第49話
僕達が街の近くに辿り着いたのは、満月の夜を迎える日の昼間だった。
「何とか間に合ったわね」
ベルさんが、安心した様子で言った。
街からは、厳戒態勢を敷いている雰囲気が伝わってきた。
さすがに、大きな街では、リスクに対する備えも万全なようだ。
グラートの魔物が、満月の夜に現れることを把握しているのだろう。
僕達は、あえて街から離れた場所で身を隠した。
街の警備隊は、召喚者が接近していないか、探そうとするだろう。
その際に、発見されては困るからだ。
「ディフィ、貴方はここで、ノエルとクレアを守りなさい。街には、私とティルトだけで行くわ」
ベルさんの発言に、クレアは強く反発した。
「そんな! じゃあ、誰が街の人を避難させるんですか!?」
「そんなこと、貴方達がする必要なんて無いでしょ? 街には、充分な人数の警備隊員がいるはずだもの。避難誘導なら、あの連中がしてくれるわ」
「だからって、ここで、ただ待っているだけなんて……!」
「じゃあ、貴方はノエルをどうするつもりなの? 連れて行っても置き去りにしても、危険に晒すことになるのよ? ディフィだって、多くの人が逃げ惑う街の中で、2人を完全に守り抜ける保証は無いわ。貴方はともかく、ダッデウドであるノエルを危ない目に遭わせるわけにはいかないわよ」
「でも……!」
「クレア、悪いけど……今回はベルさんの言う通りにした方がいいと思う」
僕がそう言うと、クレアはショックを受けた顔をした。
「ティルトまで……!」
「街の中で、レレやノエルの髪が銀色であることに気付かれたら、君達を捕らえるために、警備隊の人間が押し寄せて来るよ? そうなったら、住民の避難に影響が出て、被害が大きくなるかもしれない。だから、君達は来ない方がいいんじゃないかな?」
「……分かったわ」
クレアは、一応納得してくれたようだ。
「……ごめんなさい、私のせいで……」
ノエルは、クレアに謝った。
話の流れで、自分がお荷物扱いされたことを気に病んでいる様子だ。
「貴方のせいじゃないわ。気にしないで」
クレアは、慌てた様子でそう言った。
「クレアとノエルのことは、私が守ります」
レレはそう言った。ベルさんの指示に従うつもりのようだ。
「2人をお願いね?」
ベルさんがそう言うと、レレは頷いた。
そのまま夜を迎える。
僕達は、街に近づくタイミングを伺った。
接近するのが早すぎれば、召喚者だと思われている僕達は、集中的に狙われてしまう。
決死の覚悟の相手が大勢押し寄せてくれば、こちらの魔力が尽きて、敗北することは明らかだった。
だが、駆けつけるのが遅すぎれば、ダッデウドの少年は、飼い主の老婆に連れ去られてしまうだろう。
狙うのは、混乱が発生してから、避難が始まるまでの間だ。かなり難しいタイミングである。
時間が流れるのが、とても遅く感じられた。
ひょっとしたら、グラートはこの街を襲うことを取りやめたのではないか……?
そんなことを考えていると、街から複数の人間の悲鳴が聞こえた。
僕とベルさんは、顔を見合わせて頷いた。
「行くわよ!」
ベルさんの掛け声を合図にして、僕達は街を目指して走った。
ベルさんは補助魔法が苦手らしいが、少し足を速くする程度の魔法ならば、長時間の使用が可能らしい。
僕は、ベルさんを置き去りにしないように、ペースを合わせて走る。
街に近づくと、僕達は予想外の光景を目にした。
「魔物が……違う!?」
街を襲っていたのは、4本足で動く、不気味な生き物だった。
全身が平たい印象で、月明かりを反射して黒光りしている。
口は大きく、そこから伸びた長い舌で、近付く者をなぎ倒し、足で踏み潰す。
そして、頭から何本も伸びた、触角のようなものから放つ閃光が、逃げ惑う人々を撃ち抜いた。
「これも、グラートが呼び出したのか!?」
「そのようね。一種類しか呼び出せないと見せかけて、別の種類を呼び出すなんて……。しかも、今回の方が、今までよりも遥かに厄介よ」
暴れる魔物達を見ながら、ベルさんが忌々しげに言った。
確かに、今回の魔物は厄介だ。
遠距離攻撃の手段を持っていることが、最も警戒すべき点である。
魔物の魔法が、かなり離れた場所にいる人間を撃ち抜く。
撃たれた者は、倒れてそのまま動かなくなった。
有効射程距離は、オットームの攻撃魔法より長いようだ。
1匹の魔物が、こちらに注意を向けた。
「危ない!」
ベルさんが障壁を展開する。初めて見る、彼女の防御魔法だ。
光の壁は、魔物の魔法を遮った。
ベルさんが、防御魔法を解除して、光の糸を放つ。
その魔法は、魔物の頭部を、縦に真っ二つにした。
「どうやら、あの魔物は、今までの魔物よりも脆いみたいね」
「じゃあ、不意討ちを防止するために、目に付く個体は全て駆除しますか?」
「そんなことをしたら、魔力の無駄遣いよ。無視して、ダッデウドの男の子が飼われているお屋敷を目指しましょう。一刻も早く行かないと、馬車で逃げ出してしまうわ」
僕達は、魔物が放つ魔法を警戒しながら、建物などで身を隠しつつ目的地に向かった。




