第97話
僕がダッデウドの歴史について尋ねたのは、当然ながら、自分の力の源について詳しく知りたいと思ったからだ。
そのためには、ゲドルドやグレゴリオのことを、きちんと知っておく必要があった。
しかし、理由は他にもある。
僕は、自分がダッデウドであるにもかかわらず、そのダッデウドのことを、あまりにも知らない。
一体、自分はどのような存在なのか。
それを、きちんと知っておきたかった。
僕の言葉によって、ベルさんは動揺した様子だった。
いや、ベルさんだけではない。レレも動揺したように見えた。
ルティアさんも一瞬動揺したような顔をしたが、ベルさん達より上手くごまかした。
ベルさんは、平静を装いながら、いつものように色々なことを話してくれた。
それを聞きながら、ルティアさんは心配そうな顔をしていた。
ダッデウドは元々、帝国の東にある巨大山脈よりも、さらに東に住んでいたらしい。
僕の祖先にあたる人々は、一時的に広大な領土を占領したそうだが、グレゴリオなどの実力者がいなくなってからは次第に追いやられ、海路を使って南の王国に逃げ込んだという。
しかし、当時の王国は今よりも排他的だったらしい。
加えて、強すぎる日射しがダッデウドの体質と合わず、やがて彼らは北上して、現在の帝国の領土に辿り着いた、ということだった。
ダッデウドは、当初はその地方にいたオットームから歓迎された。
だが、やがてダッデウドの凶悪さが知れ渡ると、徐々に迫害されるようになる。
そして、ダッデウドは南の王国に近い地域に集落を作り、そこで暮らすようになったそうだ。
それこそが、僕達が目指しているダッデウドの里である。
一通りの話を聞いた後で、僕はゲドルドやヴェルディア、グレゴリオといった、ダッデウドの歴史上の人物達のことを尋ねた。
これには、ベルさんも話しづらそうな様子だったが、それでも色々な話が聞けた。
ゲドルドは、ダッデウドの男の性質を象徴する存在だと言われているそうだ。
彼は、相手がダッデウドであれ異民族であれ、気に入らない者は殺し、欲しい物は奪い取り、気に入った女は犯したという。
そんなゲドルドについては、ダッデウドの中でも評価が分かれており、激しく嫌う者と、高く評価する者がいるという。
ちなみに、ベルさんは予想通り後者だった。
ベルさんにとって、ゲドルドはダッデウドのあるべき姿らしい。
だが、ゲドルドのような男が今も存在したら、恋愛対象になるかは会ってみないと分からないそうだ。不思議な感性である。
そんな残忍なゲドルドが唯一大切にしたのが、妹のヴェルディアだった。
2人は実の兄妹ではなかったという説や、実の兄妹であったのに肉体関係があったという説があり、今でも様々な憶測がなされているらしい。
まあ、昔は、近親者の間で肉体関係を持つことがタブー視されていなかったらしいが……。
ベルさんも含む一部のダッデウドにとって、ゲドルドが憧れの存在である理由として、ヴェルディアの存在が重要であるそうだ。
ゲドルドは、他のあらゆる人間に対しては極悪非道な行為をしていたのに、ヴェルディアのことだけは溺愛していたという。
自分を大切にしてくれるゲドルドに対して彼女も積極的に協力し、強力な攻撃魔法を駆使して、ゲドルドを討伐しようとした国を滅ぼすことに協力するなど、彼を支えるための様々な活躍をしたそうだ。
そのヴェルディアの立場に憧れる女性は多いらしい。
なので、2人目以降の子供が女の子だった場合、ヴェルディアを連想させる名前を付ける親が今でも多いそうだ。
そういう由来であるならば、ベルさんが自分の名前の由来を聞いてショックを受けた理由が分からない。
ベルさんは、ゲドルドのことは高く評価しているのだから、ヴェルディアの立場に憧れても良さそうなものだ。
理由を尋ねたが、ベルさんからは曖昧な答えしか返ってこなかった。
その様子から、ヴェルディアには何か重大な秘密がありそうだと感じたが、直接それを尋ねても、本当のことを教えてもらうことは出来ないだろう。
僕は、ヴェルディアについて尋ねるのはやめて、グレゴリオの話を聞くことにした。
グレゴリオは、ゲドルドやヴェルディアよりも後の時代の人物らしい。
彼については、いかに強かったか、という話と、妻を大切にしていた、という話の他には、戦場でどれだけ活躍したか、という話しか聞けなかった。
彼らの話を聞いて僕が感じたことがある。
それは、ダッデウドの歴史上の人物のことは、全く魅力的だと感じられない、ということだ。
まず、ゲドルドは論外である。
彼が単なる極悪人であったことは明らかであり、同胞であるはずのダッデウドにも多大な被害を及ぼしたはずなのに、魅力的だと感じる人間がいることは理解できない。
ヴェルディアは、ゲドルドから溺愛され、大事にされていたという。
そんな彼女は、ゲドルドに協力して多くの人を殺したようだが……極悪人であるゲドルドを、そのように支えた理由が理解できない。
ゲドルドを止めることができたのは、ヴェルディアだけだったはずだ。
仮に、まともな感性を持った女性が彼女の名前を付けられたら、酷くショックを受けるだろう。
そう、名前を付けられたのがベルさんでなければ、全く不思議に思わないことなのだ……。
グレゴリオは、ダッデウドにとっては英雄とされている。
次々と隣国を征服し、ダッデウドに一時的な繁栄をもたらしたのだから、そのような評価を受けても不思議ではない。
それに、彼はダッデウドを殺したりはしなかった。
また、妻を大切にする人格者とされている。
ゲドルドよりもダッデウドから評価されるのは当然だろう。
しかし、グレゴリオの妻が死に、彼が力を失った後で、ダッデウドは苦難の歴史を辿ることになる。
闇雲に領土を広げようとした結果、人が分散して、ダッデウドの守りを薄くした責任は重いように思えた。
また、グレゴリオは、異民族のことは容赦なく虐殺した。
相手が女性や子供であっても構わずに殺し、降伏した相手を惨殺することを繰り返した。
後に、ダッデウドが激しい憎しみの対象とされ、追放されたのは当然の末路だと言うべきだろう。
それは、帝国の領土にダッデウドが来ることにつながり、そのせいで苦しんでいるダッデウドが現在でも多数いるのだ。
グレゴリオの罪は重い、と僕は思う。
そういった感想を抱いた後で、僕は自分が分からなくなってしまった。
僕は、間違いなくダッデウドだ。
その証拠は髪の色だけではない。ゲドルドやグレゴリオと同じようなことを、僕自身が行っているのである。
一方で、僕が元々持っていた価値観や倫理観はオットームのものだ。
幼い頃からの、おじいちゃんからの教育の影響である。
だが、今ではダッデウドの特徴である残忍な行為を平然とやっている。
自重しているのは、クレア達がいる前だけだ。
自分は、一体何なのか?
そんな疑問が、僕の頭の中を支配していた。




