第86話
「おい、ヴェル! 安易に帝国の人間を殺すな!」
ルティアさんが慌てた様子で叫んだ。
「どうして? こいつらは、ダッデウドを発見したら問答無用で捕えようとするはずよ? 適当な言葉で丸め込んだら、見逃してもらえるとでも思ってるの?」
「だとしても、隊員が殺されたら、警備隊の報復感情は強くなるはずだ! 逃げるなら、魔法で動けなくすればいいだろう!?」
「分かってないのね。オットームなんて、減らせる時に減らしておくべきなのよ」
「とにかく、ここから離れましょう! 警備隊員がここにいるということは、この近くに警備隊が来ているということです!」
このまま口論を続けると逃げ遅れそうなので、僕は割って入った。
「そうね。相手がオットームでも、寝込みを襲われたら危険だわ」
僕達はその場を立ち去り、休むのに適した場所を探した。
かなりの時間をかけて森の中を歩き、ミスティやノエルの体力が限界に近付いたため、僕達は木が密集した場所を選んで休むことにした。
翌朝起きた時には、皆疲れた顔をしていた。
無理もない。予定より長く歩いて疲れており、睡眠時間は短かった。
しかも、明るくて眠りにくかったうえに、敵が襲撃してくるおそれもあったのだ。
とても、ゆっくり寝られるような状況ではない。
「皆、辛いでしょうけど、今日は先を急ぎましょう。この近くに、まだ警備隊がいるかもしれないわ」
「そうだね。ヴェルが隊員を殺したせいで、相手は必死になって私達を探しているだろうからね」
そう言って、ルティアさんが白い目でベルさんを睨んだ。
「何よ。私は悪くないわ。もしも警備隊に見つかったら、その時は戦うだけよ」
「気軽に言わないでくれ。敵が何千人も押し寄せてきたらどうするつもりなんだ?」
「来ないわよ、そんな人数。警備隊は軍隊じゃないんだから」
ベルさんは呆れたように言った。
確かに、いきなり追手が数千人に膨れ上がることは考えづらい。
ノエルが住んでいた村で僕達を待ち構えていた連中ですら、人数は数百人だったはずだ。
だが、いずれは、そのような数の敵との戦いも、覚悟しなければならないだろう。
そんなことを考えていると、突然レレが声を上げた。
「待ってください! あっちに、人がたくさんいます!」
「……警備隊の人間かしら?」
「分かりません。音や気配で、多くの武装した人が、西に向かって進んでいることは確かですが……」
「どうする? まさか、正面から戦うのか?」
ルティアさんが尋ねると、ベルさんは首を振った。
「さすがに、そんなリスクを冒す気はないわよ。迂回しましょう」
僕達は、謎の集団を避けるために、東に向かって進んだ。
「大分進んだわね。これで、やり過ごせたかしら?」
ベルさんが尋ねると、レレは首を振った。
「駄目です。まだ、大勢の人が進行しているみたいです」
「何ですって……?」
「まずいな。それ程の人数が行進している、となると……」
ルティアさんの言葉に、ベルさんが頷く。
「行進しているのは……帝国軍、でしょうね」
ベルさんの言葉を聞いて、僕達は顔を見合わせた。
帝国の軍隊は、人数も戦力も、警備隊とは桁違いだと聞いている。
もしも、行進している帝国軍に、こちらの存在を知られれば……この人数では勝ち目がない。
それどころか、逃げ切れるかも分からないのだ。
絶対に接触は避けなければならない。
「離れてやり過ごしましょう。せっかくだから、少し休んだらいいと思うわ」
ベルさんの提案に、反対する者はいなかった。
元々、僕達は睡眠不足なのだ。休めるなら休みたいのである。
僕達は、帝国軍らしき集団から距離を取って休んだ。
何かのきっかけで軍に発見されるおそれがあるので、安心しきっているわけにはいかないが……正直に言えば、休むことができるのはありがたかった。
特に、体力の乏しいミスティは、すぐにぐっすりと眠ってしまった。僕の意識も、すぐに遠のいていった。
どの程度の時間が経っただろうか?
突然けたたましい笛の音が鳴り響き、うとうとしていた僕は目を覚ました。
「ここに怪しい連中がいるぞ!」
男が叫んでいる。
帝国軍に見付かってしまったのかと焦ったが、それは違った。
笛を鳴らし、叫んだのは、警備隊員の恰好をした男だ。
他にも、数人の警備隊員がいる。
2人の隊員が殺されて、犯人をずっと捜していたのだろう。
ベルさんの行動は、相変わらず早かった。
僕達を発見した警備隊員を、光の糸の魔法で全員始末する。
「……」
ルティアさんは文句を言いたそうな顔をしたが、今度は何も言わなかった。
「騒ぎを聞きつけて、帝国軍が来るかもしれないわ。早くここから離れましょう」
ベルさんに促され、僕達は動き出した。
警備隊と帝国軍を同時に敵に回したら、それこそ勝ち目がない。
引き返すような方向になってしまうものの、帝国軍らしき集団が行進していた方向とは反対に逃げた。
かなり道が悪い。
石や木の根、枝や枯れ葉で、何度も足を取られそうになる。
しかし、普通の道を歩いて、帝国軍と鉢合わせになるリスクは冒せない。
補助魔法が使えないクレアとノエルとミスティは、かなり辛そうだった。
僕は、歩くのを助けるためにミスティの腰に手を回した。
それを目ざとく発見したベルさんが不満そうな顔をする。
苦労しながらも、僕達はなんとか森を抜けた。
ホッとしたのは一瞬だった。
「えっ……?」
思いもよらない光景に、声を漏らしてしまった。
僕達の前には、大勢の人間が待ち構えていたのである。
身に着けている物から、相手が警備隊だということが分かる。
さすがに数千人ということはないが……確実に千人は超えているだろう。
どうやら、僕達の動きは計算されていたらしい。
「撃て!」
隊長らしき人物の号令に従い、前に出た隊員達は一斉に攻撃魔法を放った。




