の に咲いた花より可憐に
「確かに北の森は当たりなのよね。プレイスタイルが木こりだけど」
可憐な衣装に、人が持つには大きすぎるハルバードを担いだソフィアと、スーツ姿のアモルは北の森を訪れていた。アモルがお勧めしてきただけあって、北の森はクリーチャーが程よく湧いていて狩りの効率がとても良い。
ソフィアが力任せに木こりまくったトレントが、ちょっとした小山を作っている。枝も根っこもあるものだから、意外にかさばりまとまりがない。
敵を倒しても、死体が消えたりアイテム化しないところも、『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』のこだわり要素の一つだろう。
周囲に生えた植生だって、現実世界にはない草花や木の実があるのはどんなゲームでも同じだけれど、何の役にも立たない雑草やただの花が生えていたり、全くゲームと関係のないうんちくをNPCが知っていたりして、変な所にリソースが割かれていた。
運営サイドのAIが自動生成するらしいこれらの要素が変に現実じみていて、プレイヤーを惹きつける魅力の一つになっていたけれど、過剰ともいえるデータ量は、“この世界は実は本当の異世界に繋がっているんじゃないか”といった都市伝説さえ生み出していた。
そんな現実味を重視した世界で、巨大なハルバードを振り回し、トレントを切り倒すソフィアの姿は、一周回ってファンタジーだ。
ヴァンパイアという種族は魔力が高く、種族固有の魔法もあるから、魔法職を採るプレイヤーが多い。
魔法職ならレベルの低いノーマル・ヴァンパイアの頃から飛行魔法が使えるし、ライフドレインや従魔召喚で大量の雑魚を簡単に狩れる。昼の弱体化が激しく、その分夜間にチートタイムが訪れる種族だから、夜間に狩りをし、朝が来る前にねぐらに戻るのが基本のプレイスタイルとなる。種族的にも魔法職に就いた方がレベルを上げやすいのだ。
“高貴なイメージの吸血鬼に切った張ったは似合わない”と考えるプレイヤーが多いことも相まって、『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』ではソフィアのように身体能力に極ぶりした脳筋ヴァンパイアはかなり珍しかった。
しかし、ヴァンパイアが戦士職に向いていない訳ではない。魔力だけでなく、筋力にも秀でた種族だから、戦士職に就けばソフィアのように細腕の女性がバカでかい武器を振り回すような戦闘も可能になる。実に素敵だとソフィアは思っている。
「りゃあっ」
ぶん、とハルバードを振ると、刃先に載せた魔力が衝撃波となって、蠢く樹木の魔物を切り倒す。ハルバードは槍と斧が合わさったような武器だから、斧と樹木の相性が良いのかもしれない。
(広い場所で体動かすとスッキリするなぁ)
このゲームは、殺伐として血なまぐさいゲームだ。そんなゲームをソフィアが選んだのは、“電脳巫女のおススメゲーム診断”で「脊髄反射気質なあなたにはコレ。敵をばっさばっさと倒してスッキリ爽快♪」とおススメされたからだ。
まさか味方じゃなければ人族だってだいたい敵、サーチ&デストロイで血しぶきアリアリだとは思わなかったし、ビジュアルだけ見て説明もよく読まずに選んだヴァンパイアという種族が、昼夜の能力ギャップが激しい、育成難易度ハードモードな種族だとも知らなかった。始めたその日に、ギルドマスターのシビュラさんに拾われなければ、1日持たずに辞めていたと思う。
けれどもおススメゲーム診断とやらはそれなりに当たっていたらしい。“電脳巫女”とやらも、おそらくAIなのだろうが、大量のデータに基づく統計解析の結果というのは、なかなかに当たるものだ。
考えるより体を動かす方が得意なソフィアの性格と反射神経は、脳筋ヴァンパイアというキャラクターと非常に相性が良かった。ばっさばっさと敵を切り倒すのは、魔物が樹木系ばかりで木こり感が半端ないことを加味しても爽快だ。
