第42話
「あの……紐を切っていただくわけにはいきませんか?」
ノエルが、恐る恐る、といった様子で尋ねてくる。
「うーん……君の手を縛ってる紐は、レレが髪を結うのに使ってる物なんだよね……」
「……大切な物なのでしょうか?」
「そうだね」
本当は、その紐に対して、レレがどの程度の思い入れを持っているのか、僕は知らない。
だが、女の子は、頻繁に身に着ける物に対して、愛着を持っている場合が多いという印象がある。
そのため、安易に紐を切ることには、気が進まないのだ。
「でも……手が痺れて辛いとか、どうしても我慢できなくなったら言ってね?」
「……はい」
ノエルは、不安そうな様子で、視線を自分の身体に向けた。
やはり、女性としては、無防備な状態で男に抱えられるのは怖いのだと思う。
無論、彼女を抱える際に、僕に可能な範囲での注意はしている。
だから、胸を掴んだりはしないし、太腿を撫で回すようなこともしない。
それでも、やろうと思えば、容易にできることである。
そういう懸念を持たれてしまうのは、仕方のないことなのだろう。
「ノエル。今のうちに、言っておきたいことがあるんだけど」
「……何ですか?」
「僕は、少し前までは、君と似たような境遇に置かれていたんだ。だから、君に同情しているし……君のことは、好意的に思っているよ。僕は、好かれたい相手に対して、わざと酷いことをしたりはしない。不安だと思うし、事故が絶対に起こらないとは言えないけど……できれば信用してほしいな」
「……はい」
「あと……僕は、君に対して、力で服従を強要したりはしない。もしも、手がぶつかったりしたら、その時は怒ってくれて構わないからね?」
「……」
僕の言葉を聞いて、ノエルは、どう反応すればいいのか迷っている様子だった。
ダッデウドは、理性が乏しく、欲望に忠実だという。
しかし、相反する2つの欲望を抱えている場合には、自重することが可能なようだ。
これは、僕にとっては、安心できる材料だった。
彼女の年齢は、レレと同じか、より幼いようだが……ベルさんが先ほど言った通り、非常に発育が良いようだ。
そして、現在、周囲には誰もおらず、相手は抵抗することが不可能に近い状況だ。
本当に何の自制もできなかったら、僕はノエルを犯しかねないのである。
だが、実際には、僕はノエルに好かれたいと思っている。
そのためか、なるべく彼女を傷付けないように、慎重な態度を保てているのだ。
自分の本性が、好かれたい相手を力尽くで服従させようとするものでなくて良かった、と心から思う。
元の場所に戻っても、そこには誰もいなかった。
ベルさんは、まだあの熊と戦っているのだろうか?
それとも、他にもディバド人がいて、ベルさん達を襲っているのだろうか?
「まずいな……ベルさん達を助けに行かないと……」
「あの……私は……?」
「悪いけど、どこに敵がいるか分からないから、君を1人にはできない。ベルさん達を見つけるまで、このまま運ばせてもらうよ?」
「そう……ですか……」
ノエルは、逡巡する様子を見せてから口を開いた。
「……あの、やっぱり、何とかして紐を解いていただけませんか?」
「手が痺れてきた?」
「……はい」
「じゃあ、ちょっと待ってね」
僕は、ノエルを降ろして、もう一度紐を見た。
しかし、やはり解き方が分からない。
これ以上彼女の身体に負担をかけるのは良くないだろう。
やはり、紐を切ってしまうべきだろうか……?
「……あの、まだですか?」
ノエルは、焦りを帯びた声で言う。
そして、身体を震わせ、足踏みするような仕草をした。
「ねえ、ノエル……ひょっとして、トイレ?」
僕が尋ねると、彼女はビクリと身体を震わせて、泣きそうな顔でこちらを見てから俯いた。
どうやら当たりらしい。
「困ったな……ベルさんの所に行っても、紐を解く余裕があるかは分からないし、何より、そんな場所でするのは危険だよね……。でも、このままじゃ、できないよね? 紐を切るしかないかな……」
「お、お願いします……」
「じゃあ、切るよ?」
「……ごめんなさい」
レレには申し訳ないが、さすがに、ノエルにお漏らしをさせるわけにはいかない。
ダッデウドの力であれば、こんな紐を引きちぎるのは簡単だ。
僕は、紐を強く引っ張った。
……切れない。
おかしい。仮に特殊な素材でできていたとしても、ただの紐が、こんなに頑丈であるはずがない。
まさか……魔力が、尽きた!?
「……あ、あの、まだですか?」
ノエルが、辛そうに足踏みする。かなり焦れているようだ。
「……ノエル、冷静に聞いてほしい。魔力を使い切ったみたいだ。僕の力じゃ、この紐は切れないよ」
「そんな!」
ノエルの声には、絶望的な響きが混じっていた。




