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白銀の簒奪者  作者: たかまち ゆう


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第114話

 背中に衝撃が走る。


 刺された。

 痛みを感じるより先に、そのことを悟った。


「……クレア……どうして……?」


 全身から力が抜けて、僕は倒れた。

 ミスティや、他の女性の悲鳴が聞こえる。


「クレア、貴方……!」

 激昂して攻撃魔法を放とうとしたベルさんを、ルティアさんが止めた。

「待て! 回復魔法が使えるのはクレアだけだ! 彼女を殺したら、ティルトは助からないぞ!」

「……!」


「一瞬で殺されることも覚悟していました。ルティアさんは冷静ですね。さすがです」

 クレアは、淡々と、呟くように言った。

「お前は……自分が何をしたか、分かっているのか!?」

 ルティアさんにそう言われても、クレアの様子は変わらなかった。

「人を刺しました。殺すつもりで……」

「どうして平然としていられる!? お前は、ティルトのことが好きだったんじゃないのか!?」

 ルティアさんの言葉を聞いて、クレアは少し笑った。

「貴方は……そんな嘘を、本気で信じていたんですか? レレは、何も言わなくても勘付いていたのに」

「……!?」


 言葉を失ったルティアさんのことは無視して、クレアは僕の脇に屈み込む。


「何をするつもりなの!?」

「近寄らないでください! 私の邪魔をしたら……ナイフを引き抜きますよ?」

 クレアの脅しによって、ベルさんは動きを止めた。


 クレアは非力なはずなのに、刺された衝撃は、信じられないほどのものだった。

 おそらく、かなり傷は深い。

 ナイフを抜かれたら、出血は相当なものになるはずだ。


 そうなったら、僕は確実に死ぬだろう。

 元々、ダッデウドは肉体的に脆弱なのである。


「ベルさんは、本当に愚かです。私、ちゃんと忠告しましたよね? オットームのことを見下して、仲間にしなかったせいで、こうなったんですよ?」

「ティルトには、直接的な危害を加えない約束だったはずよ! それを破るなんて!」

「守るわけがないじゃないですか、あんな約束。貴方の方こそ、オットームのことを虫ケラ同然に思っているのに、そんなモノとの約束を守ろうとするなんて、どうかしてるんじゃないですか?」

「黙りなさい! ダッデウドは、たとえ相手が誰であっても、生命のある相手との約束は必ず守るわ! 貴方は、平然と約束を破って、恥ずかしくないの!?」

「少なくとも、貴方みたいな人との約束なんて、破っても心は痛みませんね。私はダッデウドではありませんので。それに……」

 クレアは、僕を嫌悪を込めた顔で見下ろす。

「この人は、もう、私が知っているティルトではありませんから」


 この女性は……本当にクレアなのか?

 実際に自分が刺されても、全く信じられない気分だった。

 今のクレアは……まるで、知らない間に、別人と入れ替わっていたかのようである。


「ねえ、ティルト。私、貴方に対して恋愛感情を抱いたことなんて無いんだけど……気付かなかったの?」

「……」


 ナイフで背中を抉られたのに続いて、僕の心はクレアの言葉によって抉られた。

 そんな僕のことを見下ろしながら、クレアはため息を吐いた。


「ただ銀色の髪をしているだけで、いじめられていた貴方のことは、本当に気の毒だったわ。いじめるのをやめてほしくて、村の皆を説得しようとしたけど……私がどれだけ言っても、聞き流されるばかりで、貴方へのいじめは無くならなかった。私、心から同情していたのよ?」


 ……それは知っている。だから、僕はクレアに感謝しているし、ずっとクレアのことが好きなのだ。


「でも、スーザンを刺していた時の貴方は、本当に楽しそうで、まるで別人だったわ。あの時のティルトを見て……もしも、このまま貴方がおかしくなったら、私には、どんなことをしてでも止める義務があると思ったの。貴方へのいじめが無くならなかった責任は、私にもあるから……」


 ……それで、クレアは僕達に付いて来たのか。

 まさか、あの時から、そんなことを考えていたなんて……!


