第60話
僕は、ベルさん達が起きるのを、ひたすら待った。
本当は、ノエルの様子を見に行きたかったが……彼女を刺激する可能性があるので、自重する。
しばらくして、ロゼットが目を覚ました。
「……私は……一体……」
彼女は、まだぼんやりとしている様子で、上体を起こして周囲の状況を確認する。
「ロゼット、実は……僕達は、宿の主人に眠り薬を盛られたんだ」
「……何ですって?」
ロゼットは、僕の言葉の意味が、全く分からない様子だった。
しかし、ロゼット達が眠った後で何が起こったのか話すと、彼女の頭は完全に覚醒したようだ。
「何てことなの……! あの男が、私の身体を狙っていたなんて……!」
ロゼットは、自分の体を抱いて首を振る。
顔見知りが、そんなことを考えていたなんて、気持ち悪すぎて耐えられないのだろう。
「信じられないと思うけど……事実だよ」
「……ねえ、ノエルは今どうしてるの?」
「彼女は、まだあの部屋にいるよ。クレアに付き添ってもらってる。本当は、別の場所で休ませてあげたいけど、大分混乱しているみたいで……」
「私も、あの子の様子を見てくるわ。助けてもらったお礼も言いたいから……」
もしもノエルがいなかったら、ロゼットは凌辱されていたはずだ。
そのことを考えると、ロゼットにとって、ノエルは恩人である。
ロゼットが感謝の気持ちを伝えれば、ノエルの罪悪感が軽くなる可能性はあった。
「分かった。ノエルのことをお願い」
そう言うと、ロゼットは頷き、部屋から出て行った。
「……ティルト、貴方は無事なの?」
ロゼットが立ち去った直後に、突然、ベルさんがそう言った。
「ベルさん、気が付いていたんですか?」
「さっき目が覚めたばかりよ。まだ、頭がクラクラするけど……貴方達の話を少し聞いて、大体のことは分かったわ。ノエルは、ついにダッデウドとして目覚めたのね」
「嬉しそうに言わないでください。あの宿の主人は、跡形もない状態なんですよ? 今のノエルには、ショックが大きすぎます」
「……そう。ノエルは、あの魔法を使ったの」
「ベルさんは、ノエルが使った魔法のことを知っているんですか?」
「ええ。それは、分類上は防御魔法よ」
「防御魔法!? あれが……ですか!?」
「ええ。自分に接近している対象を、徹底的に破壊する魔法よ。私も、実際に見たことは無いのだけど……たとえ巨大な岩石であっても、塵に変えるほどの効果があると言われているわ」
「そんな魔法があるなんて……」
僕は言葉を失った。
それほど強力な魔法の存在について、僕は聞いたことがない。
もしも、ノエルを本気で怒らせたら……たとえ誰であっても、無事では済まないだろう。
そこまで考えて、激しい恐怖が湧き上がってくる。
以前、僕がノエルに酷いことをした時……もしも、ノエルにダッデウドの魔法に関する知識があり、彼女が激昂していたら……僕は、宿の主人の男と同じ運命を辿っていた、ということか……!
「良かったわね、ノエルに殺されなくて」
僕が考えていることが伝わったのだろう。ベルさんは、楽しそうに僕に言った。
「冗談じゃありませんよ! 死体も残さずに、この世から消え去るなんて!」
「あら、死体なんて、残らなくてもいいじゃない。埋葬するのが面倒だもの」
「……」
とんでもないことを言われて、僕は言葉を失った。
「それにしても、ノエルがあの魔法しか使えないなら、戦力として計算するのは難しいわね……」
「そうなんですか? あんなに強力なのに?」
「あの魔法は、あくまでも防御魔法なの。あれで攻撃できるのは、触れられるほど近くにいる相手だけなのよ。しかも、全力で使ったら、魔力の残量にかかわらず、当分の間は発動させられないっていう弱点もあるわ」
「……じゃあ、今のノエルは完全に無防備なんですね?」
「本来なら、人を殺した程度で力を使い切ることは無いんだけど……あの子は、魔法を発動させたのが初めてだから、その確率は高いわね」
「だったら、ノエルの様子を見てきます。仮に、誰かが僕達を狙っていたら、クレアもロゼットも、戦うのは難しいでしょうから……」
「やめておきなさい。男性である貴方が行ったら、ノエルを刺激するわ。私が行くから、ディフィをお願い」
「……分かりました。でも、ノエルを刺激するようなことは言わないでくださいよ?」
「当然じゃない。貴方、私を何だと思ってるのよ?」
ベルさんはそう言ったが、彼女の感性は通常とはかけ離れているので、僕は不安だった。
まだ薬が残っているらしく、おぼつかない足取りでベルさんが部屋から出て行く。
やはり、ダッデウドである彼女は、オットームであるロゼットよりも、薬の影響を強く受けているようだ。
ベルさんの姿が見えなくなり、僕は、まだ眠っているレレを眺めた。
呼吸は安定しており、普通に眠っているだけのように見える。
「……お母様……」
レレが寝言を呟く。
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
戦っている時は、とても頼もしい彼女だが、今は、ごく普通の女の子であるように思える。
僕はそのまま、レレが目を覚ますまで見守った。




