第69話
「今回も、私が、皆さんのことを恩人として紹介します。おそらく、お婆様とは容易に会うことができるでしょう。その後は、なるべく犠牲が少なくなるようにお願いします」
ロゼットが、ベルさんの様子を窺いながら言った。
彼女が、約束を反故にしないかと警戒しているのだろう。
「分かっているわ。殺すのは、タームという少年に、直接的な危害を加えた者だけよ」
ベルさんがそう言うと、クレア達は意外そうな顔をした。彼女達は、僕達の取引について知らないのだ。
どうやら、ベルさんはロゼットとの約束を守るつもりらしい。少し安心した。
「……あっ!」
僕は、重大なことを思い出した。
色々あって、すっかり忘れてしまっていたが、あの話はベルさんに伝えねばならない。
「どうしたのよ?」
ベルさんが、怪訝な顔をして僕を見る
「宿の主人が、気になることを言っていたんですよ。タームという少年と、娼婦達が親しげにしていた、という話です」
「……何ですって?」
ベルさんが眉をひそめた。
僕が目を向けると、ノエルが頷く。
あの話は、僕と彼女だけが聞いたのだ。
「あの話が本当なら、タームは、娼婦達のことを憎んでいないかもしれません。だとしたら、安易に殺すと、最悪の場合、タームと敵対することになるかもしれませんよ……?」
「冗談じゃないわ。タームを虐待しているのは、ロゼットの祖母と、その娼婦達なのよ?」
「だとしても、タームは、娼婦達と仲良くなったのかもしれないじゃないですか」
「監禁された被害者は、自分の身を守るために、自分を監禁している者に対して好意を抱いてしまうことがあるの。だから、タームが被害者で、娼婦達が加害者であることには変わりないわ」
「……そうなのかもしれませんけど、タームが娼婦達を許すつもりなら、安易に娼婦達を殺すべきではありません。きちんと、本人の意思を確認しないと……!」
「静かにして! 様子がおかしい!」
突然、レレがそんなことを言った。
「どうしたの?」
「酷い臭いがする。たくさんの死体が、腐ったような……」
「えっ?」
屋敷の方に顔を向けて集中すると、レレが言ったことが本当だと分かった。
吐き気を催す、この臭いは……あの別荘で、多くの人間が死んだことを意味している。
「……そんな、まさか!」
ロゼットが、慌てて別荘に向かおうとするのを、ベルさんが止めた。
「待ちなさい。あの別荘で何が起こったか、分からないのよ?」
「ですが……!」
「私とティルトで、様子を見てくるわ。ロゼット、貴方には案内をお願いするわね?」
「……分かりました」
「ディフィ、ノエル達をお願い」
ベルさんがそう言うと、レレは頷いた。
僕とベルさんとロゼットは、別荘に向かって、慎重に進んだ。
近付くにつれて、臭いが強くなってくる。
「……」
ロゼットの顔色が悪い。
都会育ちの彼女には、この臭いを嗅いだ経験がほとんどないのだろう。
「吐くなら、人目に付かない場所でして」
そんなロゼットに対して、ベルさんが無慈悲に告げる。
「……大丈夫です」
ロゼットは気丈に答えたが、無理をしていることは明らかだった。
どうやら、臭いは庭からしているようだった。
僕達がそちらへ行くと、臭いが強くなる。
庭は、広い範囲が掘り返されていた。
どうやら、かなりの数の死体が埋められているようだ。
浅く埋めたらしく、死体の一部が地表にはみ出している。
「うっ……」
ロゼットが、口を押さえて苦しそうにしている。
「これだけ広い範囲が掘り起こされていて、これだけの臭いがすることを考えると……この別荘の人間は、ほとんど死んでいるのかもしれないわね」
鼻と口を押さえながらも、ベルさんが淡々と話した。
「でも、一体誰が……?」
僕が尋ねると、ベルさんは呆れた様子で僕を見た。
「貴方、そんなことも分からないの?」
「ベルさんには分かるんですか?」
「よく考えてみなさい。例えば、強盗がこの別荘を襲ったとして、死体を埋めるとは思えないわ。殺して奪って、すぐに逃げるのが普通よ。他にも、大量殺人が起こるパターンは色々と考えられるけど……何が目的であったとしても、大量の死体を埋める必要性は無いはずよ。この別荘に居座るつもりでもない限り、ね」
「じゃあ、この殺戮を行った人物は……まだ別荘の中に!?」
「そうだとしたら、死体が転がってると邪魔だから埋めた、と考えられるでしょ? この埋め方は、ゴミを埋めるような印象だから、悼んで埋葬したわけではないことは明らかだもの」
「……」
確かに、この場には花も手向けられていない。
埋め方も雑なので、適当に処理したことは明らかだろう。
「自分が、たくさんの人を殺した家に、そのまま住み続けるなんて……」
ゾッとする話だった。
一体、どんな神経をしていたら、平気でいられるのだろうか?
「きっと、この別荘の新たな支配者になることができて、嬉しかったんじゃないかしら? まあ、行き場が無くて、ここに留まるしかなかった、ということも考えられるけど……」
「……じゃあ、まさか!」
ここまで言われれば、ベルさんが誰を想定して話しているのかが分かった。
ベルさんは、僕に対して頷いてから言った。
「間違いないわ。これをやったのは、タームよ」




