あ る日の、ログイン *
最近話題のお絵かきAI、Midjourneyに挿絵を描いてもらいました。
アモルがなぜか髭もじゃ男になってしまうので、黒塗り悪魔になっています(笑)
タイトル後ろに*マークが挿絵ありになります。
真っ暗な泥濘から、意識がゆるゆると浮上していく。
精神と肉体が重なって同一化していくにつれて、彼女――ソフィアは自分が何者であるのかを知覚していく。
――ログインとはこのような現象だったろうか。
そんな疑問が、持って生まれた肉体の形と共におぼろげになるに従い、電脳空間に新たな肉体が構築されるのだろう。目覚める先の世界は、フルダイブ式の多人数参加型オンラインRPG「Gate of Gran Guignol―グラン・ギニョルの門」。
亜人や獣人、魔人が跋扈する幻想の世界に、ソフィアという名の吸血鬼が目を覚ました。
「本日もご機嫌麗しく、我が君」
軽薄な笑いを浮かべた悪魔が、今日もベッドから起き上がるソフィアの側に侍る。
日に焼けた肌にチャコールのジレ。黒の短髪をオールバックにし、反射のきつい眼鏡で目を隠した姿は離れてみれば銀行マンか政治家秘書だが、言動が伴うととたんに胡散臭くなる。
彼の名は、アモル。プレイヤー一人に一体つく、サポートNPCだ。
サポートNPCの性格や種族、外見は、プレイヤーが好みに合わせて設計できるオプション設定と、性格診断から自動設定されるデフォルト設定があって、アモルはデフォルト設定のままだ。
自分のアバター作成で力尽きていたところに、美麗ではないがイケメンな好みのキャラが現れたので、名前を一文字変えただけでそのままOKボタンを押した。正直なところ、動くとここまで胡散臭くなると思わなかったのがソフィアにとっては誤算と言えなくもない。そして、それ以上に思いもよらなかったがアモルの性格である。
「おはよう、アモル。今日は誰かログインしている?」
「いえ、どなたも。ここにおられるのは、今や我が君だけでございます」
「シビュラさん、昔は顔出すくらいはしてくれていたのに。……忙しいのかしら」
ソフィアは寂し気にため息を吐いた。
普通に会話が成立するとはいえ、ソフィアは人工知能を頭脳とするNPCと人間が操っているプレイヤーを同一視したりはしない。プレイヤーの中には自分好みの外見を持ち、プレイヤーに献身的に尽くすNPCに愛情を抱く者もいるけれど、ソフィアは自分に都合がいいばかりのNPCより、エゴや自我を含めて相手を理解したいと思う。暴言を吐かれても揺らぐことなく最適な回答を返すAIより、ちょっとした失言でたやすく揺らぎエラーを起こす心というものに興味があったし、それを尊いものだと感じるからだ。
シビュラさんというのは、ソフィアが所属するギルド、『ファタ・モルガーナ』のギルドマスターだ。リアルの仕事が忙しい人だったから一緒に遊んだ記憶は少ないが、「ギルマスだからね、みんなの顔見に来たのさ」などと言っては定期的にログインしてくれていたのに、最近はその形跡もない。
(あの病気じゃないといいんだけど……)
実のところ、何の音さたもなくギルドメンバーがいきなりログインしなくなる、というのは珍しくない話なのだ。そしてその原因は、皆同じ。とある病に起因する。ソフィアは嫌な予感を振り切るように頭を振ると、視線を天蓋の薄布の向こうに控えるアモルへ向けた。
ちなみにここはギルドハウスに割り当てられたソフィアの私室だ。西洋風の城を思わせる豪華な部屋に、これまた天蓋付きの豪華なベッドが置いてある。『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』ではログイン、ログアウトはベッドで行う。ギルドハウスや、所有する家がない人は、街の宿屋で。
このゲームは変にリアリティーを追求する仕様になっていて、ログアウトしている間もアバターが仮想空間に残る。短時間の離席ならサポートNPCが守ってくれるが、モンスターの出没するフィールドでログアウトして戻ってくると、サポートNPCともども死んでいたとか、街中に放置していたら盗賊に身ぐるみはがされていたというのは、初心者によくあるトラブルだ。
パネル式の操作画面の代わりに、サポートNPCとの会話で様々な操作を行うことも特徴の一つだろう。不便だというユーザーもいるが、ゲーム世界への没入感は高く、熱烈なファンも多い。
サポートNPCの用途は操作画面の代わりから、チュートリアルやヘルプ機能、狩りのお供まで幅広く、常にプレイヤーの側にいる。だからアモルがソフィアの寝室にいるのもおかしいことではないのだが、変にリアルな仕様な分、女性の寝室に男性が控えている事実は違和感を覚えてしまう。
(今の体はアバターだし、アモルはNPCなんだけどね……)
端的に言えば、アモルに寝顔を見られるのが、ソフィアは少し恥ずかしい。
「このアモル。我が君さえいて下されば、何も望むことはございません。どうぞその薄絹の向こうから、貴女のしもべに姿をお見せになってください」
しかも、こいつはこんなキャラだ。
インテリヤクザ風の外見のくせに、口調は丁寧、態度は下僕。ミスマッチが過ぎる。
サポートNPCはその目的上、プレイヤーへの忠誠心は高く、デフォルトでは部下のようにふるまう者が多いのだが、設定時にオプションをいじれば友人から恋人、兄弟や親のようにふるまうようにもなる。
その辺りの項目は“キャラクター”としてカテゴライズされているが、言動とは別に“性格”と呼ぶべき隠しパラメーターもあるのではないかとソフィアは思っている。
(せめてキャラクターだけでも変更しとくんだった……)
今となっては変えようがないが、アモルの見た目と性格で、丁寧キャラを演じられると、騙されているんじゃないかと疑ってしまう。
「アモルー、呼び方。名前で呼びなさいって言ってるでしょ」
「ソフィア」
(今日は呼び捨てで来たか)
「様」
わざと間を開けて「様」を付けたアモルを、ソフィアはベッドの天蓋越しに睨む。少し離れた位置で畏まって控えているが、薄布越しのシルエットでも、尻尾がゆるゆると揺れているのが見える。今日もこの悪魔の機嫌はひどく良い。
アモルは紳士な言動に反して、悪魔という種族と見た目に似合った、なかなかにいい性格をしている。「我が君」などと呼べば嫌がるのを分かった上で、こうして今日も絶妙な距離感でソフィアを揶揄って楽しんでいるのだろう。
こんなやり取りはいつものことだ。悪趣味なジョークも機知に富んだウィットも使いこなすアモルの言動は、下僕悪魔ロールに忠実なプレイヤーかと思うほどに自然で語彙に富んでいる。
これこそが、MMORPGをこの時代の最大の娯楽にまで押し上げた“エンキドゥ・システム”。自律思考型AI“エンキドゥス”によって構築された模擬人格だ。今やこのエンキドゥスは、多くのゲームに採用されるだけでなく、電脳空間に構築されたありとあらゆる社会において、激減した人口を補う役目を果たしていた。
そう、AIにコミュニケーション能力が求められるほど、ソフィアの生きたこの時代、世界の人口は激減していた。
※※ サブタイトル頭文字当てクイズやってます。
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ルール詳細は活動報告に掲載しています。参加お待ちしてます! ※




