第38話
レレがコップを放り出してナイフを抜く。
ノエルを殺すつもりだ!
「待ちなさい、ディフィ。この子は、誰かの指示に従っただけよ。ダッデウドの民は、安易に殺してはいけないわ」
ベルさんが、そう言ってレレを止めた。
「まさか、訪れるのが、自分と同じ髪をした人間だなんて思わなかったんでしょう? 計画を実行すべきか、迷っているのが明らかだったわ。私としては、思い留まってほしかったけど……」
「た、助けて! 誰か! お願い!」
ノエルが、外に向かって叫んだ。
村八分に近い状態である彼女が助けを求めても、通常であれば、村の人間が助けに来ることはないだろう。
しかし、今は違う。ノエルに、僕達を毒殺するように指示したのは、おそらく警備隊の人間だ!
「……人の気配と……油の臭い!」
レレが叫んだ。
その意味を考えるより早く、僕達は脱出を試みていた。
扉を開けて外に出ると、遠くに武装した集団がいた。帝国の警備隊だ。
その集団は、火のついた矢をつがえ、こちらを狙っていた。
家の周囲には、油の臭いが立ちこめている。
僕達を、ノエルごと焼き殺すつもりか!?
何て奴らだ!
ノエルが、こいつらの指示に従ったことは間違いないだろう。
それなのに、彼女まで一緒に殺そうとするなんて!
僕は、警備隊の連中に対して、激しい怒りを覚えていた。
自然と、魔法が発動する。
僕は1人で突撃し、ほとんど時間をかけずに、警備隊の最前列にいた男を殴り飛ばしていた。
その男に巻き込まれる形で、何人かが一緒に吹き飛ぶ。
「なっ!?」
警備隊の連中が、驚きの声を漏らした。
無理もない。僕自身が驚いているのだから。
今回は、今までよりも遥かに速い!
勢いに乗って、周囲にいる人間を、片っ端から躊躇なく殴った。
こいつらは、全員がオットームの男だ。
しかも、自分達に協力したノエルを、焼き殺そうとした外道である。
容赦する理由が無かった。
連中は、ほとんど何もできないまま、僕に殴られる。
男達の鎧兜は粉々に砕け散り、派手に吹っ飛んだ。
そして、激突した連中も巻き込んで、多大な犠牲を出した。
時々、苦し紛れに、こちらに向けて矢を放ったり、魔法を放ったりする者がいた。
しかし、たとえ真後ろであっても、僕はそれに気付いた。
視野自体が広くなっているだけでなく、小さな音や、ちょっとした気配にも反応できる。
勘が鋭くなっている、と言ってもいい。レレは、野盗の攻撃を、こうやって回避していたのか。
僕は、攻撃を全て回避した。
混乱した状況で放たれて遠距離攻撃は、かなりの割合で奴らの仲間に当たった。
中には、命乞いをする者もいた。
「た、頼む、殺さないでくれ!」
目の前で、武器を捨て、両手を挙げている男を、僕は容赦なく殴った。
この期に及んで命乞いなど、受け入れるとでも思っているのか!
僕からはかなり離れた場所で、ベルさん達も戦っていた。
ノエルの家は炎上している。しかし、彼女達は、全員無事に逃げられたようだ。
僕が突撃したことによって隙が出来たのかもしれないし、ベルさんとレレが矢を撃ち落としたのかもしれない。
ベルさんもレレも、やはり圧倒的だった。
ナイフで次々と敵を仕留めるレレ。
攻撃魔法で相手を切り刻むベルさん。
この二人は、クレアとノエルを守りながらでも、充分に戦えるだろう。
「退け!」
警備隊の誰かが指示を出した。
それに従って、全員が逃げ出す。
森の中に入ることによって、僕達から逃れるつもりのようだ。
しかし、簡単に逃がすつもりはない。
本来の僕は、クレアのように優しくないのだ。
僕は、男達を追撃した。
まず、近くにいた何人かの男の後頭部を殴る。
さらに、走って追いついた人物を突き飛ばした。
「きゃあ!」
その人物は、何故か甲高い悲鳴を上げながら転がった。
「……?」
兜が脱げたその人物をよく見ると、小柄で、長めの髪を縛ってまとめている。
どうやら、女のようだ。
その女が、怯え切った様子でこちらを見た。
「た、助けて!」
その女も、先ほどの男と同じように、武器を捨てて両手を挙げる。
僕は、その女に近付いた。
近付いて顔を見ると、整った顔立ちをしていた。
思わず、殴るのを躊躇してしまう。
「女の警備隊員は珍しいな。入隊して何年目だ?」
「……そろそろ1年になります」
それでは、ほとんど新人に近い。
そんな人物を、僕達を殺すための任務に参加させるなんて……。
やはり、警備隊が人手不足に陥っていることは間違いないようだ。
「お前達、僕と仲間を、全員殺そうとしたな? どうして、あんな乱暴なことをした?」
「あ、貴方達が、魔物を呼び出したテロリストだから……」
女は、震える声で言う。
驚くべき発言だった。
僕達は、ミアを助け出す際に、人目を避け、目撃者は始末したはずだ。
それなのに、いつの間にか、グラートが犯した罪まで押し付けられてしまったらしい。
「だからといって、協力者まで一緒に殺すのは、あまりにも酷いんじゃないか?」
「あ、あの家の女も、貴方達と内通していると聞いていました! こちらに協力するフリをして、我々を襲ってくる算段になっているはずだから、まとめて始末するようにと……」
そう言って、女は俯いた。
なるほど。どうやら、そのように言って部下を言いくるめた上司がいるらしい。
その人物にとっては、ダッデウドであるノエルの命など、どうでもよかったのだろう。
腹の立つ話だ。
僕は、警備隊への報復を誓った。