(ストレス発散ーって、最近何かヤなことあったかな……)
うまく、思い出せない。
考え事をした隙に、トレントが松葉のような針を飛ばしてきた。広葉樹に見えたのに、葉の形を変えるとはなかなかに器用だ。
「<護りの盾>」
思考に気を取られていたせいで、回避が遅れたソフィアにアモルの過保護魔法が飛んでくる。
今のソフィアのクラスはヴァンパイア・トゥルーブラッド。6段階あるヴァンパイアの冠位の下から3つ目だ。このクラスまで上がってしまえば、夜間の回復力は半端ない。不死者の王の名に相応しく、この程度の攻撃など受けても数秒で回復するから、この程度の攻撃は受けても構わないのに。
アモルの補助魔法で現れた半透明の盾が、飛んできた葉の針からソフィアを守って代わりに砕ける。
(ホント過保護。ちょっとはダメージ受けないと、戦い方が下手になりそうだわ。まぁ、魔法は苦手だから助かるんだけど)
魔法の効果は甚大だ。ソフィアのような戦士職でもバフの有無で戦況は大きく変わるし、敵性モンスターが掛けてくるデバフや状態異常の影響も大きい。魔法の効果も地理や天候、敵の種族によって効果が変わってくるから、様々な判断を瞬時に下しながら魔法を行使できる者がいるのといないのとでは、戦況は大きく異なる。しかも、魔法の発動には発動動作――杖を構えるであるとか、手で設定したハンドサイン結ぶことに加えて、言語で魔法名を唱える必要がある。つまり、魔法の名前を覚えなければならない。
多くの魔法職プレイヤーはそこにこのゲームの面白さを感じるのだが、ソフィアの場合はアモルに丸投げしている。魔法の名前と効果を覚え、状況に合わせて使い分けるなど性に合わない。
「<青白き肌、力の獣、枯れよ、枯れよ、枯れよ、倦怠の病>」
魔力回復効果のある魔方陣の中から、ぽんぽんと支援魔法を連発するアモル。
生者であればデメリットがあるがヴァンパイアであるソフィアには効果的なバフと、特に植物に効果的なデバフ。ソフィアが気付いていない敵には鈍化のデバフまで重ねがける。この様子をシビュラあたりが見たら、「うわぁ、過保護とかいうスキルかい?」と揶揄っただろうか、それとも、サポートAIの処理能力を上回る行動を、興味深げに眺めたろうか。
アモルのバフで強化され、月光の下で狩りを続けるソフィアは、夜会を楽しむ淑女のように軽やかなステップを踏む。スカートの裾からのぞく銀の脛当てが月光を反射して、薔薇の意匠をあしらったドレスを飾る装飾品のようにも見える。
爽快な狩りを楽しむソフィアとは裏腹に、支援魔法を続ける方はさして楽しいものではないだろう。使っている支援魔法は、どれも魔力消費の少ない魔法ばかりだ。万一に備えて魔力の温存が必要だとしても、地味な魔法の連発は、忙しいばかりで面白みがない。けれど、アモルは支援魔法の手を休めることなく、愉し気に舞うソフィアを見つめる。
「今日も貴女は麗しい」
悪魔の唇から零れた言葉も、とろけるような眼差しも、ソフィアには届かない。
ソフィアはただ、力の獣のもたらす高揚感に包まれながら、迫りくる敵を屠り続ける。
(あぁ、愉しい……)
明るい月夜にソフィアの心は躍る。
地中から飛び出し、ソフィアを貫こうと奇襲をかけるトレントの根の動きも、背面から胸を貫こうとする枝も、敵の動きが手に取るように分かる。アモルの支援がなければ、1体づつ相手をするしかない強さの敵だ。けれど支援を受けた今は、複数体まとめて刈り取ることができる。やや格上の敵を次々と葬ることで、ソフィアの肉体がより強固な物へと変わっていくことが実感できる。彼らの命がソフィアの血肉に変わっていくのだ。
ソフィアに生き物を殺しているという感覚はない。
敵が樹木の魔物だからか、血を流さないからか、それとも、ソフィアにとってここがゲームの世界だからか――。
ただ、敵を葬る高揚だけが、ソフィアの心を満たしていた。




