第64話
「何ですって?」
ダッデウドに対する差別を肯定するようなことを、オットームであるロゼットに言われて、ベルさんの口調には怒気が含まれる。
僕は、彼女がロゼットを殺すのではないかと不安になった。
様子を窺うと、クレア達も同じことを心配しているようだ。
「貴方は、ダート人が、オルト人に差別されるようになった原因を、ご存知ではないのですか?」
ロゼットが尋ねると、ベルさんは鼻を鳴らした。
「ダッデウドの魔法が強力すぎて、オットームから恐れられたからよ」
「それは違います。欲望を暴走させたダート人が、たくさんのオルト人を殺したからです」
「!」
思わず、クレア達と顔を見合わせてしまった。
それから、皆が全裸だったことを思い出し、慌てて目を逸らす。
「それは、オットームがダッデウドを虐げたから、身を守るためにやったことよ」
ベルさんがそう言うと、ロゼットは首を振った。
「確かに、それが決定的な亀裂を生んだことは否定しません。しかし、ダート人が呪われていると言われるようになったのは、その前の出来事が原因です。例えば、あるダート人の男性は、恋人である女性が自分に従わないことに腹を立てて、その恋人のことを、彼女の家族もろとも殺してしまったそうです」
「なっ……!」
とてつもない話を聞かされて、僕は驚いた。
前々から、ダッデウドは本当に呪われているのではないか、と思っていたが……その予感は正しかったのかもしれない。
「そういう犯罪は、オットームの社会でだって、珍しくないわ」
「それだけではありません。他のダート人は、自分が気に入ったオルト人の女の子に次々と声をかけ、交際を断った女性は全て凌辱して惨殺しました。他にも、多数の女性を脅して監禁し、散々弄んだ挙句、その大半を衰弱死させた者もいたそうです。誘拐した女性を長期間痛め付けて、なぶり殺しにした人物は、命乞いをする女性を笑いながら殴ったそうですよ。そのような凶悪犯罪が頻発して、ダート人は、オルト人に害を及ぼすと考えられるようになったのです」
「その程度の犯罪があったから、何だっていうの? 貴方は、まるで、ダッデウドだけが異常なんだと言いたいみたいだけど、そういう男は、オットームの中にもたくさんいるわ。ついさっき、貴方やノエルが、そういう男に狙われたばかりじゃない」
ベルさんがそう指摘すると、ノエルが、恐怖を思い出した様子で震えた。
「確かにそうです。しかし、ダート人は、とにかく欲望を抑えられなかったそうですよ。そのために、恋愛関係が成立していても、ダート人が楽しむためだけに、耐え難い羞恥や苦痛を与えられた女性が、たくさんいたのです。目の前で排泄させたり、屋外での性行為を強要したり、全裸にして森の奥の木に丸一日縛り付けておいたり……。面白そうだから、などという理由でそのような行為に及ぶのは、あまりにも非道です」
「オットームの中にだって、そういうことをしてみたいと思っている男は、たくさんいるはずだわ」
「だとしても、普通はやりません。それは、オルト人にはダート人と違って、理性や倫理観があるからです」
「くだらないわね。そんなの、ちょっとしたはずみで失われるものじゃない。ノエルが身代わりにならなかったら、貴方は今頃、監禁されながら繰り返し凌辱されていたはずよ。そういうことをされても、貴方は、オットームはまともだと強弁できるのかしら?」
「オルト人の中にも、凶悪な人間が存在していることは確かです。ですが、他人に迷惑をかけるような欲望を隠そうともしないダート人に対して、オルト人が恐怖を覚えるのは当然だと思います」
「他人の欲望を理解しようともしないで拒むだけなら、衝突するのは当然じゃない。きちんと交渉すれば、ダッデウドだって抑えるべき部分は抑えられるのよ? オットームって頭が悪いのね」
「男性の剥き出しの性癖に晒されたら、誰だって拒むでしょう。生理的な嫌悪感は、どうにもなりませんよ」
ベルさんはため息を吐いた。
「やっぱり、オットームは、都合の悪い部分を隠して、自分達だけは美しいと思い込もうとしているみたいね。貴方達の、そういう、ずる賢い部分が大嫌いよ。ダッデウドがオットームと離れて暮らすようになったのは、正解だったと思うわ」
「私も同感です。欲望を撒き散らすことを、本音で語り合うことと混同するような民族と、仲良く打ち解けられるとは思えません」
彼女達の議論は、結局噛み合わないまま終わった。
ダート人は呪われている、という話は伝わっているものの、その根拠について聞いたのは初めてだった。
あまりにも衝撃的な話を聞かされて、全身から血の気が引いていた。身体の震えが止まらない。
きっと、クレア達は、僕のことを不気味な存在だと思っているだろう。とても居心地の悪い気分だ。
やはり、ダッデウドはまともな民族ではないようである。
といっても、オットームだからまともな人間だというわけではない。
オットームの中にも、外道な行為に及ぶ者がたくさんいるということを、僕は知っている。
実際に、そういう連中を何人も見てきたからだ。
しかし、自分が好意を抱いた相手に対してまで、平然と酷いことをするなんて……。
僕と他のダッデウドの差は、自分が好意を抱いた相手からは、嫌われたくないという願望を抱いているところであるようだ。
そうでなければ、僕はクレア達に対してであっても、平気で酷いことをするのだろう。
自分がそういう人間で良かった。つくづくそう思った。




