第72話
「それで、ケイト以外の者は、今どこに?」
ロゼットが尋ねると、タームは口籠った。
「……実は、お嬢様の寝室をお借りしていまして……」
「そうですか。あまり、きつく縛り上げたりはしていないでしょうね?」
「最初は、使用人の女達のことは、縛ろうと思ったんですが……娼婦達に反対されまして。今は、娼婦達が監視するっていう条件で、縛らないでおいています」
「待ちなさい。貴方、ひょっとして……自分のことを直接虐待していた娼婦達を自由にして、捕らえた使用人の監視までさせているの?」
信じられない、という口振りで、ベルさんが尋ねた。
「あの娼婦達は、俺と同じさ。世の中で理不尽に虐げられて、望んでいなかったことをしてるんだ。どっちもあのババアに嫌な思いをさせられていたから、仲良くするのは当然だろ?」
「貴方は、娼婦達のことを恨んではいないのですね?」
ロゼットが念を押すように確認する。
「当然ですよ! あの女達は、世の中の連中の誰よりも、俺に優しく接してくれたんですから! 普通の男女の関係になれたらいいのに、と話していたくらいですよ!」
「……ですが、今この屋敷に残っているのは、3人だけですよね? 他の娼婦はどうしたのですか?」
「それは……俺が散々人を殺したんで、酷く怖がりまして……別の場所に行きたいと言われたので、解放しました」
「殺したわけではないのですね?」
「違いますよ! 残ってる女達に確認してもらっても構いませんよ?」
「そうでしたか。それは幸いでした。では、貴方が現在捕らえている使用人と娼婦達を、これ以上苦しめることなく解放していただけますね?」
「お嬢様がそれを望むのであれば、そうします」
「ありがとうございます」
ロゼットが、僕達の方を見ながら言った。
「お聞きになりましたね? タームは、全員を無事に解放することを認めました。ですから、貴方達が、勝手に私の使用人や、娼婦を苦しめることは認めません。よろしいですね?」
「……納得できないわね」
ベルさんが、下着姿のまま成り行きを見守っているケイトのことを睨みながら言った。
敵意を向けられて、ケイトは震える。
彼女は、ダッデウドの恐ろしさが、身に染みて分かっているのだろう。
「どうしてですか? タームが許すと言っているのですよ?」
「分かってないのね。私は、ダッデウドを虐げた者を、自分の意志で殺しているの。被害者の感情なんて、はっきり言って、どうでもいいのよ」
「貴方は、私との約束のことを、覚えていますか?」
「……ええ」
ベルさんが、悔しそうな表情で言った。
「約束は、守っていただけますよね?」
「……守るわ。ダッデウドの名誉にかけて」
ベルさんがそんなことを言ったので、僕は驚いた。
正直に言えば、この人はロゼットとの約束を反故にするつもりではないか、と疑っていたからだ。
「ターム、生き残っている3人の使用人は、貴方に直接的な危害を加えましたか?」
ロゼットが尋ねると、タームは首を振った。
「いえ……俺は、ケイトからも、他の2人からも、何もされていません。それも、殺さなかった理由の1つです」
「そうですか。それは良かった」
「……分かったわよ。使用人のことは、無事に逃がすと約束するわ。でも、娼婦の3人のことは、簡単に許すつもりはないわよ?」
ベルさんがそう言うと、タームは顔を顰めた。
「何言ってんだ、あんた? あの娼婦達は、俺を虐げたりはしてないぞ? むしろ、世の中の連中より、俺を含めたダート人に対して好意的なんだが……?」
「関係ないわよ。私が娼婦達を許せないの」
「ベルさん。それは、さすがにおかしいですよ」
僕がそう言うと、ベルさんは不快そうな顔をした。
「何を言ってるの? タームは、肉体的な欲求のせいで、娼婦達を美化しているかもしれないじゃない」
「そんな証拠はどこにも無いでしょう?」
「証拠ですって? 主人がタームを虐待することを手伝ったんだから、殺されて当然でしょ?」
「どうして、ダッデウドに対して好意的なオットームを、積極的に殺そうとする必要があるんですか? むしろ、生かしておいた方が、ダッデウドにとって利益になりそうなのに……」
「目障りだからに決まってるじゃない」
「……」
「あんたこそ目障りだ。さっさと、ここからいなくなってくれ」
呆れた様子でタームがそう言うと、ベルさんは鋭い目で彼を睨み付けた。
「裏切り者が何を言っているの? この場で殺されないことに、感謝してほしいものだわ」
「あんたみたいなのがいるから、ダート人はオルト人から差別されるんだろうな」
「他人事みないに言わないで。貴方だって、凶悪な殺人鬼として、後世に名を残すはずよ? 貴方がオットームを殺したことには正当性があるけど、そんなことを、オットームは誰も認めないでしょうね」
「そりゃそうだろ。俺は、命乞いをしてる奴だって、たくさん殺したんだ。助けた女達のことだって、散々弄んだ。自分が極悪人だっていう自覚はあるさ。でも、そんな俺だって、特に恨んでもいない人間のことを、わざわざ殺したりはしないぞ?」
「人間の感情なんて、一瞬で変わってしまうような、不確かなものだわ。本当に大切なのは、民族の血のつながりなのよ」
「くだらねえ。何を馬鹿なことを言ってるんだ、あんた?」
「何ですって!?」
「ベルさん。これ以上貴方がここにいても、混乱を招くだけです。今すぐ、レレ達の所に戻ってください」
僕がそう言うと、ベルさんは、ついに泣きそうな顔になった。
「ティルト……貴方も、タームと同じ意見なの?」
「違いますよ。僕は、オットームよりは、ダッデウドのことの方が好きですから」
「本当に……?」
「でも、僕はダッデウドのことよりも、クレアの方が好きです」
「……」
「ベルさんは、あまりにもはっきりと、物事を割り切りすぎです。人間は、そんなに単純じゃないと思いますよ?」
「私は、何も間違ったことを言ってないわ!」
そう叫んで、ベルさんは外に飛び出して行った。




