ガチマッチョ老獪軍人・ランドルフ大佐。
城壁に着いてまず案内されたのは、辺境伯軍大佐であるランドルフのところ。
彼は軍の総司令官でもある。年代の人員と能力によって別に立てたりもするが、今は総帥であるユーストと彼が兼任している。
先の晩餐には彼もいたが、ダニエルとは遠く離れた席からの挨拶のみ。食事が終わった後で歓談の時間もあったが、辺境伯邸は居心地が悪いらしく、ランドルフはさっさと城壁に戻ってしまったのだ。
「ランドルフ大佐はいつも、大体総司令室にいるんだ」
ちょっとした邸宅レベルの大きさと外観とはいえ、ここは城壁。
辺境伯邸のような大きな吹き抜けのホールだが、飾り気は一切ない。調度品もなく、奥に階段があるだけ。
メイドや執事がズラリと並ぶどころか、そもそも最低限しかいないようだ。
数人の使用人が立ち止まり深く頭を下げる中、踊り場から二手にわかれる階段を上ると、中央に大きな扉──ここが総司令室。
総司令室に入ると、先程の和やかな空気から一変、張り詰めた空気。
立ち位置としては一応部下となるランドルフは、ダニエルの来訪に軍人ならではの後ろに手を回した起立姿勢で待っており、部下達もズラリと並んで彼に倣っている。
(凄い威圧感だ………………そしてやっぱり)
──デカい。
190を超えたユーストよりデカい。
実際はさしてユーストと変わらないのだが、ランドルフは彼より横幅が広く、ガッシリしている。強面や髭も見た目の圧力に拍車をかけていた。
ユーストより大分年嵩ではあるものの、ランドルフの方が、ダニエルが想像していた『ガチマッチョ筋肉超人親父風』に近いといえる。
ダニエルは流石に緊張しながらも、堂々とした所作でランドルフの前に出る。
「お目にかかれて嬉しいです、ランドルフ大佐。 ダニエルと申します」
持って回った言い方を好まないであろうランドルフに、ダニエルは簡素な言葉で丁寧に挨拶し、握手を求めて手を差し出す。
「ははは! こんな爺の前でそう緊張なさるなダニエル殿!! ランドルフじゃ、よろしく頼みますぞ!」
意外にも彼は気さくであった。
手を取り握手した腕をブンブンさせながら、ばしばしとダニエルの肩の後ろあたりを叩く。
威圧感は巨躯と強面から。
そして空気は、強面の彼が真面目な顔をすると周囲がピリッとするだけだったらしい。
ランドルフが相好を崩すと、空気も和らいだ。
「──!」
「……ん? どうかされたかな?」
「いえ……失礼。 暖かく受け入れてくださり、感謝致します」
(? おかしいな……)
叩かれた肩の後ろは多少じんじんするが、ランドルフはとても好意的である。
ただ叩かれている時、ほんの一瞬、僅かな違和感を握手した掌から感じたのだ。
「先程窓から見ていたが、実に爽やかな挨拶でしたぞ。 辺境伯軍一同、ダニエル殿を歓迎しております。 昨夜の晩餐のようなおもてなしはできないが、昼食には歓迎会の準備が」
「ランドルフ爺!」
周知のついでにサプライズとして歓迎会の準備をしていたキースことアデレードが、悲鳴のような声で割って入る。
「も~! それサプライズなのにィ~!!」
『ランドルフ爺』と言うように、ランドルフを祖父のように慕っているアデレード。いつもよりも子供のような口調と仕草で文句をつけるところが微笑ましい。
「おっと……これは失礼した。 まあ、それまでア……キース殿に城壁の案内の方を」
「行こう、ダニー!」
「いや、キース君、まだ皆様に挨拶が……」
「そんなの後でいいだろう!」
視線をやると、ランドルフも並んだ軍幹部も生温かく優しい視線で苦笑するのみ。
「ダニエル殿、お気に召されるな」
「大佐……お言葉に甘えさせていただきます。 皆様、ご無礼を……うわっ!」
「早く早く!」
「ちょっと、キースくんッ?!」
ダニエルは仕方なく皆に非礼を詫びつつ、キースに引き摺られるように退出していった。
「……君は行かなくていいのかね?」
何故か部屋に残ったネイサンに、ランドルフが声を掛ける。ネイサンはランドルフの方を向き、ニヤリと笑った。
「大佐、なにかしましたね?」
「ふふ、相変わらず勘のいい奴め。 だが、貴殿の主もなかなかだ。 気付くまでいかずとも、違和感を感じておられた」
ランドルフは握手の際、肩の後ろを叩いて誤魔化しつつ、ダニエルになにかしていた。
総司令官を務めるだけあり老獪ではあるが、それだけに既にダニエルのことはしっかり調べていることは間違いなく、歓迎しているのも嘘ではない。
悪いこととは思えないが、ネイサンはだからこそ興味があった。
この食えない老人が、主のなにに興味を示し、なにをしたのか。
「面白いことを独り占めは狡いですよ、大佐」
「ふふふ、若いモンはせっかちでいかん。 座りたまえ……エーカー、お茶を頼む」
「はっ」
幸いランドルフも話したいらしく、機嫌良くネイサンを応接用のソファへと促し、お茶だけ頼んで人払いを行った。
「それで、一体なにをなさったんです」
「君は疑問に思わんのかね? 確かに気持ちのいい青年だが、彼は上手くやり過ぎている」
「!」
ネイサンの質問に答える前の、導入として語られた言葉。
それは彼も感じていたことだ。
「儂はそれが少し気になってな」
「もしかして……?!」
そこで一旦話は止まる。お茶が運ばれてきたのだ。
ネイサンは冷静な彼には珍しく、細い瞳の中を少年のように輝かせながら、ソワソワと続きを待った。




