第13話
「……ねえ、そんなに見ないで。恥ずかしいから……」
「ご、ごめん!」
あまりの驚きに、クレアを凝視してしまっていたことに気付き、僕は湯船の中で後ろを向いた。
「……ごめんなさい。自分でこんな格好で来て、理不尽なことを言ってる自覚はあるの。でも……」
「一体どうしたのさ!? クレアは、こんなことが出来るような子じゃないはずでしょ?」
「……ベルさんに負けたくないから」
「いや、でも……僕は、クレアにこんなこと、望んだりはしないよ!」
「私が行かないなら、ベルさんが行くって言うから……」
「いや、それ……ひょっとして、クレアは嵌められたんじゃない?」
「……そうかもしれないと、少しは疑ったわ」
クレアは、暗い声音で呟いた。
「……」
「……」
僕達は、背中合わせのまま湯船に浸かった。
見えるのは、湯に浮かぶクレアの黒い髪だけだが、彼女はバスタオルを脱いでしまったようだ。
つまり、今彼女は……!
想像してしまって、理性を保つために、僕は首を振った。
「……ねえ、ティルト」
「……何?」
「のぼせそうになったら、遠慮しないで、お風呂から出てね?」
「う、うん……」
「それと、こっちが本題なんだけど……ティルトは、ベルさんに力を貸すつもりなの?」
「……今のところは、そうだよ」
「それは、どうして?」
「だって、僕はダッデウドだし……僕よりも酷いことをされている人がいるなら、助けてあげたいと思うんだ。それに……僕は人を殺したから、当分は誰かに守ってもらわないと、生きていけないと思って……」
「じゃあ、ティルトが、ダッデウドの魔法を自由に使えるようになったら? 酷いことをされているダッデウドを助けた後で、自分の力で、帝国領の外で生きていけるようになったら……ベルさんとは縁を切って、私と2人で生きてくれる?」
「……そんな日が、来るかな?」
「きっと来るわ。そうなったら、私はティルトを全力で支えるから。人里から離れた所で、2人だけでひっそりと暮らしましょう? いえ、……2人だけじゃなくて、そういう時が来たら……子供を作ってもいいと思うわ」
「クレア……どうしちゃったんだい? 君は、僕のことが好きなの?」
「……それは……その通りよ」
「それって、ひょっとして……こんなことになる前から?」
「……そうよ。気付いてなかったの?」
「……ごめん」
「ティルトは……鈍感ね……」
「……でも、ちょっと安心したよ。僕は、ずっとクレアのことが好きだったし……。君がお風呂に来たのは、ベルさんに聞かれないように、この話をするためだったんだね?」
「……そうよ。裸で男の子の所に来るのは、凄く不安だったんだから。こんなこと、相手に好かれるためだけに、できるわけがないわ」
「そっか……そろそろ、出てもいいかな?」
「待って! やっぱり、私が先に出るわ。……こっち、向かないでね?」
「うん……」
クレアは、浴室から出て行った。
僕は、その後すぐに湯船から出たが、少しの間、浴室で体を冷ました。
「どうだった? クレアの体は楽しめたかしら?」
部屋に戻ると、ベルさんが笑いながら言った。
それを聞いて、クレアは顔を真っ赤にして俯いた。
「いや、見てませんから!」
僕は慌てて否定した。
バスタオルを巻いた姿は見たが、全裸を見たわけではない。
まあ……その姿を見て「クレアって、思っていたよりもスタイルがいいんだ……」などと感心してしまったが、そんなことを口外できるはずがなかった。
「あら、本当に? せっかくの機会を無駄にしたわね」
「……どういうつもりなんですか? さっきの、僕が好きだというのは、からかっただけなんですか?」
僕は、少し怒りを込めて言った。
自分が恋愛感情を抱いた相手でなくても、こういう遊ばれ方をするのは不愉快だった。
「あら、あれは本当のことよ」
「だったら、どうしてクレアを煽ったりしたんですか?」
「それが私なりの誠意だからよ。私は、クレアよりも貴方のことを愛している自信があるし、顔立ちでも負けるとは思っていないし、身体は間違いなく勝っているはずよ? クレアと比べて劣っている部分があるとしたら、私がダッデウドの女であるために、ダッデウドの男に好まれない、ということだけだと思うの。だから、貴方は私と結婚するべきだと思うけど……クレアをいじめたお詫びはするべきでしょう? それで、クレアが自分にとって有利に勝負を運べる状況を作ってあげた、というわけよ」
「……」
凄い自信だ……。
確かに、クレアの体形だって決して悪くないが、ベルさんの方が魅力的な身体をしていることは、脱いでもらわなくても明らかだった。
しかし、だからといって、僕がずっと前から抱いている恋心を、いきなり塗り替えることなど出来るはずがない。
そのことを、ベルさんは認識していないようだ。
「勇気を出して、お風呂に行ったのは私です。こんなことで、借りを返したと思わないでください」
クレアが、ベルさんに抗議した。
「分かっているわ。貴方との約束は、ちゃんと守るわよ」
「約束って何ですか?」
僕がベルさんに尋ねると、彼女は意味ありげに微笑んだ。
クレアは、そんなベルさんのことを睨んで言った。
「ティルトは知らなくていいことよ」
「それを言ったら、約束を破ることになるわ。だから、これは女同士の秘密」
「……」
一体、2人はどんな約束をしたのだろうか?
とても気になるが、きっと、彼女達はどれだけ尋ねても教えてくれないだろう。
女の子の結束というのは、こういうことについては固いのだ。
「今度は、私と2人でお風呂に入ってね?」
ベルさんが、僕の腕に触れながら言ってくる。
「え、遠慮します!」
「そんなこと言わないで。クレアとだけなんて、ずるいじゃない。断られても、押しかけちゃうから」
「……その時は、私も行くわ」
「クレアまで!」
「あら、ティルトは貴方の裸を見てないんでしょう? そんなことじゃ、私には勝てないわよ? 私だったら、ティルトが後ろを向いたら、正面に回り込んで見せちゃうわね」
「だったら、私も……!」
「2人とも、やめて! 絶対にやめて!!」
こんな調子で、夜は更けていった。




