、だ。
何故ならこいつを野放しにして撤退は出来ない。
解放されたばかりで、しかも様々な霊的設計図と生命構成素の取り込みが十分でないというのにこの強さなのだ。
時間を掛ければ時間を掛けるほどショゴスは力を増していくだろう。
ヤツがこの調子で増殖しダンジョン外にでも出たら大騒ぎになる。
この海底ダンジョンの遺跡都市群で暮らす人々。
陽気で素朴な皆の笑顔が喪われる事があってはならない、絶対に。
ならば俺達が全力で足止めをし、レティス経由で上位冒険者の助力を得られる様にしなければ……文字通り肉壁になろうとも。
悲壮な俺達の決意を他所に、ショゴスは次の戦法を決めたようだ。
厭らしく身を捩りブルブルと胎動すると次の複製体を生み出していく。
その姿は――
「嘘でしょう……」
「これは本当に勘弁してほしい」
俺だった。
しかも生み出されたその数は5体。
一体で駄目なら敵対者を超える数をぶつけていく。
戦力の逐次投入は各個撃破される恐れがある。
戦術的に何ら間違った事をしている訳じゃない。
ショゴスに取り込まれた俺の【戦術】スキルをベースに対慮されているのか。
ただ……皆の言う通り勘弁してほしい。
たった一体の模倣体でアレほど手古摺ったのだ。
これが5倍になった今、果たして凌ぐ事が出来るのか……
「おっさん、これは――」
「――ああ。
ヤツが健在する限り、どんどん増殖していくパターンだ。
定番だがショゴス本体を狙うしかなさそうだな」
「同意。
この調子でガリウスが無限に生み出されたらたまらない」
「うふふ、確かに。
こんな非常時でなければ一体くらいお持ち帰りをしたいところなのですけど」
「それは勘弁かな。
あんな汚泥から生み出されたおっさんじゃいい匂いしないし」
「賛同。
あのガリウスじゃスリスリできない」
「確かにアレでは【ピー】とか【ブブー】とかご一緒にできませんわね」
「その自主規制音にどんな言葉が入るのか、非常に興味があるところだが……
今はそんな時じゃないな。任せていいか?」
「ふふん。
愚問だよ、おっさん」
「ん。任せてほしい」
「きっちり引き付けてみせますわ」
「ならば――頼む!」
この状況下はジリ貧だ。
受けに回れば疲労しない模倣体を相手に後手に回るのみ。
ならば定番だが――死兵となっても本体を叩くのみ。
シアから牽制と援護の魔法剣が放たれ、散開する俺の模倣体。
全能力解放【フルポテンシャル】と倍速【グレートヘイスト】の術式がリアから飛び、俺は束の間だけ超人的な身体能力を得る。
無論術式の効果が切れれば無茶をした反動はリバウンドする。
しかし今は無理をしてでも道理を引っ込めなくてはならない場面だ。
模倣体同士に空いた、僅かな隙間を縫うように強行突破を図る。
その代償は手痛い。
牙剣を生み出すなり俺目掛けて次々と斬撃を見舞う模倣体共。
致命傷にならないよう最低限の防御のみで潜り抜け強引に突き抜ける。
かなり酷い損傷を負ったが、フィーから銀冠スィルベンズの力により遠隔の回復法術が飛び交い俺を瞬く間に癒す。
喪った血液までは戻らないが――傷は塞がった。
これなら刀を振るうのに問題はない。
虚を突かれたのか、無抵抗な姿を晒すショゴス。
並半端な攻撃は効かないショゴスだが、唯一可能性があるとすればこの樫名刀【静鋼】に付与されている退魔効果だ。
魔を退けるという概念が宿った武装――
始原の混沌シュブニグラスに連なるヤツに効くとしたら、常世非ざるものを斬り裂くというその特性に期待するしかない。
出し惜しみせず全力で闘気を発動、一陣の疾風となりヤツに斬撃を見舞う。
――瞬間、戦慄。
俺が纏う闘気圏は物言わぬ奴が嘲笑う気配を察知する。
いったい、何が……まさか!?
事態を悟った俺は自らの失策を知った。
ショゴスは動けなかったのではない……動かなかったのだ。
確かにヤツは動揺した。
そしてその隙を逃さず俺が見抜くのも理解していた。
だからこそ……罠を仕掛けた。
自らを囮とすれば、愚かな獲物がむざむざ犠牲になるべく飛び込んで来る。
何も全てを複製する必要はないのだ。
具現化するのは……俺の手と武器、それだけでいい。
まずは複製元となった本体――目障りな俺から潰していく。
期せずして本体を狙うという戦術が被った俺達。
だが、この場合ヤツが数枚も上手だった。
全力で繰り出した必殺の斬撃が防がれる。
近接した俺を迎撃するべくヤツから瞬時に生み出され蠢く無数の俺の腕により。
そのどれもが研磨された刃の様な牙剣を携え俺の斬撃を防いだ。
十数本叩き斬ったのがせめてもの戦士の矜持か。
しかし渾身の一撃の反動故にたたらを踏んで体勢を崩してしまった俺に、残りの牙剣が無慈悲に襲ってくる。
俺は以前放浪の旅で見かけた百手巨人【ヘカトンケイル】を思いだした。
顔すら手で構成されたそいつはまさに異形。
複数の腕を自在に操り雲霞の如く蠢かせ敵を仕留めていた。
あの時感じた絶対敵対したくないという危機感が今になって降り掛かる。
そして……クラスチェンジしたとはいえ、この状況この体勢でこの無数の牙剣はどうにも出来ない。
今更回避は出来ず、数瞬後には瞬く間もなく俺の身体を貫き命を奪うだろう。
終わりというのはいつでも突然訪れる。
今での冒険でそれは誰よりも痛感してきた。
残念だが――俺の冒険はここまでのようだ。
出来るなら今回の探索で得たこいつの情報を持ち帰りたかったが……
逃げたミズキ達がきっと上手くやってくれるに違いない。
唯一の後悔は――残される三人の事だ。
もっと傍にいてやりたかった。
いつか添い遂げて、残りの人生を懸けて幸せにしてやりたかった。
あいつらを残して逝くことにどうしようもない申し訳なさを感じつつも、これが走馬灯かと俺は妙に諦観した気持ちで迫る牙剣を見据える。
刹那、衝撃。
揺れる視界。
なんだ、何が起きた!?
地面に伏した俺の見上げた瞳に映ったのは――
「まったく貴様というやつは……
私がいないと……てんで駄目だな……」
弾き飛ばした俺の代わりに全身を牙剣に刺し貫かれ血飛沫を上げる……
どこまでも美しく透明な、ミズキの微笑だった。




