第28話
それは、一瞬の出来事だった。
レレが駆け出したと思ったら、次の瞬間には、こちらに詰め寄ってきていた男が、血を噴き出しながら倒れていた。
彼女が、目にも留まらぬ速さで、男の喉を切り裂いたのだ。
レレは、さらに男達めがけて走る。
相手は、呆気にとられるばかりで、反応が遅れた。
男達が、レレが振り回すナイフによって、次々と致命的な傷を負う。
ようやく、男達は反撃しようと動きだした。中には、補助魔法を自分に対してかけている者もいるようだ。
しかし、レレと比べれば、遥かに遅い。
「愚かね。ダッデウドであるディフィに、その程度の魔法で敵うはずがないじゃない」
ベルさんは、呆れた様子で感想を漏らした。
レレが使っているのは、僕と同じ魔法のようだ。
ベルさんは、この魔法が苦手だと言っていたが、彼女は問題なく使えるらしい。
男達は、レレに対して、手も足も出ない様子である。
突然、男の1人が、レレの背中を目がけて攻撃魔法を放った。
人が密集している状況で、無茶な攻撃だが、それだけに予測するのは難しい。
「レレ!」
僕は焦って叫ぶ。
しかし、レレはその魔法を回避した。
代わりに、射線の先に立っていた男が、その魔法を受けて吹き飛ばされる。
「なっ……!」
振り向きもせずに回避したレレに、魔法を放った男が驚愕の声を上げる。
レレは、そのタイミングで初めて振り向き、男に向けて手を一振りした。
光の糸が走る。
それと同時に、男の首は飛んでいた。
これは……ベルさんと同じ攻撃魔法!?
「ディフィは器用なの。だから、色々な魔法が使えるわ。ダッデウドとしても天才的ね」
ベルさんが自慢げに話した。
レレが突っ込んだのとは反対側にいた男達が、こちらに襲いかかってくる。
僕達のことを人質にして、レレの動きを封じるつもりのようだ。
だとしたら、甘すぎる。
当然ながら、ベルさんが放った魔法は、その男達を次々と切り裂いた。
「こ、こいつら……化け物だ!」
「逃げろ!」
敵わないと悟った男達は、慌てて逃げようとした。
レレとベルさんは、そうはさせまいと、攻撃魔法で追撃する。
「やめて!」
クレアが叫んだ。
ベルさんは攻撃をやめなかったが、レレは戸惑った様子で動きを止めた。
戦いは、あっさりと終わった。
周囲には、20人以上の男の死体が転がっている。
襲ってきた連中の大半は死んだはずだ。
しかし、何人かは逃げてしまったようである。
その結果について、ベルさんは不満そうだった。
「どうして止めたの? 全員仕留めることができそうだったのに」
文句を言われたクレアは首を振った。
「殺す必要の無い人を、あえて殺すことはないでしょう?」
「あいつらの生き残りが警備隊に捕まって、私達のことを話したらどうするの? 追手に、私達の居場所を知られるのはまずいわ。特に、ティルトにとっては」
「だとしても、むやみに人を殺すなんて、間違っています」
「つまらないことを気にするのね」
「つまらないことって……」
クレアは、ベルさんの言葉に唖然とした様子だった。
「叔母様、私……」
レレは、敵を取り逃がしたことについて、申し訳なく思っている様子だ。
「いいのよ。貴方は充分に戦ったわ。偉いわね」
そう言って微笑みながら、ベルさんはレレの頭を撫でた。
「ベルさん、あんな連中を殺すために、魔力を無駄遣いすることはありませんよ」
僕は、心から忠告した。
あの連中から情報が漏れたとしても、それは、しばらく後のことだろう。
そのことで、すぐに僕が捕まるわけではない。
であるならば、今は可能な限り温存して、魔力の回復を図るべきだろう。
「グラートの魔物ならともかく、オットームを殺すのに、大した魔力は必要ないんだけど……」
ベルさんは、無用な気遣いだと言いたげだ。
思う存分に力を振るっているように見えたが、あれでも相当手加減していたらしい。
「だとしても、ベルさんが長く戦える方が、僕達は安心です」
そう言うと、頼られることが嬉しいのか、ベルさんは笑顔になった。
「ティルト……」
クレアは、何故か戸惑った様子で僕の方を見た。
「どうしたの?」
「……何でもない」
そう言ったが、クレアの様子は普通でないように思えた。
僕は、何かまずいことを言っただろうか……?




