第59話
「……ルト……ティルト……しっかりして!」
クレアの声が聞こえて、僕は目を覚ました。
最初に目に入ったのは、泣きそうな顔のクレア。
そして、血で染まった室内である。
慌てて上体を起こす。頭痛は消えており、身体にも痛みは無かった。
「……クレア! 怪我は!?」
そう尋ねると、クレアは首を振った。
「私は大丈夫。ティルトこそ、どこか痛くないの? 全身に回復魔法をかけたから、軽い怪我は治ってるはずだけど……酷い怪我をしていたら、その部分を特定して魔法をかけないと……」
「いや、僕はもう大丈夫だよ。ありがとう、クレアのおかげだね……そうだ、ノエルは!?」
「それが……」
クレアは、横目で部屋の隅の方を見た。
ノエルは、そこで膝を抱えていた。
明らかに正常な状態ではない。それが一目で分かるほど震えていた。
「ノエル……!」
「駄目よ!」
ノエルの方に行こうとすると、クレアに止められた。
「しばらく、そっとしておいてあげて! それと、ティルトは男の子なんだから、大丈夫だって分かるまで、ノエルには近づかない方がいいわ」
「……」
クレアの言葉で、ノエルが性暴力を受けていたことを思い出す。
そういった被害を受けた女性は、行為を行った本人でなくても、男性が近付くことに恐怖を感じるのだろう。
改めて部屋の中を見回すと、ベルさん達はテーブルに突っ伏していた。
気になって近付く。彼女達の様子を窺ったが、どうやら眠っているだけのようだ。
怪我をした様子は無いし、苦しそうにもしていない。
「さっきまで、レレだけは苦しそうにしていたけど……今は、全員落ち着いているわ」
クレアが、僕の考えを肯定するように言った。
「……じゃあ、この部屋はどうして血塗れなの? それに、あの男は……?」
「それは……」
クレアは、言いにくそうに言葉を濁した。そして、ノエルの方を見る。
「いやあっ!」
ノエルは、僕達の会話に反応したらしく、頭を抱えて絶叫した。
「ノエル、落ち着いて……! 貴方は何も悪くないのよ? 大丈夫だから……」
クレアがそう言って宥める。しかし、ノエルは激しく頭を振った。
何を言われても、それを聞くことが出来る精神状態ではないようだ。
「まさか、これは……」
部屋の中を見回して呟きながら、全身から血の気が引いていくのを感じる。
改めてノエルを見た。
最初は、彼女の様子がおかしいのは凌辱されたからだと思っていたが……それだけが原因ではなさそうだ。
そういえば、ノエルはダッデウドなのだ。
そのことを、改めて意識する。
事前にベルさんから説明を受けていた彼女は、ダッデウドが魔法を発動させる方法を知っていた。
性暴力を受けながら、酷い言葉を浴びせられていた彼女は、あの男に対する憎しみで頭が一杯になり、魔法を発動させることにつながったのだろう。
つまり、ダッデウドとして覚醒した結果が……この惨状、というわけだ。
僕は、初めて魔法を発動させた時のことを思い出す。
人を殺して、僕は激しく動揺した。
今のノエルが、あの時の僕と同じ状態なのだろう。
いや……ノエルの場合と僕の場合とでは、状況にかなりの相違点がある。
例えば、僕は、自分で殺す前に、魔物によって多くの人が殺されるところを見ていた。
また、殺した相手であるボブのことは、以前から恨んでいた。
それに、ベルさんに対して、魔法を発動させる方法を尋ねたりもしていた。
つまり、僕の時には、様々なことに対して、ある程度の心の準備があったと言えるだろう。
しかし、ノエルは、今日知り合ったばかりの相手を殺してしまったのである。
以前、僕やベルさん達が、警備隊の連中や盗賊を殺すところを見たことはあるものの……原型が無くなるような、凄惨な殺し方はしていない。
おまけに、彼女は、耐え難い行為を受けているのだ。
もはや、正気を保つのが難しくなってもおかしくない状況なのである。
「クレア、ノエルの近くにいてあげて。僕は、ベルさん達を別の部屋に運ぶよ」
「そう……お願い。この部屋は、こんな状態だから……」
そう言って、改めて現状を認識したのか、クレアの顔色も悪くなった。
「ノエルが動けそうになったら、君達も部屋を移動して。とりあえず、それだけでも多少は気分が楽になるはずだから」
「分かったわ」
クレアが頷くのを確認して、僕は、ベルさん達を1人ずつ抱え、近くの寝室に運んだ。
ダッデウドとして完全に覚醒したことで、補助魔法が自由に使えるようになっていて良かった。
そうでなければ、クレアの手を借りなければならないところだ。
3人をベッドに寝かせる。
全員、服や髪に血が付いてしまっている。再度入浴して、今着ている服は洗う必要があるだろう。
死んでも僕達に迷惑をかけるなんて……本当にろくでもない男だった。
消し飛んでくれたおかげで、もう二度と顔を見ないで済むのは良かったが……あんなのを殺したことでノエルが苦しむのは、本当に可哀相だと思う。
彼女も、あと何回かダッデウドとして目覚めれば、人を殺すことに苦痛を感じなくなるのだろうか?
そうであるならば、早くその日が来てほしいと思った。