「貴方、全然気付いてなかったでしょ? まあ、あの頃は、色々あって貴方も混乱していたと思うけど……ベルさんから見たら、私が考えていることなんて明らかだったらしいわよ? 察しがいいとは言えないベルさんでも気付けたことなのに、同じ家で一緒に育った貴方が、全く気付くことが出来ないなんて……いくら何でも、鈍感すぎると思うわ」


 ……そんなことに、気付けるはずがない。

 あの時の僕は、クレアが幼なじみであり、優しいから……そして、僕に好意を持っているから付いて来てくれたのだと、信じて疑わなかったのだ。


 ベルさんがクレアの本心に気付けたのは、偶然ではない。

 あの人は、最初からクレアのことを敵だと見なしていたからだ。

 それは、クレアの善意や愛情を信じ込んでいた僕との、決定的な差である。


「私は、貴方が1人でお風呂に行ったタイミングで、ベルさんと約束を交わしたの。ベルさんは、私の本当の目的を、貴方に知られないように協力する。その代わり、私は貴方に直接的な危害を加えない。そして、この約束が守られている間、私はベルさん以外の仲間の傷を必ず治す。それが私達の約束」

「……」

「でも、ベルさんは、楽しそうにスーザンを刺していたのが貴方の本性だと言ったわ。とても信じられなかったけど……もしそうだとしたら、そんな危険な人は、生かしておくわけにはいかないと思ったの。誰だって、そう感じると思うわ」

「……」

「そして、決定的だったのは、そこにいる、ベルさんのお姉さんから話を聞いたことよ」

「……」

「カーラさん達がいた町で……ティルトが、女性を裸にして、縛り上げて放り出したと教えられたわ。本当に信じられなかった。どうして、そんな酷いことができるの?」

「……」


 女の子がトイレに行く時には、事実上の単独行動になっていた。

 ルーシュさんは、その隙にクレアと接触したのだろう。

 レレとも、同じ方法で密会していたので、それは確かなことだと思った。


「それでも、私は迷ったわ。貴方が、元のティルトに戻って、全てを後悔して生きるのだとしたら……私も、一緒に罪を背負って生きていこうと思ったの。なのに……!」

 クレアは、一瞬だけ、激しい怒りを露にした。

「スープに薬を入れられて、私はノエルの傍に残って……その後、ロゼットさんが来た時に、貴方がロゼットさん達にしたことを聞いたわ。あの時は、目の前が真っ暗になったわよ! このまま放っておいたら、貴方は同じようなことを、私が見ていない所で繰り返すと確信したわ。だから、貴方を殺すことを決心したの」


 ……その時、一緒に話を聞いたから、ノエルは僕がしたことを知っていたのか。

 自分が知り合いに凌辱されそうになったという、衝撃的な事件の直後に存在した、一瞬の隙を逃さないなんて……ロゼットは、やはり強い心を持った女性だ。


「あの女……!」

 ロゼットにも約束を破られたという事実を知って、ベルさんが憤慨した様子で叫んだ。


 クレアは、ベルさんの方を迷惑そうに見てから、再び僕を見下ろした。

「ねえ、ティルト。私、貴方を殺すことを決めた後でも、ずっと迷っていたの。たとえ、貴方が救いようのない極悪人だったとしても……人の命を奪う権利なんて、私にはないもの。でも……貴方は、おじいちゃんのことを、きちんと覚えていたわ。それなのに、平然と教えに反することをしたのは許せなかった。それに……」


 話しながら、クレアは僕の背中に刺さったナイフに両手を伸ばした。

「やめなさい!」

 ベルさんが叫んだが、クレアはそれが聞こえていないかのような様子だった。


「今では確信しているの。貴方は、本質的にゲドルドと同じような人間なのよ。誰かを殺したり犯したりすることに、罪悪感を感じるような人じゃないわ。ただ、貴方とゲドルドが違うのは、貴方はオットームの価値観を認識していて、それを持っている私の目を気にしたっていうこと。出来れば、ずっと貴方を監視して、これ以上誰かに迷惑をかけないようにしたかったけど……」

「……」

「それは、貴方が私のことを好きでいてくれるから可能なことよね? 私は、ロゼットさんほど綺麗じゃないわ。ミスティだって、もう少し大きくなったら、凄く綺麗な女性になるはずよ。貴方の心が私から離れるのは、時間の問題だと思うの」


 そんなことはない……!

 叫びたかったが、声にならない。


「言われなくても分かるわ。そんなことはない、って言いたいんでしょ? でも、信用できないわよ、そんな言葉。だって、貴方は、他の女の人の身体ばっかり見てるんだもの。胸の大きな女の人が、そんなに好きなの? 気持ち悪い……」


 クレアの言葉からは、強い生理的な嫌悪感が感じられた。

 気にしていたことは否定しないが、僕は、そんなに女性の胸を見ていたのだろうか……?


「それに、貴方はベルさんのことを、はっきりと拒絶しなかったわ。せめて、私の前でだけは……突き飛ばしてでも拒んでほしかった。そうしてくれれば、貴方の愛を疑わずに済んだかもしれないのに……」

 そう言って、クレアは僕の背中のナイフを掴んだようだった。


「やめて! お願い!」

 ミスティが叫んだ。


 しかし、クレアはやめなかった。

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