第26話
走り出して、すぐに一匹の魔物を発見する。
おそらく、カーラを追ってきたのだろう。
僕は、片手で剣を振るい、その魔物の首を刎ね飛ばした。
大丈夫だ。カーラを抱えたままでも、グラートの魔物は敵ではない。
すぐ近くで彼女が絶叫するのが耳障りだが、それ以外の影響は、ほとんど感じずに済んでいる。
懸念があるとすれば、魔法を使っている時間だ。
既に、それなりの時間、使い続けている。
僕の魔力の生成量は多く、消費量は少ないらしいが、それでも注意はするべきなのかもしれない。
肩に担いだカーラを見る。
先ほど魔物を殺した時までは大声で叫んでいた彼女も、今では大人しくなっていた。
しかし、気を失ったわけではなさそうだ。
全身を硬くしている。おそらく、高速移動や魔物との戦闘で、恐怖心がこみ上げてきているのだろう。
だが、彼女を放り出してしまうわけにはいかない。
ミアがいる場所の情報を聞き出す必要があるかもしれないし、どこに魔物がいるか分からないからだ。
それに……彼女がいれば、いざという時に、怒りを買うようなことをして、魔力を回復させることが可能かもしれない。
できれば、そういう選択肢は選びたくないが……。
そんなことを考えながらも、ミアを探すことを忘れたわけではない。
森の中に入り、木々の間を縫うように走っていると、再び魔物の姿が見えた。
僕は、その魔物の首も一瞬で刎ね飛ばす。
斬り捨てた魔物の爪は、血で汚れていた。
激しく嫌な予感がする。
急いで周囲を探すと、その予感が的中したことが分かった。
「降ろすよ!」
そう言ってから、カーラを放り出す。
彼女は抗議の声を上げたが、すぐに黙った。
地面に、血塗れのミアが横たわっている。
近付くと、明らかに致命傷を負っていることが分かった。
この傷では、今すぐに回復魔法をかけたとしても助からない。クレアの父親の時と同じだ。
ミアが、少しだけ目を開けた。
首を少し傾けて、カーラの方を見る。
「カーラ……良かった……」
ミアは微笑んでそう言うと、静かに目を閉じた。
同時に、彼女の全身が弛緩する。
少し遅れて、カーラが絶叫した。
彼女は、ミアの遺体にすがり付くようにして泣き叫ぶ。
僕は、少しの間、その様子を見守った。
しかし、あまり長い間、そうしているわけにはいかない。
本当なら、カーラが落ち着くまで待ちたかったが、今はそうできない事情があるのだ。
カーラの両肩を掴み、強引にミアから引き剥がして、こちらを向かせる。
「よく聞くんだ。ベルさんが、君を殺そうとしている」
そう告げると、カーラは凍りついたように叫ぶのをやめた。
「お願い……殺さないで……!」
蒼白になっているカーラのことを、安心させようとして笑いかけるが、彼女はすくみ上ってしまった。
「安心して。僕は君を助けたいんだ」
「ほ、本当に……?」
「一つだけ教えてほしい。どうして、君は、僕達から逃げようとしたの?」
「それは……貴方達が、悪い人なんじゃないかと思って……」
「僕達は、君達を助けようとしたんだよ?」
「でも、貴方達……お屋敷から、お金を盗んだでしょ……?」
「……どうして分かったのかな?」
「だって……初対面の私に、あんな大金をくれるような人達が……あんな酷い宿で、男女一緒に泊ってるなんて、あり得ないもの……」
「なるほど……。でも、ミアを助けるために、お金は必要だったんだよ」
「そうだとしても、どさくさに紛れてお金を盗る人なんて、信用できない……! それに、あのベルっていう女の人は……凄く危ない感じがするの! ミアや貴方のことは、気持ち悪いぐらいに優しい目で見ているけど……私のことは、虫ケラでも見る時のような目で見るのよ!」
「……ありがとう、参考になったよ。ベルさんがいつ来るか分からないから、君は早く逃げて」
「待って……! やっぱり、このお金は受け取れない……!」
そう言って、カーラは、ベルさんが渡した金貨を差し出してくる。
「でも、これから、君にはお金が必要なはずだ。このお金がないと、最悪の場合、身体を売って稼ぐことになるかもしれないよ?」
「だとしても、このお金を持っているのは、気分が悪いもの……!」
「……本当にいいんだね?」
僕がそう尋ねると、カーラは頷いた。
「じゃあ、これは、僕達が貰うよ」
「……それと、ミアのお墓、ちゃんと作ってあげたい……」
「それは僕に任せてほしい。決して、彼女の遺体を粗末に扱ったりはしないから。……さあ、早く逃げるんだ!」
強く促すと、カーラは駆け出した。
カーラを見送って安心したためか、突然目眩に襲われる。
改めて周囲を見渡し、ミアの遺体を見ると、恐怖心が湧き上がってきた。
ダッデウドとしての覚醒状態が解消されたのだ。
慌てて周囲を再確認する。
どうやら、生きている魔物は、近くにはいないようだ。
今襲われたら、確実に殺されてしまうだろう。
そのことを考えて、僕は震えた。
ミアの遺体を抱えて、クレア達がいる所まで移動しようと試みる。
しかし、死んだ人間は想像以上に重く、僕には運ぶことができなかった。
そんな自分が、とても情けなく感じる。
結局、僕は、ベルさんが来てくれるまで、ミアの遺体の脇に座り込んでいた。




