第66話
レレの母親は、笑顔を浮かべたまま、こちらに近付いてきた。
思わず身構えたが、彼女は、僕のすぐ近くまで寄ってきて……僕に抱き付いた。
「!?」
「ああ、何て可愛い子なの! ディフィとヴェルが羨ましいわ!」
そんなことを言いながら、頬ずりまでしてくる女性に対して、どう反応すればいいのか分からなかった。
「……お母様、それはやりすぎです」
レレが、少し呆れた様子で言った。
「あら、ごめんなさい。だって、この子、主人が小さかった頃にそっくりなんですもの」
「えっ……?」
驚いて、レレに目を向けると、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「確かに、ティルトは、よく見るとお父様に似ています。若い頃と似ている、というのは、充分にあり得ることだと思います」
「……じゃあ、レレが僕に惚れたのって、それが原因なの?」
「そういうわけではありませんけど……」
レレはそう言ったが、彼女の様子から、それも要因の一つなのだろうと感じた。
そこまで考えて、ふと気付く。
じゃあ、ひょっとしてベルさんも……?
レレが、自分の父親のことが好きなのは問題ない。
その父親と似ている僕に親近感を抱くことはあり得るだろう。
だが、ベルさんが似たような感情を抱いたとすれば、それは……彼女が、自分の姉の配偶者に対して、好意を持っていることを意味するのではないだろうか?
僕は、ニコニコと笑っているレレの母親を見つめた。
ひょっとしたら、この人とベルさんの間には、深い溝があるのではないだろうか?
場合によっては、ベルさんが、この人のことを一方的に嫌っていることだって考えられる。
当事者に直接尋ねて真偽を確認するのは難しいだろうが……このことは、心に留めておこうと思った。
「申し遅れました。私は、ダッドルシュラと申します」
レレの母親が、笑顔を浮かべながら頭を下げる。
この人のことは、頭の中でルーシュさんと呼ぼうと決めた。
「貴方は……僕達のことを、監視していたんですか?」
僕が尋ねると、ルーシュさんはきょとんとした顔をした。
「まあ、監視だなんて。時々近くまで来て、様子を見守っていただけですよ?」
「今までも、レレと接触していたんですね?」
「はい。この子がトイレに行くときは、ヴェルだって付いてきませんでしたから」
「昨夜、宿で僕の様子を窺っていたのは……貴方だったんですか?」
「そうです。到着が遅れなければ、ノエルという少女が人を殺す前に、助けることも出来たのですが……残念です」
話していても、ルーシュさんからは敵意を感じない。
しかし、こちらの動きを探るようなことをしており、ベルさんを快く思っていないような会話をしていたからには、はっきりさせておくべきことがある。
「貴方とレレは……ベルさんと敵対しているんですか?」
僕がそう尋ねると、ルーシュさんは悲しそうな顔をした。
「それは違います。ヴェルのことは、本当に心配しているんですよ? 私にとっては、たった1人の妹ですから……。出来ることなら、何とかして守ってあげたいと思っています。ですが……あの子は、ダッデウドの多数派の意見を無視して、数名の仲間と共に、帝国を滅ぼすための破壊活動を開始してしまいました。そのために、あの子は今、ダッデウドの社会から敵視されてしまっているのです」
「えっ……!?」
あまりにも重大なことを言われて、僕の頭は真っ白になった。
今まで、ベルさんの言動は、ダッデウド社会の意見を代表したものだと信じて疑わなかった。
だが……それは、少数の過激派による暴走だったらしい。
ルーシュさんは、さらに話を続けた。
「そして、あの子はオットームを何度も虐殺して、彼らとの敵対関係を決定的にしてしまったのです。そんなことを、私達は望んでいませんでした。ダッデウドとグラートが組んで帝国と戦ったとしても、圧倒的な人数差があり、物資の量などでも勝負になりません。一時的に優勢になることはあっても、長期間戦えば、こちらが敗北することは明らかです。ですから、戦うしかなかったとしても、最終的には、こちらに有利な条件で和平を締結する必要があるのですが……」
そこまで話して、ルーシュさんは、一度首を振った。
「このままだと、和平を結ぶ際に、虐殺を行った者に責任を取らせる、という話が出てくることは間違いありません。最近では、私に好意的な方々ですら、ヴェルの首を差し出して帝国に許しを乞うべきだ、と主張するようになっています。このような事態に陥る前に、私やディフィが何度諫めても、あの子は聞く耳を持ってくれませんでした。正直申し上げて、とても困っているのです」
話を聞きながら、全身から汗が噴き出すのを感じた。
つまり、僕達は、帝国だけでなく……ダッデウドの主流派まで敵に回しているのか!?
「待ってください! ベルさんは、悲惨な境遇に置かれているダッデウドを救うために仕方なく……!」
僕は反論を試みた。
しかし、ルーシュさんは首を振った。
「あの子は、明らかに殺す必要のない相手も殺しています。それも、10人や20人では済まないほどの数を、ですよ? 仲間を救うためにはやむを得なかった、などと言っても、信じてもらえるような人数ではありません。あの子は、昔からオットームのことを毛嫌いしていました。この機会に、全てのオットームを抹殺しようとしているようにすら見えます」
「……」
ルーシュさんが言っていることは正しい。
ベルさんは、オットームの存在価値を認めていないのだ。
明らかに、1人でも多くのオットームを死なせようとしている。
僕も含めて、誰が説得しても、ベルさんは考えを改めなかった。
これからも、あの人はオットームを虐殺するだろう。
ダッデウドは、皆がそういう態度なのだと思っていたのに……。
大変なことになってしまった。僕は頭を抱えた。




