っ ょぃ人 *
「アンタは信じてくれるのかい。いいヤツだなぁ。アイツはさ、鼻で笑って、これっぽっちも信じちゃくれなかったんだ。オレが倒してやるーなんつってさ、あたいにも勝てないやつが、倒せるはずないだろってーのにさ……」
酒のせいか魅了のせいか。それとも単に誰かに愚痴りたかったのか、テレイアは事の次第をソフィアに語った。
かつて悪魔の城に囚われて、身の毛もよだつ拷問を受けたこと。なぜか分からないが、ある日突然解放されて、仲間とこの街まで逃げてきたこと。この街で恋人を作り仕事を見つけ、何とか新しい生活を始めた矢先に、くだんの悪魔を見かけたこと。
そこまでは、思い出したくない辛すぎる記憶なのか、それとも今のテレイアにとって、本題ではないせいか、酷くあっさりとした説明だった。しかし、ここからが長かった。具体的にはポロスとか言う恋人の話がだ。
「でさ、できるなら、一緒に逃げて欲しいじゃん。あいつ、言ってたんだよ、俺はこの街で終わるような男じゃねー、みたいな。だったら、一緒に他所の街にいけよっつーね。だからさ、あたい、アイツん家いったんだ。夜中だったけど、緊急事態だししょうがないじゃん。そしたらさ、そしたら、あいつ、他の女と寝てやがったんだ!」
「あ、あらー」
恐怖の悪魔と再会し、命の危機的な話だと思ったが、浮気をされた話だったか。
「怒ったよ、相手の女たたき出してやったし、アイツも殴りつけてやった。この一大事に何してんだって!」
浮気自体も一大事だろう、とソフィアは思ったが、話の腰を折るのもアレなので、黙ってうんうん言っておく。というか、想定の斜め上を行く展開に、ソフィアも楽しくなってきた。
「んで、教えてやったんだ。この街には悪魔がいるって。アンタ、霧の噂、知ってるか?」
「霧の出る夜に人が死ぬっていう?」
「あぁ、それだ。っても、この街じゃ霧なんて毎日みたいにでるもんだし、年寄りや病人が生きていけるほど安全な街だからさ、死人だってもとから毎日でてるけどさ」
それでも死人が多すぎて、霧に紛れて何者かが邪な魔術を執り行ってるんじゃないか、いや、毒が撒かれているんじゃないかなどと、様々な憶測が飛び交っているらしい。
しかし何者かの攻撃にしては、効果は薄いし範囲が広い。実際に亡くなっているのは老人や病人ばかりで、健康な人間の死亡例は少ないのだそうだ。
季節の変わり目などに、体力のない者が体調を崩すことはよくあることだ。何らかの影響で霧が続いたせいで体を冷やしたり、湿気でかびたり腐った食べ物を食べたせいで、事件性はないのではないかというのが大半の見方だった。噂が広がり、墓場がいっぱいになってようやく事態の異常さが認識されたという。
「こんだけ噂になってんだ。上の連中もさすがにおかしいと重い腰を上げたみてーでさ。冒険者ギルドに調査の依頼が出たんだよ。ここまで言ったら分かるよな? ここまでつなげて話したらさ。そーだよ、アイツ、受けてたんだよ、この調査依頼!」
はーっ。テレイアは盛大にため息を吐いた後、ごっきゅごっきゅと手元のグラスを空にする。
ノリノリだ。実に話が面白い。
ソフィアがさっと右手を上げると、察したマスターがお代わりのグラスを持ってくる。飲んでばかりは体に悪いと、コインと共にソフィアが食べるジェスチャーをすれば、無言で頷いて幾つか乾きものまで持ってきてくれる。無駄な会話で話の腰を折らない当たり、プロの良い仕事をしてくれる。実に良い酒場だ。
「アイツさー、戦闘のセンスねーし、弱っちーんだけどさ、頭の中まで弱っちかったんだよー」
強いのはアッチばっかでさ。などと、下げているのか上げているのか惚気ているのか分からないが、ソフィアには全く興味のない情報を織り交ぜつつもテレイアの話はとまらない。なるほど、だからそんな男でも、そこそこ執着しているわけか。
