第9話
スーザンの傷は、無事に塞がったようだった。
クレアは、疲れ切った様子で、自分の家に着替えに行った。
「さあ、ティルト。私と一緒に旅立ちましょう」
「……」
ベルさんに誘われても、僕は素直に頷けなかった。
この人がクレアにしたことは、決して許せることではない。
村の皆が見ている前で、クレアは下着を晒されたのだ。
さらに、それを手で隠すことすら許されなかった。どれほど辛く、傷付いたことだろう。
クレアがダッデウドなら、既に魔法が発動しているのではないだろうか?
「さっきのこと、怒ってるのね?」
「当たり前じゃないですか!」
「……勘違いしないで。あれは、貴方のためにしたことなのよ?」
「クレアに酷いことをするのが、どうして僕のためになるんですか!?」
「だって、そのおかげで、貴方は、また魔法を発動させることに成功したでしょう?」
「そんなことのために、貴方は……クレアに、あんな酷いことを!?」
「大切なことよ。ティルト、貴方はこれから、魔法なしでは生きていけないわ。安定して魔法を使えるようにするためには、繰り返し発動させるのが一番早いのよ」
「そんなの……じっくりと取り組めばいいじゃないですか!」
「そんな時間は無いでしょ? この場に私がいなかったら、貴方はとっくに殺されているわよ? 自分の身は、自分で守れないと困るはずだわ」
「……」
ベルさんの言うことは、間違っていないのだろう。
僕は、人を殺してしまったのだ。
そして、あの強力な魔法……。
僕が村の人間の立場なら、危険なダッデウドは、自由に魔法が使えるようになる前に殺してしまおう、と考えてもおかしくない。
「……だからって、貴方がクレアにしたことは許せません」
「じゃあ、どうしたら許してくれる? お詫びの証として、今この場で、私が全裸になったら許してもらえるかしら?」
「絶対にやめてください!」
「そう。良かった。脱げって言われたら、どうしようかと思ったわ」
そう言って、ベルさんは笑った。
こんな状況だというのに、先ほどの彼女の言葉を聞いて、期待するような顔をした、何人かの村の男達は最低だと思う。
「……出来もしないことを言わないでくださいよ」
「あら、やれと言われたらやるわよ? 絶対にやりたくないことだけど、それで貴方が許してくれるなら、安いものだと思うことにするわ」
「……結構です」
「貴方は優しい子ね。オットームとは大違いよ」
「オットームにだって、クレアみたいに、善良な人間はたくさんいますよ」
「そうかもしれないわね。でも、ダッデウドに対しては、酷いことをするオットームがたくさんいることも事実だわ。それこそ、ダッデウドの女の子を全裸にして、大勢の人の前で晒し者にしたり、ね……」
「そんな酷いことを!?」
「この程度で驚いてもらっては困るわ。もっと酷いことをされたダッデウドだって、たくさんいるのよ? オットームは、とても残忍な民族だわ」
「……」
「そういう、酷いことをされているダッデウドを、助けて回るのが私の旅の目的なの。どうかしら? 私に力を貸すつもりになったんじゃない?」
「……確かに、酷いことをされている人がいるなら、助けてあげたいと思いますけど」
「そう。なら決まりね。急いで旅に出る準備をして」
「……」
ベルさんへの反発はあったものの、僕は出発の準備をした。
このまま、この村に残るなんて、あり得ないことだ。
クレアと別れることだけは残念だったが、それ以外には心残りは無い。
準備中も、ベルさんには近くにいてもらった。
誰かが、ボブの仇を討ちに来るかもしれなかったからだ。
しかし、結局、誰も僕達に近付こうとはしなかった。
手早く準備を済ませ、いよいよ出発という時になっても、クレアは戻ってこなかった。
最後に、彼女にだけはお別れを言いたかったのだが……。
しかし、誰かに彼女の居場所を尋ねるのも気が引けた。
それに、既に誰かが、近隣の警備隊に通報しに行っている可能性もある。長時間ここに留まるわけにはいかない。
僕は、後ろ髪を引かれるような気分のまま、ベルさんと旅立った。
村から出て、しばらく歩いた時。
突然、ベルさんが立ち止まった。
「そろそろ出てきたらどうかしら?」
「えっ……?」
ベルさんの呼びかけに応じて、森の中から姿を現したのは……クレアだった。
「クレア!? どうして!?」
「私達に、ついて来るつもりなんでしょう?」
ベルさんの質問に対して、クレアは頷いた。
「はい」
「そんな……駄目だよ!」
僕は慌てた。
ベルさんはダッデウドを助けて回るつもりらしいが、僕にとってこの旅は、人殺しの逃亡という意味合いが強いのだ。
そんなものに、クレアを巻き込むわけにはいかない。
「止めても無駄よ。貴方を、ダッデウドなんかに渡すわけにはいかないもの」
「いや、でも……そんなこと、ベルさんが許すはずが……」
「いいわよ、ついて来ても」
「そんな……どうして!?」
「だって、クレアの回復魔法は素晴らしかったもの。ダッデウドは、回復魔法が苦手なの。だから、その子がついて来るなら歓迎するわ」
「私……貴方の傷は、治さないかもしれませんよ?」
「クレア!?」
驚くべき発言だった。自分に酷いことをした相手に対してであっても、クレアがこんなことを言うなんて……。
「オットームの助けを期待するほど厚かましくないわよ。それに、貴方は恋敵になりそうだし」
「いや、恋敵って……」
ベルさんは綺麗な人だが、僕達の間に恋愛感情が芽生えるとはとても思えない。
「ティルトは、貴方のことが嫌いになったみたいですから、諦めた方がいいと思います」
「ちょっとした喧嘩よ。すぐに仲直りするわ」
「そうなったらいいですね」
「……」
とても居心地の悪い空気だ。
この3人で旅をするなんて……大丈夫なんだろうか?
「ベアーデ!」
ベルさんが叫ぶと、一頭の獣が姿を現した。
バロルという、荷物を運搬する際に使われる家畜だ。
その背中には、大きな布の袋が乗っている。
「このバロルは、ベルさんのペットですか?」
「そうよ。旅に必要な物は、みんなこの子に背負ってもらっているの」
「可愛い!」
クレアが目を輝かせる。
彼女は、動物が大好きなのだ。
「さあ、行きましょう。とても楽しい旅になりそうだわ」
そう言って、ベルさんは不敵な笑みを浮かべた。
こうして、僕達は、3人で旅立つことになった。




