晩餐でのご対面は色々予想の範疇外。
検査を終えた物品とダニエルの荷の全てが辺境伯邸に届き、それぞれ所定の場所へ運ばれる。
それも全て終わった頃、準備を終えたダニエルはネイサンの案内の下、ダイニングルームに向かっていた。
(緊張するなぁ……)
今夜の晩餐は顔合わせも兼ねる、と聞かされたのはキースが退出してから一時間程後のこと。
多分、キースが上手く橋渡ししてくれたのだろう……ダニエルはそう思い、感謝と共に気合いを入れ直す。
アデレードには無理を望んでいないことを示すつもりではあるが、それはもう少し後でいい。ここでは自分の人畜無害面を駆使し、警戒心を減らすことが望ましいだろう。
(一先ずは当たり障りのない話をして、次回の約束を……いや、手紙の遣り取りの方がいいか。 逆にまだるっこしくなくて)
『会いたい』と告げれば下心を疑われかねない。なんなら話してくれないかもしれないし、宣言で済む方がいい。
ダニエルの中では『アデレード様はこの婚姻に不本意である』という想定が8割を占めていた。
あくまでも『不本意』が圧倒的優勢な彼の思考は無駄に慎重ではあるが、それも仕方ない。
チャンスの女神は前髪しかないという。掴み損ねればアデレードの信頼も勝ち取れない。
最悪の場合、顧みられぬ結婚生活を経て、ゴミのように離縁。
或いは追い出される。
(そんなことになったら、か弱い王都っ子の自分は辺境の地で生きては行けないだろう……)
物凄く嫌な想定をすることで、その差異から辛い現実がちょっとだけ優しくなったりするが、ダニエルのはそういうやつではない。いつも想像が膨らみ過ぎてしまうという、単なる悪癖だ。
もともと小説などの創作物が好きだったせいかもしれない。
ローズ殿下に無理矢理読まされたロマンス小説も、趣味ではないが苦ではなかった。
だが、自分がヒロインにはなり得ないと思っているダニエルにとって、今その知識は『不憫系部分のみ』拾ってしまい嫌な想像に拍車をかけるという、余計な効果を齎すツールと化していた。
(吹雪が吹き荒れる夜、邸宅から追い出された僕は街からも追い出され、一人寒さに凍えながら彷徨い行き着いた森の中出くわすのは魔獣……くっ、これならワンパン即死のがマシじゃないか! 死ぬ気で挑まねば!)
そんなこんなで妄想は暗澹たる未来。
それが現実になることへの恐怖から、気合いを入れて臨んだダニエルだったが。
「こちらでございます」
「! ──……ここ?」
「はい」
案内された部屋は、いきなりの想定外。
「そ、そう……ありがとう……」
礼を言いながらネイサンの引いた椅子に腰を掛けるも、椅子とは違ってダニエルはドン引き。
どうしようもなく尻の座りが悪い。
動揺を無理矢理隠すようにキッチリと背筋を伸ばして座ったまま微動だにせず、視線だけで周囲を見渡す。
(……これは予想してなかった)
なにしろこのダイニングルーム、小さい。
部屋の大きさも、テーブルも。
明らかな二人仕様──つまり、今日の晩餐はアデレードと二人きり。
『歓迎の晩餐』と聞いていたダニエル。
メインダイニングのやたら長いテーブルで、お父上である閣下や弟君も……なんならキース君ら近しいご親族や、各所の重鎮などもいらっしゃる中での晩餐兼顔合わせ。
そう思っていたというのに、これや如何に。
(いや、実際そうだったに違いない。 あの時閣下は『また晩餐で』的なことを仰っていた……つまり、アデレード様のご希望による変更か?)
それが良いのか悪いのかまではわからないが、アデレードと話をしやすい環境ではある。
座席の近さに今までとは少し異なる緊張が増す中、ネイサンが「アデレード様がいらっしゃいます」と告げた。
ダニエルは今一度気合いを入れ直すつもりで、彼に微笑み軽く頷く。
──コンコン。
ノック音に姿勢を正しながら立ち上がる。
程よく距離を置いて扉の前に立ったダニエルは、小さく深呼吸をした。
「アデレード様のご入室です」
扉が開いた先。
そこに立っていたのは美しいドレスに身を包んだ、寸分の隙もない高身長の美女──
「…………!」
──っぽい佇まいの、仮面の女性。
結局アデレードは、『辺境伯令嬢・アデレード』として着飾ることになった。
ただし、顔には上半分が隠れる仮面……苦肉の策である。
(……うん! これはもっと予想外!!)
一瞬の動揺の後、即座に切り替えて紳士の礼を取るダニエル。
緊張は今の衝撃でどっかいった。
「どうぞ楽に……わた、コホン」
そしてなにを思ったか、アデレードは
「妾がカルヴァート辺境伯が娘、アデレードじゃ!」
ここにきて『辺境の姫君』という役どころに変なキャラ付けをしだした。
(お嬢様ァァァァァァァァァッ!?!?)
──フェリス、絶叫。
内心でに留めたところを褒め讃えたい。
だが一応、アデレードはやんごとなき『辺境の姫君』である。
素のアデレードを(キースとしてしか)知らないダニエルは、特に疑問や違和感を抱いてはいない。
「ブラック伯爵家が子息、ダニエルにございます。 辺境の姫君であらせられるアデレード様、ご機嫌麗しゅう。……どうぞお手を」
「うむ」
(……『うむ』て!!)
見えない位置にさりげなく移動したネイサンは、笑いを堪えるのに必死。口に手を当てながら肩を震わせている。
舞台裏が大変な精神状態になっているとは露ほども思っていないダニエル。
手に取ったアデレードの指先に、そっと唇を落とす。
「お目通り叶って光栄にございます」
「気楽にせよ。 そなたは我が婚約者……歓迎致しておる」
「有り難き幸せ」
ほんの短い距離、アデレードをエスコートすると、優雅に椅子を引く。アデレードが座ると、すかさず定位置に戻っていたネイサンも、ダニエルの椅子を引いた。