「だからあたい、教えてやったんだ。霧はきっと悪魔の仕業だ! アンタじゃ絶対かなわないって。だから、だからっ! あ、あたいと一緒に逃げようって!」
顔を赤らめテレイアは声を張り上げる。浮気の修羅場から、一緒に逃げよう宣言したのか。
「それは、すごいわね」
ソフィアも思わず感心してしまう。呆れの入ったソフィアの声を、違う意味にとったのだろう。テレイアはさらに話を続ける。
「だろ? でもさー、アイツ、バカだからさー、自分のことわかってねーんだよ。俺はビッグになる男だーって。逃げたいなら一人で行けって。俺がビッグになってから後悔したってしらねーぞって」
テレイア自身はこの街から逃げることで心が決まっている。しかし、彼は実力を過信して耳を貸さない。それでここでクダを巻いていたわけだ。昨日発した恐怖心の割に平和そうでソフィアは少し安心した。
「……あなたの方が強いんでしょう? 力づくで連れて行ったら?」
「あたいの方が強いって知ったら、アイツ、あたいのこと嫌いになるよ」
「それ、遅かれ早かれ破局するんじゃない? 彼の方が強くなれる見込み、あるの?」
「……ない」
先ほどから聞いていて思ったが、そんな男のどこがいいのか。
ありのままの自分を受け入れてくれないことも、共に歩く未来が無いこともテレイアには分かっているのに。
おそらくテレイアの中でも答えは出ている。きっと彼女は情の深い女で、だから踏ん切りがつかないのだ。きっと、背中を押して欲しいのだろう。
ソフィアがふと視線を上げると、テレイアの背後に笑顔のアモルが立っていた。
きちんと変装しているらしく尻尾を隠しているけれど、不機嫌そうに揺れているのが幻視できるようだ。
「はぁ、どうしよう……」
呟いたのはテレイアだけれど、この瞬間だけはソフィアも同じ気持ちになった。
幸いにも、背後に立たれたテレイアはアモルの存在に気付いていない。ここは、主らしく毅然とした態度で乗り越えよう。
『ジャ・マ・す・ん・な!』
両手で頭を抱えてうつむくテレイアに気付かれないように、キリリとした表情のソフィアが口パクでアモルに命令すると、アモルは口元に手をやり小さく震えた。どうやらアモルにウケたらしい。笑いをこらえているようだ。
『飲・ん・で・て!』
ズビッシーとソフィアがカウンターを指すと、おとなしく向かって着席をした。
無言でソフィアに給仕してくれたマスターが、アモルにも無言で酒を出す。グラスを傾ける仕草が妙に堂に入っていて、一杯飲みつつ時間待ちをする、しゃれた男の出来上がりだ。
ただし、意識はこちらに向いていて話をめっちゃ聞いている。まぁ、それくらいならいいとしよう。
ソフィアも手元のグラスに口をつけると、そのままテレイアの恋愛相談を継続する。ここまで来たら、最後まで付き合わねば。
「そいつさ、今日の浮気相手の他にも、女いるんじゃないの?」
『いるよね?』とアモルに視線で問うと、『いるでしょうね』とばかりに頷いて返事を返す。一体どこから話を聞いていたのか。
「ねぇ、答えはもう、出ているんでしょ? 例え彼に駄目な所がなかったとして……。例えば彼が浮気なんかしなくて、あなただけを愛してて、何か譲れない理由でこの街に残るとしてよ、あなた、彼と共に死ねる? あなたのそれは……」
依存じゃないのか。そう言おうとしたソフィアをテレイアが遮る。
「言わないで。……わかってんだ。あの程度の男なんていくらでもいる。でもさ、あぁ、なんでこんなにあたいは弱くなっちまったんだ……!」
テレイアの涙の匂いに、ソフィアの心はさざめく。人間の儚さが懐かしくて、少し切ない。
だからソフィアは、魔力を込めてテレイアに語り掛けた。
「<あなたは強い人だわ>。心が渇いていた時に与えられた水を美味しく感じてしまっただけ。凍える暗い夜に焚き木を心地よく感じてしまっただけよ。この世にはもっとあなたに相応しい美酒があるし、暖かな暖炉もある。それを手に入れるだけの力が貴方にはあるわ」
