お花畑に咲く花は、百合なのか薔薇なのか。
そんなこんなで逃げ出したわけだが、アデレードは自業自得。
困惑しているのはダニエルの方だ。
ダニエル自身は惚気けたつもりなどない。
強くなる為にキースに教えを請おうとしただけ。
断られた理由はわかる……しかし、一連の流れで何故逃亡に至ったか、サッパリわからないのである。
護衛たちに聞いても、生温かい視線を向けられるだけ。
「でも考えてみれば、軍人や騎士を舐めてると思われても仕方ない、迂闊な発言だった。 …… 謝りたいから追い掛けてきたんだ」
「それは……困ったものですね」
(さっさとバラさないからこういうことになるのでは……)
不甲斐ない姉に対しそう思いつつも、ヨルブラントは口を噤んだ。
馬に蹴られるのも、下手に薮を突ついて蛇が出てくるのも嫌なので。
代わりにヨルブラントは、ダニエルの努力に手を貸すことにした。
「キース殿のことは兎も角、鍛錬方法でしたら少し心当たりが」
「えっ?!」
「ふふ、私も身体が弱かったので昔は色々調べたものです。 ですが私よりも、ランドルフ大佐やネイサン卿がお詳しくていらっしゃる」
「ネイサン……確かにそうか……」
ランドルフやキースと違い彼は兵を従え育てる立場になく、クリフォードやヘクターとも違って表立って活躍することはない。
実際先日の夜の件でも見せ場は縄抜けのみ。余裕から察するに強いのは間違いないだろうが、彼の『有能さ』を見る機会は事務方としてばかりだ。
頼れる男ではあるものの、小柄でいつも飄々としている彼に対し『強い』という認識はあまりなかったのである。
「一旦、城壁に戻られては? 見つけたら伝えておきますので」
「うん、ありがとう……でも、少しだけ探してみるよ。 そういえば、彼の部屋って?」
「姉の部屋のはす向かいです」
キースが使っている(ことになっている)のは、ヨルブラントが成人するまで使っていた所謂子供部屋。今は『キース』の衣装部屋であり、キースの服はヨルブラントのお下がりである。
そこにキースはいなかったが、代わりに先回りしてフェリスにアデレードの所在を確認したネイサンが待っていた。
「若旦那様、先程アデレード様のご友人が先触れなくやってきたようで、キース様はその対応を」
「えっ、僕は行かなくて平気?」
「少々クセの強い方ですので、アデレード様が戻って指示があってからの方がよろしいかと。 むしろここはさっさと城壁に行きましょう」
「う、うん……」
時間もまだ早く、先触れのない訪問。
ネイサンの口振りからもあまり歓迎すべき『ご友人』ではなさそうなのは確か。
「あ、あちらです。 どうか見られないように」
「……!」
指示通り物陰に隠れるようなかたちで視線をむけると、そこには豊かな金髪の上半分を大きなお団子に纏め、下半分をふたつに分けて縦に巻いた美しい貴族女性。
そして、そのエスコートをするキースの姿。
絵になるふたりだが、女性はキースと面識があるようで(※当然)、共に表情は自然で距離がやや近い。
「──」
「行きましょう、若旦那様」
「ああ」
(アデル様のご友人……)
アデレードの友人であれば、年齢的に学園や社交界で見ていてもおかしくはない。
ダニエルが通っていたこの国の王立学園は貴族が多く通うものの、その大半は伯爵位より下の家の者か、高位貴族の嫡子でない者ばかり。
目的としては官吏や騎士を目指す、貴族間の繋がりを求める、嫡子のサポートの為に勉学に勤しむ、或いは研究などが主だからである。
領地が広く土台が磐石な場合、学園には通わず領地経営を直接学びながら社交界に出ることも多く、高位貴族であり王都から領地が遠いアデレードとヨルブラントは通っていない。
女子は上記の限りではなく、家長の方針に強く左右されるのだが……兎にも角にもダニエルは彼女を思い出せない。
(近隣の領の御息女だろうか……)
馬に乗り再び城壁に向かう中も、脳内を占めているのはそれ。そんなダニエルの思案顔を不思議に思ったネイサンが声を掛ける。
「若旦那様、どうされました?」
「……ん? いや……」
ネイサンには「なんでもないよ」と苦笑したが、何故か資料でしか知らないカルヴァート辺境伯領の近隣領の息女を、必死になって思い出そうとする自分がいる。
(どうしてだ、モヤモヤする……)
そもそも思い出さねばいけない理由もないのに、考えてしまう理由はそこにある。
そして、そのことを誰にも言いたくない。
「ああ、キース様のことを気にしてらっしゃるんですね」
「!」
『キース様のことを気にしてらっしゃる』
その言葉は、ネイサンの意図するところとは違う響きを以てダニエルの胸に刺さった。
「──……なんてことだ」
「え?」
ダニエルはそう呟くと、急に青ざめた。
(なんてことだぁぁぁあぁあぁぁぁ!!)
そう叫び出し、先程のキースのように馬でこの場から走り去りたかった。
自分の中の有り得ない気持ちに気付いて。
(僕は……僕は!! あの女性に嫉妬しているんだ!)
キースは男である──ダニエルの中では。
自分が男性もイケるだなんて自覚したことはこれまでにない。
しかも、彼はとても真面目である。
(アデル様への気持ちに気付いたばかりだというのに! ああっ、僕はなんて不誠実な人間なんだ!!)
これはあってはならないことだ。
しかし、確実に存在するこの気持ちに、ダニエルは懊悩せずにはいられなかった。
ここで第四章は終わりです。
ご高覧ありがとうございました!
第五章まで少しお時間頂きますが、引き続き楽しんで頂けたら幸いです!




