第46話
「今夜、話したいことがあるの。寝たフリをして、抜け出してちょうだい」
クレア達が他のことに気を取られている隙を狙い、ベルさんが僕に耳打ちした。
「……?」
珍しい。常に堂々と主張し、酷いことでも平然と口にするベルさんが、隠れて何かをするなんて……。
その夜、僕は、皆が寝静まったタイミングを狙って起き出した。
そして、皆からは離れた場所へ行く。そのうち、ベルさんも追ってくるだろう。
しばらく待つと、ベルさんが来た。
暗くて分かりづらいが、どうやら深刻な顔をしているようだ。
「ティルト、よく聞いて。ノエルの件についての話よ」
「……ひょっとして、ベルさんも、本当は信じてくれてないんですか?」
「ええ」
ベルさんは、僕の質問を、あっさりと肯定した。
それは、非常にショックなことだった。
「待ってください! 僕には、本当にそういう趣味は無いんです!」
「分かっているわ。貴方の目当ては、最後の部分じゃなかったんだから」
「えっ……?」
「だって、ノエルが転んで貴方を呼ぶことを、計算なんて出来ないはずよ? そうなるように細工した様子もないし……。貴方は、順調に済ますことができてもいいと思っていたはずだわ。結果的にああなったのは、想定外だったでしょうね」
「……一体、どういうことですか?」
「もしノエルと同じ状況に置かれたら、誰だって困るはずだわ。貴方は、その状況を長く続けたかったのよ。あの子を困らせて、苦しめたかったの。要するに、目的は結末の部分じゃなくて、過程の部分で嗜虐心を満たすことだった、というわけよ」
「……」
「責めるつもりはないわ。貴方がそういう人だって、最初から知っていたから。でも、大抵の人は、そういうことをする貴方を怖がって、近付きたくないと思うはずよ?」
ベルさんの言うことは正しい。
僕は、相手を選んでなぶってきたが、女性を苦しめて楽しみたい、という欲望を抱えていることは間違いない。
クレアやレレに対してそのようなことをしないのは、僕の倫理観に反していることと、彼女達に嫌われたくないことが理由である。
しかし、偶然が重なって、ノエルに嫌われないように彼女を苦しめる、ということが可能な状況が生まれてしまった。
今回と似たような事態に陥った場合……僕は、彼女達を、より苦しめようとするかもしれない。
「……僕は、自分が怖いです」
「そうでしょうね。でも……私は、貴方に協力してあげてもいいわ。いじめる相手が、オットームならね」
「ベルさん……どうして、そんなことを?」
「だって、貴方がディフィをいじめたら嫌だもの。常に満たされた状態にしてあげれば、あの子やノエルには優しくできるんじゃないかしら?」
「……いえ、そうじゃありません。きっと無駄です」
「どうして?」
「今日、ノエルの一件がある前に……僕は、警備隊員の女性をなぶって、楽しみました。それなのに、僕は紐を切ることができなかった……」
「そう……いよいよ、自重できなくなってきたのね」
「僕は、どうすればいいんですか? 以前と比べて、倫理観は希薄になってきていますし……クレアやレレをいじめるなんて嫌です」
「だったら、私がパートナーになるわ」
「えっ?」
「前に話したでしょう? ダッデウドの男性のことは、パートナーになった女性が、一生監視するの。私は、貴方の欲望を受け入れるわ。だから、貴方は私を求めてちょうだい」
「待ってください! 何度も言っていますけど、僕はクレアのことが好きなんです!」
「分かっているわ。でも、クレアはどうかしら? あの子は、スーザンっていう子を痛めつけて楽しんでいたティルトは、本当の貴方ではないと思っているのよ? そんな子に、本当の貴方を受け入れることなんて、出来ると思う?」
「……」
「私は、最初から、貴方とクレアは上手くいかないと思っていたわ。クレアには、ダッデウドである貴方を受け入れることなんて無理よ。でも、私なら出来るわ」
ベルさんが言っていることは正しい。
もはや、認めるしかないだろう。
クレアは優しい女の子だ。相手が極悪人であっても、痛め付けたり、殺したりすることには反対するはずである。
しかし、僕は、相手が悪人であれば、なぶることに抵抗がない。むしろ、積極的に苦しめてやりたいと感じる。
そして、ベルさんも、僕と似たような嗜虐心の持ち主だ。
僕の欲望が皆に知られた場合、クレアはもちろん、レレもノエルも、僕のことを恐れ、嫌いになるだろう。
だが、ベルさんは違う。僕が女性に酷いことをしても、むしろそれを応援してくれる。
そんな女性は、ダッデウドの社会にすら、あまりいないのではないだろうか?
「……でも、やっぱり僕はクレアのことが好きです。恋愛感情は、損得とは別の問題ですよ……」
「そうね。だけど、恋愛と結婚は、また別の問題なのよ?」
「えっ……?」
「オットームの社会で暮らしてきた貴方には、難しい話かしら? この人と結婚したら自分にとって利益がある、と考えたら、愛している相手でなくても、結婚するものなのよ」
「……じゃあ、クレアのことが好きでも、僕はベルさんと結婚するべきだっていうんですか?」
「そうよ」
「……」
やはり、ベルさんの価値観はよく分からない。
しかし、クレアに僕の本性を見せられないことは確かだ。
いずれは、ベルさんの考え方を、平然と受け入れてしまう時が来るのだろうか……?