「本当にそう思ってくれるかい?」
「えぇ。保証するわ」
貴女の血は、とても美味しかったのだから。
「……きっと、あたいは誰かに背中を押して欲しかったんだな。ありがとう」
ソフィアの言葉に、テレイアはようやく決心がついたらしい。少し寂し気な笑顔を見せたテレイアにソフィアが再び語り掛けた。
「夜明けまでは時間がある。<少し眠るといい>わ。あなたはここで、夢を見たのよ」
「そ……だ、ね……」
ソフィアの言葉に従って、テレイアは酩酊した酔っ払いのように、机に伏して意識を失う。深い眠りに落ちたのだ。
その眠りを妨げないように、ソフィアは静かに店を出る。その後ろにはアモルが静かに付き従う。抜け出したことを怒っているのか、さっそくお小言を言って来る。
「ソフィア様、どうか、お一人でお出かけになるのはおやめください」
「嫌よ。それにこうしてすぐにアモルが見つけてくるじゃない。来なければ呼ぶし」
「そういう問題ではございません。それにいつでも私が来れるとは限りません」
「前も言ったと思うけど、その時は、私の方から探すわよ。……私には、アモルの代わりはいないんだから」
外はすっかり日が落ちて、代わりに月が夜道を照らしていた。
「有意義な夜だったわ」
誰ともなしにソフィアは呟く。テレイアと過ごした時間は、様々な見識をソフィアにもたらしてくれた。
「……霧の魔物、でしたか。お聞きにならないので?」
ソフィアの呟きを質問ととらえたのか、アモルの方から切り出してきた。
「聞いて答えてくれるなら、もう話してるでしょうに」
この酒場で飲んだお酒は、何の味もしなかった。そして、弱い者には耐えられない霧の魔物。その正体に、ソフィアはもう、気が付いている。
そして、もう一つ。テレイアと過ごして理解できたことがある。
彼女との時間は楽しいものだった。それは偽らざる真実で、けれど同時に、人間と自分とが異なる世界の生き物であると、はっきり認識できてしまった。意識を容易に操れる相手と、どうして対等な関係が築けようか。
ヴァンパイアであるソフィアは、例え空腹でなかろうと、彼女たち人間と友誼を結べはしないのだ。
「アモル、彼女たちに手を出してはだめよ。折角、解放したのだから、最後まで自由にさせてあげて」
「仰せのままに」
悪魔は約束を守る生き物だ。アモルが承知したのだから、テレイアは無事に街を出られるだろう。
かつて貰った血の代償は支払われた。テレイアが新たな人生を歩めるかどうかは、これからの彼女自身にかかっている。
■□■
「テレイア、起きて。明日出発だっていうのに、こんなところで寝て……」
ゆすり起こされてテレイアが目を覚ますと、そこにはプリメラが立っていた。
「あ……? あたい、プリメラと飲んでたんだっけ?」
「違うわよ! 今日はスースだってちゃんと部屋で寝てるっていうのに。ほら、さっさと帰って寝るわよ。明日早いんだから!」
プリメラは帰ってこないテレイアを心配し、探しに来てくれたらしい。商人であるプリメラに戦う力はない。安全な街中であっても、夜道は心細いはずだろうに。
「……なぁ、カニスは?」
「……この街に残るって。部屋にも戻ってない」
「そうか……」
テレイアとプリメラは黙って座っていたテーブルを眺める。
この席は、テレイアが男と出会った席でもあるけれど、この街に逃げ延びた女たち4人がささやかな祝いを設けた席でもあったのだ。
テレイアとプリメラは黙って店を後にする。
客のいなくなったテーブルには、空のグラスだけが残されていた。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
テレイア「浮気男はポイ」
ソフィア「うわ、テレイア、っょぃ」




